第26話 小さな師弟たちの卒業試験
「こんにちは、ミヤジマさん」
学園の入学試験から数日後。まだ疲れの残る身体を引きずりつつ、俺たちは王都のケーキショップ──〈ル・シエル・シュクレ〉へ向かっていた。
今日ここでは、我がバルトル辺境伯領から修行に出した孤児たちの成果発表会……そう、卒業試験が開催されるのだ。
「我が領の子供たちがお世話になりました」
「いやいや。彼らも真面目に働いてくれたから、こちらが助かったくらいさ」
気さくに答えてくれたのは、この店のオーナーパティシエであり、“転移者”でもある 宮島シンイチさんだ。見た目は三十代前半ほど。丸メガネに白衣、清潔感の塊みたいな人。元・日本の洋菓子学校の講師だったらしい。
──そりゃ腕もいいわけだ。
「では早速ですが──卒業試験の審査を始めましょう!!」
母上が相変わらずノリノリでカフェへ前のめりに進み出た。
──いやこれ……不合格とかあるの? 母上、もう合格前提のテンションじゃん。
今回、この店で修行していたのは4人。以前屋台を手伝ってくれた料理スキル持ちのエミル、ティナ、フィオ。
そして今回の紅一点……いや、紅一点じゃないな。男の子だ。調香師スキル持ちのリアムである。
このリアム。最初は自分のスキルに自身がなかったようで、『調香師なんてスキル、香水くらいしか使い道ないですよ……!』などと嘆いていた。
しかし俺は気づいたのである。
──香りに敏感になるスキル……これ、コーヒーや紅茶の“香りの仕事”に最適じゃね?
ケーキには飲み物が必須。香りが命。そして、〈ル・シエル・シュクレ〉はケーキだけでなくカフェも併設している。
──あの時の俺、ナイス判断だな。
そんな自己満足に浸っていると、試験開始の合図が響いた。
「では、審査を始めますのでお席におつきください」
ミヤジマさんに案内され、俺たちは特別審査席に座った。今回の審査員は──母上、俺、ミヤジマさん、以上三名である。
母上は謎のメモ帳を取り出した。「甘み評価」「見た目評価」「幸せ度」など、独自基準の採点表だ。
──最後の“幸せ度”って何!? 完全に感覚じゃん。
「さあ、トップバッターはエミル!」
ミヤジマさんに呼ばれ、緊張面持ちのしたエミルがケーキを運んできた。彼は小さな子の面倒をよくみる、孤児院の“兄貴”的存在の男の子だった。
(うん、うん。エミルも立派になって)
すっかり大人へと成長したエミルの姿に目がしらを抑える。
……まぁ、俺はあまり思い出ないけど。
「ぼ、僕のケーキは……『森のベリータルト』です!」
名前の付け方がもうオシャレだよ……。タルト生地の上には色とりどりのベリー。そして艶感。おぉ……見た目も美しい。
「では、いただきましょう」
母上が一口食べ、次の瞬間──
「……ほぉぉぉぉぉっ!!」
母上の心からの感嘆が漏れた。
(喜び方が完全に客ですよ……! 審査員の威厳どこ!?)
俺も食べてみると、甘みと酸味のバランスが絶妙でタルトはサクッ、ほろっ。
──うん、これは合格だな。
「よし、次はティナ!」
控えめで遠慮がちだったティナも、今では堂々と。
(う~、おじさん泣いちゃうよ~)
──いや、今の俺は11歳だけどね……。
ティナは『キャラメルナッツ・ショコラ』を出してきた。見た目から漂うカロリーの暴力。しかし──味は繊細! キャラメルのほろ苦さが甘さを引き締め、その奥にはナッツの香りがふっと広がる。
(ティナ、こんな高度な味が作れるとは……恐ろしい子!)
母上は既に涙目。
「こ、これは……後でおかわりできますか?」
(審査員が食い意地出しちゃだめだよ母上!?)
続いてフィオが、おぼつかない足取りで俺たちの前にやってきた。
「つ、次……わ、私です……!」
両手には白いクリームがふわふわに乗ったショートケーキ。クリームのツヤが良い。立ち上がりも綺麗。
「こちら、『風のショートケーキ』です……!」
そのケーキは、ふわふわのスポンジに白いホイップクリームがたっぷり。その上には様々な果物が飾られ美しい。
「レオン師匠から教えていただいた料理魔法──≪トゥルボー・ミキサー≫を使って……その……が、頑張って泡立てました!」
フィオは風で小型の竜巻を作り材料をかき混ぜる料理魔法──≪トゥルボー・ミキサー≫を伝授した俺の弟子である。
早速母上が一口。
「し、幸せ度……満点です!!」
──満点って基準どこ!?
俺も一口。
「……っ!!」
ふわふわのスポンジに、軽やかなホイップが口の中でとろける。
「レオン師匠。ど、どうですか……わ、私のケーキ……」
上目遣いで聞いてくる。その瞳は、褒められたい子犬みたいに揺れていた。
(反則だ……そんな目で見られたら褒めちゃうじゃん……!)
「よく頑張ったねフィオ。こんなおいしいショートケーキは生まれて始めてだ」
フィオは一瞬ぽかんとした後、ぶわっと顔を赤くし、
「は、はいっっっ!!」
と弾けるように返事をした。
(……可愛いかよ)
「最後はリアム!」
「はい、こちら……本日のケーキに合わせて抽出したコーヒーです!」
ケーキ3種類に合わせて3杯。
一杯目は、ベリータルトに合わせた華やかな香り。
二杯目は、ショコラに寄り添うビターな深み。
三杯目は、ショートケーキの甘さを引き締める爽やかさだ。
「リアム……これ、全部自分で?」
「はい!このカフェで、味と香りの調整を……教えていただきました!」
リアムの声は震えている。でも、その横顔は誇らしげだった。
もう待てないとばかりに母上がケーキとコーヒーを口に含み、動きが止まる。
「……っ!! あぁ~、美味しい……満足です!!」
(満足……審査員なのに、その反応はどうなの母上?)
母上に呆れながら俺も飲んでみる。
(リアム、コーヒーの才能は完全に俺超えてる……)
──まぁ俺子供だから、あんまコーヒー飲んだことないけど……。
「みんな、本当によく頑張ったわね」
母上が優しく語りかける。子どもたちは泣きながら頭を下げていた。そしてミヤジマさんが笑って言った。
「さて、これでみんな独り立ちだ。バルトル領のお店が開く日が楽しみだね」
「はい! 絶対すごい店にします!」
彼らは力強く答えた。こうして、王都ケーキ店での卒業試験は大成功で無事終了した。
――この四人が作る未来の店。きっと、バルトル領の新しい名物になるに違いない。俺も楽しみだ。




