第19話 王都への旅路と、母上からの最優先任務
冬のある日。
俺は馬車に揺られて王都へ向かっていた。
辺境伯領から王都までは馬車で約十五日。幾多の転生者たちを苦しめた“あの”長距離馬車移動だが――
この世界では転移者によってスプリングやふかふかのクッションが開発されているおかげで、そこまで苦ではない。
……ヒマなことを除けば。
今回のメンバーは俺、父上、ノアくん。それに護衛としてザックスと、ノアくんの父親であるガイルさん。アンナは――お留守番だ。
「そ、そんなぁ~~! アンナが坊ちゃまのそばを離れるなんて、いやですぅ~~!!」
……と言われても、今回は“護衛人員を抑え速度を優先する為、男性だけで行く”と父上が決めてしまったので仕方がない。
「ふふ、しょうがないですよ、“先輩”。まあ若様は僕に任せて、大人しく留守番しててください。なんならこのまま――若様のお世話係は“僕ひとり”でいいんですよ?」
――こらノアくん、煽らないの!
「うええぇぇ~~ん!! 坊ちゃまぁぁ~~!! ノアくんがぁ……ノアくんがいじめるんですぅぅ~~!!」
そのあと、わんわんギャーギャー泣きじゃくるアンナをなだめるのは、そりゃもう大変だった。
では、なぜ俺たちは王都へ向かっているのか?それは――十日ほど前にさかのぼる。
* * * * * * *
「冬の社交ですか?」
『スフレパンケーキ』の屋台を成功させ、次なる“カフェ計画”の一手を考えていたときのこと。
夕食の席で、父上は重々しく告げた。
「そうだ。王都では毎年、冬の社交シーズンに合わせて、五歳となった貴族の子供たちを集めて“晩餐会”を行うことになっている」
(……アレクシス先生の授業で習ったやつだ)
「まあ、貴族学園で同級生となる者たちとの、軽い顔合わせのようなものだ」
「わかりました。それで出発はいつ頃になりますか?」
「五日後に出発する予定だ。準備をしておくように」
「了解です、父上」
返事をして席を立とうとしたその瞬間――
「さてレオン。王都に行くにあたって、あなたには重要なミッションがあります」
「重要なミッション?」
母上が箱を取り出し、テーブルに置いた。
「母上、これは……?」
「これは、リュミナ先生に作っていただいた《保存》の魔道具です」
(おお~魔道具! 先生って魔道具も作れるんだ!)
そして母上は胸を張って宣言した。
「あなたには――王都でケーキを買ってきてもらいます!」
……その瞳は兵士を戦場へ送り出す司令官のごとく真剣だった。
「へ? ケーキですか?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「そうです。これは最優先任務です!」
「わかりました。まあケーキ一つくらいならすぐに……」
「何を言っているのです。ケーキには色々な種類があるのですよ。もちろんすべての種類を買ってくるのです」
……え?
「……母上、そんなに食べると太り――」
『むにゅ~~』
――しまった!
時すでに遅し。俺の頬は、母上の白く美しい指に――しっかりつねられていた。
「レオン。母は太りません……いいですね?」
「ふぁい!!」
「全種類とは言いませんが……なるべく多く買ってきてくださいね」
笑顔で口調は優しいが、母上の目が……怖い。
「かしこまりましたッ!」
つい敬礼してしまった。
* * * * * * *
そう。俺たちが王都へ向かっている最大の理由、それは――ケーキを買うためである。
「必ずや、ケーキを買って帰らねば!」
「いや若様。ケーキは“ついで”で、あくまで目的は晩餐会ですよ」
ノアくんが呆れたように突っ込む。
「何を言ってるんだいノアくん。母上も言っていたじゃないか。これは“最優先任務”だって。失敗したらどんな恐ろしいことになるか……ねぇ父上」
「う、うむ……」
父上は目をそらしながら小さく頷いた。
「はぁ……まあ、若様と旦那様がそれでいいなら……」
ノアくんはため息をついたが母上の命令は絶対なのである。こうして、平和な馬車の旅(主にケーキのための)は続き、馬車はゆっくり、王都への道を進んでいくのであった。
雪景色の中をひたすら進み続け、夜は焚き火の光に揺られて眠り――数日後、ようやく俺たちは王都へ到着した。
目の前にそびえる巨大な城壁は、まさに“王都”の名にふさわしい迫力だった。雪の白さに縁どられた灰色の石壁は、圧倒的な存在感を放っている。
「うわぁ……でっか……」
思わず素直な感想が漏れる。
城壁前には町に入るための長い行列が伸びていた。荷馬車に旅人、商人……さまざまな人々が、凍える風に肩をすくめて順番を待っている。
だが――しかし!
俺たちの馬車は行列を横目に、悠々と“貴族専用入り口”へ向かった。
(ふふふ……ついに来たね、貴族特権!)
一般ゲートとは違い、人も少なく静かで、何より待ち時間ゼロ。快適すぎる。
「バルトル辺境伯家の皆様。ようこそ王都へ」
カッコいい!こういうの一度は言われてみたかったんだよね!
門番の騎士が深々と礼をし、重厚な城門がゆっくりと開いていく。俺たちの馬車は、その隙間を――王都の中心へと吸い込まれるように進んでいった。
「おおおおお……!」
思わず声が漏れた。
王都の中は、とにかく広い。さらに、にぎやか。
そして――とんでもなく人が多い!
馬車は街道をコトコト走り、俺は窓に張りつく勢いで景色を眺めた。窓の外からは焼き菓子の甘い香りや、商人たちの威勢のいい掛け声が流れ込んでくる。
――すごい……バルトル領とは全然ちがうな……
雪道を進む馬車の車輪は軽快に回り、王都の喧騒を切り裂くように走っていく。視界に広がる光景すべてが新鮮で、胸の奥がじんわり熱くなる。
そして、しばらく街中を進むと、少し落ち着いた区画に入った。
「レオン、もうすぐ王都バルトル邸に到着するぞ」
「おお……ついに!」
石畳をゆっくり進む馬車が大きな門の前で止まった。立派な鉄門が開かれ、広い庭園の向こうに堂々たる屋敷が見える。その玄関前に使用人。そして真ん中には二つの人影が立っていた。
「おお、よく来たな」
「まあまあレオンちゃん、ずいぶん大きくなったじゃないの」
そう言いながらおじい様とおばあ様が出迎えてくれた。
「さあ、寒かったでしょう。まずは中へ入りましょうね」
二人の優しい言葉に馬車の旅の疲れが、ふっと溶けていく気がした。
――さあ、王都でケーキ買いまくるぞ。
……まずは屋敷でひと休みさせてください、母上。




