第17話 助手アンナと“奇跡のパンケーキ”を作ろう
「――本当に、ありがとうございました。グラウス司祭の悪事が明るみに出たのも、レオン様のおかげです」
院長先生が深く頭を下げ、シスター・ミリアも隣で涙ぐんでいる。
子どもたちも一列に並び、そろって
「ありがとう、レオンさまー!」
と声をそろえてくれた。その小さな声が重なって、胸の奥がじんわりと温かくなった。
――あぁ、やばい、泣く。これは反則だろ……。
ほんと、こういう真面目な人たちにこそ報われてほしい。
「是非お礼をさせていただきたいのですが――」
「いえ、そんなお礼だなんて。もとはと言えば……」
(そもそも領主家の監督不足が原因だ。お礼なんてもらったら罰が当たるわ!)
そんなことを考えていた俺は、大事なことを思い出した。
(そうだ、俺が町に来たのは――祭りの準備のためだった!)
……あっぶねぇ。悪徳司祭退治に気を取られて完全に忘れてたじゃん!
今月末に領都で開催される収穫祭で甘味の屋台を出店する。そして庶民にもスイーツ文化を広め、ゆくゆくは、王都でしか食べることが出来ないケーキやシュークリームを楽しめる“カフェ”を、この領地に作る。
――この壮大なプロジェクトの重要な第一歩を忘れるとは……母上に殺される!
「……院長先生、ひとつお願いがあるんですが」
「お願い、ですか?」
院長先生が首をかしげる。
「はい。祭りの日に、屋台を出す予定なんです。そのお手伝いを、孤児院の子どもたちにお願いできないかと」
「えっ、こ、子供たちにですか?」
シスターミリアが目を丸くする。隣で院長先生も驚いたように口を開けた。
「もちろん、売り上げは全額孤児院に寄付します。
子どもたちには“働く経験”にもなりますし、いい思い出になると思うんですけど」
「そ、そんな……寄付までしていただくなんて……」
院長先生が恐縮してしまった。
「お気になさらず。これは、領地運営の一環ですから」
にっこり笑ってみせると、院長先生が少しだけほっとした表情になった。
「そうですね、レオン様の助けになるのでしたら……。それに何より子どもたちにもいい経験になりそうですね」
――よし、労働力ゲットだぜ!
俺は心の中でガッツポーズを決めた。というわけで、さっそく試作品づくりを始めることにした。
「では、助手第一号よ。早速、祭り用の甘味の試作を開始だ!」
「はい。坊ちゃまの助手第一号のアンナにお任せください!」
アンナが胸を張ると、横でノアくんが勢いよく手を挙げた。
「ぼ、僕もお手伝いがしたいです!」
「うむ、ではノア君を助手第二号に任命する!」
「はい、ありがとうございます!」
元気よく返事をするノアくん。やる気に満ちた顔がまぶしい。さらに孤児院からも、三人の子供が参加してくれることになった。何とこの三人は、料理スキルを持った子供達だったのだ!
男の子一人と、女の子が二人。
――将来、カフェを開くときのパティシエ候補、早くも確保である。
借りた厨房は、石造りのオーブンと木製の作業台が並ぶ質素な空間。けれど窓から差し込む日差しが温かく、粉の匂いがほのかに漂っていて心地いい。
「今回作るのは――パンケーキだ!」
「パンケーキって、朝食に食べるあれですか?甘味じゃないですよね?」
アンナが小首をかしげる。
無理もない!
この世界では、何故か食事系の甘くないパンケーキが主流となっている。
「そう。そのパンケーキだ。だが、俺たちが作るのは“ふわっふわで甘い”スフレパンケーキだ!」
「ス、スフレ……?」
ノアくんが首をかしげる。子どもたちも「スフレってなに?」とざわざわしている。
「そう、甘くてふわふわ食感の――奇跡のパンケーキだ!」
俺 はそう宣言して、材料を並べる。
卵、薄力粉、牛乳、バター、砂糖、蜂蜜。
卵や牛乳、バターはバルトル領で畜産を行っているので比較的手に入りやすい。
そして蜂蜜。これは近隣の森に生息する“フォレストビー”という魔物の巣から採取が出来る。
つまりこの“スフレパンケーキ”の食材は、ほぼバルトル領で採取可能。領の名産として売り出すにはうってつけのスイーツなのである!
「アンナ、卵を割って黄身と白身を分けてくれ」
「はいっ」
アンナが手際よく作業を進める。
「ノアくんは生地担当だ。卵黄、牛乳、薄力粉を混ぜ合わせるんだ」
「お任せください」
――ノアくんも意外に手際がいいな。
さて、俺は何をするかというと、スフレパンケーキで最も重要なもの、“メレンゲ”作りである!
本来であれば泡立て器を使って泡立てるかなり体力と力のいる作業。しかし、俺には魔法がある!
俺は器に風魔法で小型の竜巻を作り卵白をかき混ぜる。途中砂糖を加えて――はい完成。
ボウルを逆さにしても落ちないふわふわに泡立ったメレンゲ。
――うん完璧!
「料理に魔法を使うなんて……あの、私も風魔法が使えるので教えてください!」
俺の横で見ていた料理スキル持ちの女の子が言った。
「うむ、では私の事は師匠と呼ぶように」
「はい、師匠」
(若干5歳にして弟子が出来てしまったぜ!)
まあこの技術はケーキに欠かせないホイップクリームを作るのにも役立つからね。後でみっちり伝授してあげよう。
「よし、じゃあノアくん。この“メレンゲ”と生地を混ぜ合わせて。泡を潰さないように、そーっと、だよ」
「は、はいっ。わかりました」
ノアくんは返事と共に慎重に混ぜ合わせている。その横でアンナと子どもたちが息をのんで見守っていた。
「よし、焼くぞ!」
鉄板を温め、ひとかけのバターを落とすと――
“じゅっ”という音とともに、甘くて香ばしい匂いが立ちのぼる。生地を流し込めば、ぷくりと膨らみ、まるで息をしているみたいだった。
――まさに、生きてるスイーツだな。
数分後――ふわりと立ちのぼる甘い香り。
「すごい……おいしそうな匂いです」
アンナがうっとりと目を細める。
「ね、ねぇレオンさま、これ、本当にパンケーキなの?」
「そうさ。後は上から蜂蜜とバターをかけて――
“スフレパンケーキ”の完成だ!」
俺はナイフでそっと切り分ける。中から立ちのぼる湯気、ふわふわの断面。子どもたちが思わず息を呑んだ。アンナが一口食べて、ほっぺたを押さえた。
「ふわふわ……そして甘い……。口の中で“しゅわ”って消えていきました!」
隣のノアくんは感動のあまり、スプーンを持ったまま固まっていた。その横で、子どもたちが「おかわり!」「もっと!」と騒ぎ始める。
「ふっふっふ。これが“奇跡のパンケーキ”だ」
俺は満足げに腕を組む。こうして、スフレパンケーキの試作品は見事成功。
しかしこの後、孤児院の子どもたちも大はしゃぎで
おかわりをねだってくるので何枚も作る羽目になるのであった。
(帰ったら絶対、母上に「甘い匂いがしますね」とか言われて作らされるやつだ……!)
……いや、もう今から準備しておくか。




