第16話 司祭の本性と、横領をめぐる茶番劇
「――よくやった、お前たち。私のために援助者を連れてくるとはな」
低く響いた声に、食堂の空気が一瞬で凍りついた。さっきまで丁寧で腰の低かったあのグラウス司祭の面影は、そこにはもうなかった。
――顔つきが変わっている。いや、あれが“本性”か。
「金貨も寄付してくれたそうじゃないか。それを寄こせ」
司祭はゆっくりと歩み寄り、テーブルの上に置かれた袋を乱暴に掴む。中には、アンナが寄付した金貨が入っていた。
「そ、それは――!」
院長先生が慌てて立ち上がる。
「そのお金は、子どもたちのために……! せっかくのお祭りですから、せめて少しでもご馳走を――」
「黙れ」
乾いた音が食堂に響き渡る。院長先生の頬が赤く染まり、衝撃で床に倒れ込む。
「院長先生!」
シスター・ミリアが駆け寄り、震える手で彼女を抱きかかえた。その目には涙と恐怖、そして怒りが宿っていた。
「私のおかげで、この孤児院は回っているんだぞ。礼も言えぬとは、貴族である私への恩を忘れたか、愚か者め」
グラウス司祭の声は、肥えた身体の奥から重く濁った低音で響いた。口元には歪んだ笑みが浮かび、先ほどの穏やかな微笑みは跡形もない。
シスター・ミリアは震え、声も出せない。そんな彼女を鼻であざけるように笑う司祭。
「いいか、よく覚えておけ。領主からの援助など、もうとっくに途絶えている。今、この孤児院を支えているのは――他でもない、この私だ」
さらに司祭は集まった子どもたちを見下ろすように言い放つ。
「私がいなければ、お前たちなど飢えて死ぬか、奴隷商にでも売られるしかあるまい」
子どもたちは息を呑み、金貨袋に視線を落とす者、
肩を震わせる者、目をそらす者――それぞれが恐怖で固まった。
――はい、ギルティ!
丁寧な態度の裏で、こんなにも下劣な支配をしていたのか。
「援助を止められたくなければ、私の言うことを聞け。感謝しろ、私の慈悲で生かされていることをな!」
「……あなた、最初からそれが目的で――」
ミリアが言いかけた瞬間、司祭は肩を掴み上げた。
「おっと、シスターミリア。口が過ぎるぞ?」
その目は笑っていない。獲物を値踏みするような、濁った光だけがあった。
* * * * * * *
「――レオン、それは本当か!」
その日の夜、執務室にて。父上の声が、書類の山を前に怒りで震える。
「はい、孤児院の援助金横領……司祭の手によるもので間違いありません」
俺は淡々と説明する。隣で母上も眉をひそめている。今回は母上も一緒だった。
「くっ……この領に、そんな愚か者がいたとは」
父上の口調には、普段の温厚さは微塵もなく、鋭い怒りが宿っていた。
「そんな愚か者は、一族もろとも処刑してやりましょう」
母上が低く、しかし容赦のない声で言う。
――おぉ、さすが腐っても貴族。普段はユルユルだけど、やるときはやる。
「母上、さすがに知らなかった人を処刑はかわいそうですよ。せめて降格とか、あとグラウス司祭は犯罪奴隷落ちくらいで……」
俺は母上に提案した。
「む?そうですか……少し甘い気もしますが、レオンがそう言うのであれば……」
母上はしばらく悩んでいたが、やがて小さくため息をつき、折れてくれた。
* * * * * * *
数日後。
証拠がそろい再び俺たちは孤児院へ向かった。同行者は俺、アンナ、ノアくん、アレクシス先生、ザックス、そして文官のセドリックさん。
孤児院に到着すると、子どもたちに案内されて院長先生、シスターミリア、そしてグラウス司祭が姿を現した。
「し、静まれ~、静まれ~……」
ノアくんの声が響く。今回の布陣は完璧だ。真ん中に俺、左右にノアくんとザックス。アンナとアレクシス先生、文官のセドリックさんは後ろに控えている。
「ん? これはこれは、アンナ様ようこそ……」
グラウス司祭が微笑むが、すぐにノアくんが割り込む。
「この紋章が目に入らぬか!」
「……?」
その場にいる全員が、キョトンとしているが気にしてはいけない。
「こちらにおわす御方をどなたと心得る!」
ノアくんが息をつめて続ける。
「畏れ多くもバルトル領の嫡男、レオン・フォン・バルトル様にあらせられるぞ!」
(よし、ノアくん、あとちょっとだ。ガンバレ!)
顔を真っ赤にしながらも必死に言うノアくんを、俺は心の中で応援する。
「一同、レオン様の御前である…… 頭が高い! 控えおろう!」
――完璧だ、ノアくん!
俺はどこかの御老公様のように不敵に微笑み胸を張る。さあ、ここでみんなが「ははぁー」って頭を下げて……
「何を言っているのですか?あなたアンナ様の従者ですよね。ささ、アンナ様、援助についてのお話を――」
……グラウス司祭には無視されてしまった。
他の人々もまだ状況が飲み込めず、キョトンとしている。
――まぁ、そりゃそうか、お約束知らないと何のことかわからんか。
「坊ちゃま……」
アンナにまで、可愛そうな子を見るような目で見られてしまった。いたたまれなくなった俺は、セドリックさんを前に出した。
「あ、終わりましたかレオン様、それでは、ゴホン。
グラウス司祭、あなたには援助金横領の罪で逮捕状が出てます。」
俺とノアくんの茶番劇が無かったかのようにセドリックさんは淡々と説明した。
「そ、そんなのはでたらめだ。第一、貴族である私を逮捕するなど……」
「貴族って。あなた神職に付く際に貴族籍からは外れていますよね」
「ぐっ」
――おぉ、セドリックさんが心を折りに行ってる。
ノックアウト寸前のグラウス司祭にセドリックさんが追い打ちをかける。
「本来なら一族ごと処刑でしたが、レオン様のはからいにより、グラウス司祭は犯罪奴隷落ちの上、財産没収。父上とご兄弟は降格処分です」
「そ、そんな……」
グラウス司祭は膝から崩れ落ちた。
――見事なKO勝ちだ、セドリックさん。
ここぞとばかりに、俺は必殺の一撃を決めるべく例のセリフを言い放つ。
「ザックスさん、やっておしまいなさい!」
「いや若様、グラウスの野郎はすでに再起不能でやすよ……」
ザックスがグラウス司祭を縛り上げながら、何か言っているが気にしない。
――ここで最後の決め台詞だ。
「うむ、これにて一件落着!」
……あれ? これは桜吹雪のお奉行様のセリフだったかな?




