第15話 潜入!孤児院とアンナお嬢様
「さ、アンナお嬢様。こちらが寄付のお金です」
寄付を募っている孤児たちのもとへ向かうと、俺はまるで当然の所作のように、金貨をアンナに差し出した。今の俺はアンナお嬢様の従者である。
アンナは一瞬「え?」という顔をし、さらにその表情は困惑へと変わった。
「な、なんですかこれ……えっと、そのお金って……どなたから……?」
「何を言っているのですかお嬢様。旦那様から、孤児院への援助の話を進めるためにまずは手付金をと預かったお金ではないですか」
声色だけは冷静に――だが中身は完璧な作り話だ。だが、ここで空気を悪くしてはいけない。俺は舞台裏の役者となる。すると、ノアくんが即座にノリを合わせてきた。
「ささ、お嬢様。早くこちらの箱に金貨をお入れください。それとも執事である私が代わりに入れましょうか?」
ノアくんは背筋を伸ばし、やたらと丁寧な所作で俺の隣に立つ。
――ノアくんは執事役らしい。
「え、えぇ!? ちょ、ちょっと待ってください坊ちゃ……」
「お嬢様、落ち着いてください。周囲の目がございます」
「誰のせいですか、誰の……!」
アンナはまだ完全に状況を飲み込めていなかったが、断りきれないと悟ったのか、頬を赤らめながらも金貨を寄付箱に入れた。するとアレクシス先生がにやりと笑い、授業を始めるような口調で宣言した。
「では、申し訳ありませんが私たちを孤児院まで案内していただけませんでしょうか?」
孤児たちも困惑していたが、どうやら案内をしてくれるようだ。
「さてアンナ様、それでは、まいりましょうか」
孤児たちの後をついていくように促しながら、アレクシス先生は言った。
「教師である私が“お嬢様の指導役”という立場で、孤児院での話に同席いたします。礼儀作法の実地研修にもなりますしね」
――アレクシス先生は先生役か。……ってそのままじゃん!
ザックスはその光景を横目で眺め、鼻で笑ったように肩をすくめた。護衛の本分からすれば、もはや理解不能だろう。
「若様……」
ザックスの呆れた声を聞きながら、俺たちは孤児院へと向かうのだった。
* * * * * * *
教会の鐘が静かに鳴る――
秋風が色づいた落ち葉を運び、石畳の上をさらさらと転がしていく。その奥に、小さな庭を抱いた孤児院が見えた。建物は古いが手入れが行き届いており、清潔で温かい雰囲気を漂わせていた。
中に入ると子どもたちは、
「ただいま帰りました、院長先生。お客様をおつれしました!」
と年配のシスターに走り寄った。
院長先生と呼ばれた女性は穏やかな笑顔で迎えてくれた。若いシスター――シスター・ミリアは脇に控え、小さな子どもたちの面倒を見ながら優しく声をかけていた。
――二人とも、子どもたちから本当に慕われているようだ。
「院長先生、突然の訪問申し訳ありません。実はうちの旦那様から援助の……」
とアレクシス先生が切り出すと、どこから聞いていたのか突然、
「――これはこれは。ようこそお越しくださいました」
と、太めの男が背後の扉からにゅるりと現れた。
(うわ、いきなり出てきた! 今までどこに隠れてたんだこの人……)
俺の疑問をよそに、司祭様は恐縮しながらも丁寧に応じ、別室に案内してくれた。名前はグラウス司祭というらしく、貴族の三男とのことだった。
グラウス司祭は物腰が柔らかく、孤児たちの現状や必要経費を淡々と説明してくれた。聞けば修繕や食事、教育費にかなりの出費があるらしい。
話を聞いていたアレクシス先生は、話の途切れたタイミングで、
「旦那様にことづけをお願いします」
とノアくんに依頼した。
もちろん部屋を出るための口実だ。俺も目立たないようにノアくんの後に続く。
外に出ると、俺がこっそり頼んでおいた子ども用の祭服を持った子が待っていてくれた。俺は小さく頷き、ノアくんと視線を交わす。
――さあ、“潜入調査”の始まりだ。
(お祭り準備のはずだったのに、まさかスパイごっこをすることになるとは……)
子どもたちは働き者だった。床を掃き、洗濯を手伝い、小さい子の面倒を見ている。互いに笑い合い、いたわり合う姿は本当に愛らしい。
院長先生は、子どもたち一人一人の名前を呼びながら見守っていた。シスター・ミリアは明るく子どもたちの遊び相手になりつつ、その合間に転んだ子の膝を拭い、服のほつれを直してやる。
――その細やかさに、偽りは感じられなかった。
(……う~ん、本当にここの人たちが横領なんてしてるのか?)
院長先生やシスターミリアは子どもたちに慕われているし、グラウス司祭も最初は怪しかったけど、悪い人ではなさそうなんだけどな。
陽だまりの中で笑う子どもたちを見ていると、
そんな疑いを持ってしまう自分のほうが悪人みたいに思えてくる。そう思った矢先、グラウス司祭が別室から戻ってきた。どうやらアンナたちとの話が終わったらしい。
戻ってきたグラウス司祭は、何故か子どもたちを食堂に集めさせた。西の窓から差し込む夕陽が、テーブルの上に長い影を落とす。
いつもは賑やかな子どもたちの声も、今はどこか小さく感じる。まるで、これから嵐が訪れる前の静けさのように。
――はて、何か始まるのかな?
俺たちもこっそり子どもたちの輪に紛れ込み、様子をうかがった。
……なんだこの重い空気は。嫌な予感がするな。




