第13話 アンナの監視と、魔封じの腕輪の謎
時はさかのぼる。誘拐事件から二日ほど経ったある日のこと――
俺は軟禁されていた。
……そう、アンナにである。
「まだ心の傷が癒えていません!」と力説するアンナによって部屋の扉は常に“見張られ”、食事も豪華なトレイで運ばれてくる始末。
いやぁ~、美人メイドさんに甲斐甲斐しくお世話してもらえるなんて、至れり尽くせり……、ってそうじゃない。部屋から“出られない”なんて完全に監禁じゃないか。これはもう事件ですよ!
そして極めつけは――
「アンナ、トイレに行きたいんだけど……」
「では若様、こちらを」
「……アンナ、それは何かな?」
「おまるです」
「……!?」
辺境伯令息であるレオン・フォン・バルトル。わずか5歳にして尊厳の危機である。俺は震える声で言った。
「アンナ……それだけは勘弁してください。せめて令息としての威厳だけは……!」
俺の全力の懇願の末、トイレだけは何とか外に出ることを許された。
――我ながら、あの交渉は人生で最も命懸けだった。
そんなこんなで、俺は二日間も部屋から出られず、暇を持て余していた。
(……退屈だ。やることがない)
そんな時、ふと誘拐事件で起こったある不思議な出来事を思い出した。気になった俺は、ある人物を召喚した。
「それで……わざわざ私を呼んだ理由は?」
椅子に腰かけた美人が長い銀髪を揺らしながら俺を見る。そう、魔法の専門家――リュミナ先生だ。
「実はこれなんですが……」
俺は金属製の腕輪をリュミナ先生に見せた。
「これは……魔封じの腕輪ですか?」
「さすがリュミナ先生。見ただけでわかるんですね」
「当然です。それで、これがどうしたんですか?」
俺は腕輪を装着し、手をかざす。淡い光が瞬き、空中に水の鳥が形作られる。
「わぁ~、ピーちゃん!」
ピーちゃんを撫でようとしていたリュミナ先生が素っ頓狂な声を上げた。
「――って、なんで魔法が使えるんですかっ!!?」
「何ででしょう?」
(うん、やっぱ使えるね。誘拐の時も発動したし。腕輪、壊れてるのかな?)
「貸してください!」
リュミナ先生は俺の腕輪を奪い取ると、自分の腕に装着して魔力を込める。
「……発動しませんね」
手をかざしても、空気がピクリとも動かない。
「レオン様、どうしてあなたは魔法が使えるんですか?」
「それを聞きたくてリュミナ先生を呼んだんですけど……先生でもわかりませんか?」
リュミナ先生の表情がぴくりと動いた。
「む……これは優秀な私への挑戦ですね?」
「い、いや挑戦っていうか――」
「いいでしょう。この謎、天才魔法使いの私が解いてみせます!」
勢いよく宣言した先生は、腕輪をひったくるように持ち帰っていった。
「あ、ちょ、先生、壊さないでくださいね!」
「大丈夫です! 解体しても元に戻せるはずです!」
「“はず”って言いましたね。それ大丈夫って言わないやつ!」
そんなやり取りを最後に、先生は足早に部屋を出ていった。
――うん、まあ謎が解けるなら良いか。
その後ろ姿を見送るアンナが、じとっと俺を見てくる。
「坊ちゃま、女性を部屋に招き入れるのはどうかと思いますよ」
「え、いや、今のはただの相談で……」
「本当ですか?」
――アンナが何か怖い……。
* * * * * * *
翌日。
「レオン様……結果が出ましたよ!」
扉を開けたリュミナ先生は、目の下に見事なクマを作っていた。髪は少し乱れ、手にはコーヒーのカップと分厚い書類。
「先生、大丈夫ですか?徹夜したんじゃないですか?」
「大丈夫です。ちょっと寝てないだけです……ふふふっ」
先生の笑みは引きつり、目はバキバキだ。
――寝てないのは大丈夫じゃないやつでは?ちょっとテンションおかしいし。
「それで、この魔封じの腕輪の解析結果ですが……」
先生は机の上に資料を広げた。
「魔封じの術式に“自己循環式封魔陣”が刻まれていました。どうやらこの腕輪は装着者の体内魔力を吸収して、魔法の発動を防ぐ仕組みのようです。」
「なるほど……」
――おぉ~、何か先生が本物の天才っぽいこと言ってる!
「ただし安全装置として、“魔力枯渇”にはならないように調整がされていました」
「だから俺も先生も倒れなかったんですね……てか、先生。不用意に腕輪着けてましたけど、危なかったんじゃないですか?」
「うぐっ、も、もちろん安全だって知ってましたよ……」
――完全に嘘だ。目が泳ぎすぎて、もはや溺れてるよ。
「と、とにかく――問題はここからです」
――あ、誤魔化した。
「腕輪の吸収限界をあなたの魔力量が超えていたのです」
「というと?」
「つまり、魔封じの機能が追いつかず、吸収しきれなかった魔力があふれて、そのまま魔法が発動してしまった、ということですね」
「おぉ~……そんなことになってたんですね」
「ええ。普通の人間ならあり得ないんですが……」
リュミナ先生は、いぶがしげに俺を見て、何かを言いたそうな顔をしていた。
「まぁ、そのおかげで誘拐犯をやっつけることができたんですし、結果オーライってことで」
「……はぁ~、そういう事にしておきましょうか。
ではせっかくですし、このまま魔法の修練を裏庭で行いましょうか?」
「いいですね。丁度ヒマして……」
「いけません(キッパリ)」
アンナから即ダメ出しが出た。
「え?アンナ、ちょっと裏庭に行くだけ……」
「ダメです。外は危険です。それに――まだ心のケアが終わっていません」
「ケアって、俺そんなに繊細じゃ……」
「繊細なんです」
――俺は繊細だったらしい。
「えっと、先生」
俺は先生に助けを求めた。
「アンナちゃん、私がいるからちょっとくらいなら大丈夫だと……」
「駄目です。この部屋から出ることはこのアンナが許しません」
先生でも説得は無理らしい。
――こうして、アンナによる“監禁生活”は後5日ほど続いたのだった。




