第12話 騒がしい報告会と、新たな仲間
「……ということです」
事件から一夜明けた。父上の執務室で、俺は昨日の出来事とガイルから聞いた話を報告し終えたところだった。
「ふむ……」
父上――アルベルト・フォン・バルトルは、眉間に皺を寄せながら腕を組む。
「ガイルの証言によると、バルガスは王都からこのバルトル領まで南下しながら、道中の村や町で子供や女性をさらっていたそうです。そしてさらに南下して、他国に奴隷として売るつもりだったみたいです」
「なるほど。こちらでも犯人たちの取り調べを進めているところだ」
「捕まった人たちは大丈夫でしょうか?」
俺は真面目な顔で尋ねる。
――と、そんな俺の背後では……。
「アンナちゃん、私にも抱っこさせて……」
「奥様、これは……メイドである私の務めですので」
――何やら不穏なバトルが勃発していた。
父上は一瞬、そちらをちらりと見やってから、わずかにため息をつく。
「捕まった者たちは今は衰弱している者もいるが、命に別状はない。回復したら事情を聴いて、それぞれの村や町に送り届ける手はずになっている」
「それは良かったです。あの……バルガスに斬られた女性の怪我は?」
「傷は深かったが、命に別状はないそうだ」
――真面目に話をしているつもりなのだが、背後から聞こえてくる声が、全く真面目じゃない。
「それなら母である私の仕事でもあるわよ」
「いいえ、私がいるので大丈夫です」
「ズルい! アンナちゃんだけ抱っこなんて不公平よ~!」
「……ところでレオン」
「はい、父上」
「なんでお前はアンナに抱きかかえられたまま報告しているんだ?」
「父上、そこに触れてはいけません」
俺はキリっとした顔で答える。
「これはどうしようもないことなのです」
そう、俺はいまアンナに抱きかかえられながら報告している。足をぷらぷらさせつつ、真面目な顔で事件の報告。
――うん、冷静に考えたらなかなかシュールな光景だな。
助け出されたあとも、城に帰るまでずっとこうだった。少し遅れて現場に入ってきたアレクシス先生には、
「おやおや、仲がよろしいですね」
なんて優雅に笑われた。朝になったらなったで、アンナの“抱きしめ攻撃”は継続。何度「もう大丈夫だよ」「落ち着いて」と説得しても、「はい、大丈夫です」「落ち着いてます。これはメイドのお仕事です」と意味不明な理屈で押し切られ、結局俺が折れた。
さすがに父上への報告のときは放してくれると思ったけど、無駄だった。むしろ母上まで参戦してきて、もはやカオス。もう面倒くさくなって放置している。
「そ、そうか、わかった」
父上は小さくため息をつきながら、半ば諦めたように頷いた。うん、納得というより、完全に“諦め”だな。
「ゴホン!」
父上は仕切り直しと言わんばかりに咳払いをし。
改めて机の上の書類を手に取り、表情を引き締めた。
「それで、件のガイル・ロウドという男の処遇だが……」
「はい」
俺は姿勢を正す――もちろん、アンナの腕の中で。
「借金奴隷という身分でありながら、犯罪に無理やり加担させられていた。証言内容からしても、彼に罪はないと見てよいだろう」
「はい、俺もそう思います」
「それとガイルが売られた奴隷商が犯罪に加担していたようなので、恐らく借金は帳消し、奴隷からも解放されるだろう」
――おぉ~、それは良かった!じゃあ、あの話をせねば……
「それで父上……」
俺は、捕まっていた時にしたガイルとの約束の話を父上にした。
「あぁ、無事脱出できたらバルトル家に仕えるという話だな。ガイルからも聞いている。腕も立つようだし……領軍の兵士として雇うのも悪くないな」
「本当ですか?」
「ただし、もう一度確認して、本人が望むなら、の話だ。家族は王都にいるようだし、冒険者としての未練もあるだろうしな……」
「ありがとうございます、父上!」
「礼を言うのはまだ早い。あくまで本人の意志を尊重する。貴族の権力を使って、無理やり兵士にするようなら奴隷と変わらんからな」
「はい、父上!でも来てくれると嬉しいです」
「それは私も同意見だ。我が領では魔物討伐できる強いものは大歓迎だ」
すると報告は終わりとばかりに母上が俺の前にズズズイと出てきた。
「アンナちゃんが変わってくれないならアンナちゃんごと抱きしめちゃいます」
そう言って、母上はアンナごと俺を抱きしめてきた。
「は、母上。苦しいです」
――母上の控えめな胸でも力いっぱい抱きしめられたら流石に苦し……
瞬間、苦しさは無くなり、代わりに頬に痛みが……
『むにゅー』
「ふぁ、ふぁふぁうえ、いふぁいでふ」
「レオンちゃん、今何か変なこと考えませんでしたか?」
――は!しまった、また母上の平原の事を考え……
今度は両頬から痛みが……つねる手が倍になってしまった。
「レオンちゃん!?」
――ひぇー!視線だけで殺されてしまう……
そんな平和なバルトル家の朝が過ぎていくのであった。
……いや、平和じゃないよ!俺の命の危機が!!
* * * * * * *
それから二か月ほどが過ぎた頃、ガイルの家族がバルトル領に到着した。
「改めて……お世話になります」
深く頭を下げるガイル。その隣に立つのは――大きな瞳をした美少年、名前はノア君。クリっとした琥珀色の瞳が印象的で、俺より少し年上の十歳とのことだ。
「父上から聞いたけど、ノアくんは俺の従者見習いになるんだって?」
「はい! あのとき若様が父を助けてくださって……僕、一生ついていきます!」
その瞳には、憧れと決意が宿っていた。
――眩しっ……、目がキラッキラしてる!?
「う、うん。ほどほどにね」
「まぁ、なんて可愛い子……」と母上が微笑む一方で、すぐ隣のアンナがすっと一歩前に出る。
「ノアくん、従者の心得は私が教えてあげます。坊ちゃまの身の回りの世話は――」
「いえ、僕がやりますので大丈夫です! 若様の傍には僕が!」
「ふ、ふ、ふ。これは“教育”が必要そうですね」
「ふん、望むところですよ、“先輩”!」
――え、ちょっと待って、なんで初対面でバチバチしてんの!?
俺の左右で火花を散らす二人。笑顔なのに目が怖い。
「息子があんなに楽しそうに……。バルトル領に来て良かった!」
と、ガイルが泣きそうになっている横で、母上は「青春ねぇ」と楽しそうに呟いていた。
こうして、俺の“平和(?)な日常”は、またひとつ賑やかになっていくのだった。




