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5 異世界農業革命 はじめの一歩

カケルから家の裏にある小さな畑を借り受ける約束を取り付けた翌日。私は、まるで新しいゲームのマップに初めて足を踏み入れる時のような、高揚感と少しの不安を胸に、その場所に立っていた。


目の前に広がるのは、縦横十メートル四方ほどの、ささやかな土地。しかし、それはもはや畑と呼べる代物ではなかった。カケルが言っていた通り、申し訳程度に植えられた芋の葉は力なくしおれ、土の表面は乾ききってひび割れている。


大小様々な石ころが、まるで「ここから先は我々の領分だ」とでも言いたげに、ごろごろと顔を覗かせていた。昨日までの世界で私が知っていた、黒々とした柔らかな土とは似ても似つかない、痩せこけて白茶けた大地だ。


「……なるほど。これは、かなりの強敵ね」


腕まくりをしながら、私は不敵に笑ってみせた。農業高校で培った知識と、コーサク島を緑で埋め尽くしたあの情熱が、私の体の中でうずいている。やってやろうじゃないの。この荒れ果てた土地を、宝石のような野菜が実る、豊かな楽園に変えてみせる。


「ほらよ」


背後から声をかけられ、振り返ると、カケルが古びた一本の鍬を差し出していた。


「作業場の爺さんに借りてきた。刃こぼれしてるが、ないよりはマシだろ」


「ありがとう、カケル! 助かる!」


受け取った鍬はずっしりと重い。私は深呼吸を一つすると、狙いを定めて地面に力いっぱい振り下ろした。


「せいやっ!」


ガキンッ!


甲高い音と共に、想像を絶する硬い感触が、鍬の柄を通して腕に伝わる。


「……痛ったぁ!」


手首に走る痺れるような衝撃。刃は無情にも土に弾かれ、ほんの数センチしか食い込まなかった。


「うそ……こんなに硬いの……?」


その後も、私は必死に鍬を振るった。けれど、数回繰り返すうちにすぐに息が上がり、額からは玉のような汗が噴き出してくる。痩せた土の下には、鍬の刃を阻む石ころが、まるで悪意を持って埋められているかのようだ。たった数分で、私の体力は面白いように奪われていった。


ぜえ、ぜえ、と肩で息をする私を見かねて、カケルが大きなため息をついた。


「……へたくそ。見てらんねえな。貸してみろ」


ぶっきらぼうにそう言うと、彼はひょいと私の手から鍬を取り上げた。そして、私が苦戦していたのが嘘のように、軽々とそれを構える。


「腰の落とし方がなってねえんだよ。腕の力だけじゃ、土は掘れねえ」


カケルはそう言うと、しなやかな獣のような動きで腰を落とし、全身のバネを使って鍬を大地に突き立てた。


ザクッ!


「……え」


私の耳を疑うような、心地よい音が響いた。さっきまであれほど頑なだった地面に、鍬の刃が深く、深く吸い込まれていく。カケルはそれを合図に、流れるような動きで土を掘り返していく。ザクッ、ザクッ。そのリズミカルな音に合わせて、硬い土の塊が、面白いように耕されていった。


狩りで鍛え上げられた、彼のたくましい両腕の筋肉が、陽光の下でしなやかに躍動している。汗を光らせながら黙々と作業を続けるその横顔は、ぶっきらぼうなさっきまでの彼とは違う、真剣な男の顔だった。


その力強い姿に、私はいつの間にか手を動かすのも忘れ、ただ呆然と見とれていた。元の世界では感じたことのなかった、剥き出しの生命力。その眩しさに、胸の奥が少しだけ、きゅっと鳴った気がした。


小一時間も経った頃だろうか。カケルは額の汗を手の甲で拭うと、見事に耕された畑を顎でしゃくった。


「ほらよ。こんなもんだろ」


「す、すごい……! あっという間じゃない!」


「お前が非力なだけだ。……っておい、いつまで見てるんだ。石拾いくらい手伝えよ」


からかうような口調で言われ、私ははっと我に返った。顔に集まった熱を隠すように、「う、うん!」と力強く頷くと、掘り返された土の中から、大小の石ころを拾い集め始めた。



「本当の勝負は、ここからよ」


石を拾い終え、一息つきながら、私は宣言した。

私が次に始めたのは、村の若者と子供たちを巻き込んだ「宝探しゲーム」だった。


「いい、みんな! この村を、もっともっと元気にするための、特別な宝物を探すのよ!」


畑の前に、村の子供たちと年長の若者たちを集めて、私は声を張り上げた。若者たちのリーダー格であるノフーが、腕を組んで面白そうに私を見ている。ロイドさんの娘のリーナちゃんは、少し離れた場所から、おずおずとこちらを窺っていた。


「宝物ぉ? ミドリ姉ちゃん、何言ってんだ?」


ノフーがにやにやしながら尋ねる。


「あるのよ、この村にね。それは三種類! まずは、森に落ちてる『茶色い宝物』!

ふかふかの落ち葉のことね。

次に、畑の隅っこに生えてる『緑の宝物』!

雑草のことよ。

そして最後に、みんなのおうちから出る『お台所の宝物』!

野菜の皮とか、動物の骨のこと!」


私の言葉に、子供たちはきょとんとしている。


「なんだよ、ただのゴミじゃねえか」


腕白そうな子供の一人が、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「ふふん、違うわ。これこそが、この畑を元気にする魔法の材料、『堆肥たいひ』になるのよ! この宝物を一番たくさん集めてきてくれた人には、作物が収穫できたら、私から特別なおやつをあげる!」


「おやつ!?」


その言葉に、子供たちの目がキラリと光った。この村では、甘いお菓子など滅多に口にできない、最高のご馳走なのだ。


「へえ、面白そうじゃねえか」


ノフーが口の端を上げた。


「よっしゃあ! やってやろうぜ! お前ら行くぜ、競争だ! 絶対に一番になって、ミドリ姉ちゃんの特別なおやつを食うんだ!」


ノフーがときの声を上げると、子供たちは「おおーっ!」と歓声を上げ、蜘蛛の子を散らすように村中へ駆け出していった。その日から、カケルの家の裏は、子供たちの元気な声で満ち溢れた。



一週間も経たないうちに、私の小さな実験農園の隅には、落ち葉や雑草、野菜くずが集められた、小高い丘がいくつも出来上がっていた。



「さて、次はうね作りよ!」


カケルが耕してくれた土地の前に立ち、私はカケルと、率先して手伝いに来てくれたノフーに向き直った。


「畝って、ただ土を盛り上げるだけじゃねえのか?」


カケルが不思議そうに首を傾げる。


「違うの。植物が一番気持ちよく過ごせる、特別なベッドを作ってあげるのよ」


私は一本の木の枝を拾うと、地面に簡単な図を描いてみせた。


「この土地は少し湿気が多いから、畝は少し高めにしてあげる。それに、一日中まんべんなく太陽の光が当たるように、畝の向きはこっち。こうすれば、病気になりにくくて、根っこも元気に伸びるの」


私の淀みない説明に、カケルとノフーは目を丸くした。


「畝に……向きがあるのか……」


「植物のベッド! なるほど、面白え!」


ノフーが興奮したように声を上げた。


「よし、やってみようぜ、カケル兄さん! ミドリ姉ちゃんの言う通りにさ!」


ノフーはカケルと二人、私の指示通りに見事な畝を次々と作っていく。そして、その畝に、子供たちが集めてくれた堆肥をたっぷりと混ぜ込んでいった。


「これで土にご飯を食べさせてあげるの。そうすれば、土が元気になって、美味しい野菜を作ってくれるんだから」


「へえ、土が飯を食うのか! すっげえな!」


カケルも、ただのゴミの山にしか見えなかったものが、意味のある資源へと変わっていく様を、感心したように見つめていた。


土作りが終わり、いよいよ種まきの時が来た。

私は大切に抱えてきたビニール袋から、『サカヤの種』の色鮮やかなパッケージを取り出す。


「うわ、なんだこれ! 綺麗な絵だな!」


ノフーが、ナスの描かれた袋を興味津々に覗き込んだ。


私はまず、じゃがいもの種イモを取り出した。


(でも、待って)


私は一度手を止め、パッケージを見つめた。


(ここは異世界。日本の知識がそのまま通用するとは限らない。土の性質も、気候も、太陽の光の強さだって違うかもしれない。もし一度に全部蒔いて、一つも芽が出なかったら……?)


それは、この村の希望を裏切るだけでなく、私のささやかな夢まで潰してしまうことになる。保険は、かけておくべきだ。


「よし」と小さく頷き、私は各種の種袋から、中身の四分の一ほどを慎重に手のひらに取り出した。残りは、万が一のために、丁寧に袋の口を折りたたんで仕舞う。


「ミドリ姉ちゃん、そんだけでいいのか?」


ノフーが不思議そうに尋ねる。


「うん。最初は大事な実験だからね。この土地に合うかどうか、まずは少しだけ試してみるの」


そう言って微笑むと、私はまず、じゃがいもの種イモを畝に置いていく。


「これは、このまま植えるの。そうすると、土の中でたくさんの仲間を増やすのよ」


次に、小松菜とナスの種を蒔く。


きゅうりとかぼちゃの種も、十分な間隔をあけて丁寧に蒔いていく。


そして、最後に残ったのは、私の夢そのものだった。

私は畑の一番日当たりの良い、特別な一角を指差した。


「あそこは、私の聖域にするわ」


そう宣言すると、私は四種類のバラの種を取り出した。『ピースフル・スマイル』、『クリムゾン・グローリー』、『プリンセス・ドリーム』、そして『ミッドナイト・ブルー』。


その小さな一粒一粒を、まるで祈りを捧げるように、そっと、指先で土に埋めていく。カケルもノフーも、何も言わず、その真剣な様子を静かに見守ってくれていた。


全ての種を蒔き終える頃には、西の空が美しい茜色に染まっていた。

美しく整えられた畝が並ぶ、小さな畑。そこには、未来への希望が、確かに芽吹いていた。


「……お前、本当に何者なんだ?」


夕日に照らされた畑を眺めながら、隣に立つカケルが、感心と呆れが混じった声でぽつりと呟いた。


「ただの、花と野菜が好きな女の子よ」


私は振り返り、悪戯っぽく笑ってみせた。


「見てなさい、二人とも。一月後には、この畑を、誰もが見たことのないような、緑の宝石でいっぱいにしてみせるから」


私の異世界農業革命は、今、確かな希望と共に、その第一歩を踏み出したのだった。

ご一読いただきありがとうございます!

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