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GO! WEST!  作者: マリオン
絶影武芸帖「椿の女」
9/10

4

 深夜──俺は椅子に座ってる。灯りのない闇の中、その部屋の主が帰るのを、気配を殺して待っているのである。


 やがて──灯りを手にした男が、部屋の扉を開く。往診の帰りなのであろう、医療用の鞄をテーブルに置いて、ふう、と息をつく。


「──あんた、医者の先生なんだってな」

 俺は暗がりから呼びかける。

「──誰だ?」

 男は、本来であれば脅えてしかるべきところであるというのに、平然と誰何(すいか)する。


「それも、こんな小さな街にはめずらしいほどの腕利きらしい」

 俺は、男の誰何には答えず──街のものから得た情報を淡々と告げる。

「近隣のもんは、蛇やら茸やら、毒にやられると先生のところに駆け込むんだってなあ」

 ()()()()()──街のものは、医者を評して、そう言った。


「毒使い──告死の残党か」

 俺の指摘に──男の空気が変わる。そこには、街のものから信頼される医者の姿はなく──今や薄汚い暗殺者が立っている。


「娼館の女──お前が殺したな?」

 俺の指摘に、男は吹き出す。

「そんなことを問うためにきたのか」

 男は、俺の問いを、問うに値しない些末なことであるかのように笑い飛ばす。


「──答えろ」

 再度──相手を殺すという意を放ちながら、問い質す。

「ああ──殺したよ。愚かな女さ。告死を抜けるなどと──よりにもよって、僕に告白するのだから」

 男はあっさりと殺しを認める。しかし──女がわざわざ男に足抜けを告げたということは──。

「お前と一緒に──告死を抜けたかったんじゃねえのか?」

 男のことを好いていて、一緒に逃げたかったのではないか──そう思い至って、俺はやるせない心持ちになる。

「そうだとしたら──やはり、愚かな女だよ。何度か肌を重ねただけで、勝手に情を抱くのだからなあ」

 男は嘲るように笑う。


 俺のことを嘲るのはいい。だが──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 俺は椅子から立ちあがり、男の前に立つ。

「──覚悟はできているか?」

「僕は──運がよい」

 怒気を発する俺に、男は変わらず嘲るように返す。

「告死の壊滅に加担した裏切りものの噂は、この街にまで届いている。裏切りものの武侠──いやさ、()()

 驚いたことに、男は俺の正体に気づいている。


「お前を殺せば──僕こそが新たな告死の頭になれる」

 告死の頭とは、大きく出たものである。寝言は寝て言え──お前ごとき、闇のグンダバルドどころか、俺にも敵わぬ下っ端であろうに。

「毒使い風情が、当代の武侠に敵うとでも?」

「毒使いには──毒使いなりの戦い方というものがある」

 男にも、それなりの自負があるようで、武侠を前にしても退く気配はない。

「それに──ここは、僕の()()だよ!」

 言って、男は棚の薬瓶を手で払い、床に落とす。瓶が割れて、中の液体がもれ出して──それらが混ざりあって、何やら得体の知れぬ煙を発する。どうせろくなものではあるまい、と判断して、俺は息を止める。


「はっはぁ! いつまで息が続くか、見ものだなあ!」

 男は、毒に耐性でもあるものか、平然と呼吸しながら、隠し持っていた短剣を抜く。短剣は、おそらく毒が塗ってあるのだろう、薄明りに照らされて、ぬらり、と光る。この部屋が奴の陣地であるというのも、はったりではあるまい。用意周到な男である。


 男は、瞬く間に俺に迫り、短剣で突きを放つ。続けざまに三連──毒使いの動きではない。俺は突きをかわしながら──男は、もとは短剣の妙手で、毒も使うようになったということであろう、と当たりをつける。


 男の攻撃は止まらない。かわすだけでなく、短剣の刀身を手で払うことができれば、反撃の隙も生まれるのであるが──刀身には毒が塗られており、触れることはできない。


 俺は短剣をかわしざまに、腕を前に突き出して──短剣を構える男の右腕と、俺の右腕の外側同士を触れあわせて、はす向かいに位置取る。一触即発の距離である。男は、俺の心臓めがけて、必殺の突きを放つ──が、右腕から伝わる、相手のわずかな動きの()()()から、その狙いを察して、俺は突きをかわす。


「──小癪(こしゃく)な」

 男は、邪魔になっている俺の右腕を振り払わん、と短剣を振るって──わずかに大振りとなったその一振りをかいくぐって、俺は男の腹に手を伸ばす。


 俺は勢いよく床を踏み込んで、その衝撃を、関節を連動させることで増幅して、身体をねじりながら手のひらにまで伝えて──男にそっと触れるような掌打を放つ。


 男は、その想像を絶する衝撃に吹き飛んで、部屋の壁に叩きつけられる。

「──はぁ!」

 同時に──俺は、ついに息が続かなくなり、呼吸を再開する。体内に、みるみるうちに毒が堆積して──俺はその場に膝をつく。


「は、はは!」

 俺の、呼吸を止めての透しは、どうやら一撃必殺とはいかなかったようで──男は嘲るように笑って、よろめきながらも立ちあがる。

「死ね、死ね、毒を吸い込んで、死んでしまえ!」

 男は、口から毒を吐きながら、俺に止めを刺さんと近寄る。


 しかし──万全ではないとはいえ、俺の透しをくらっては、さすがに男も無傷ではない。その足取りは重く、一歩、また一歩と踏ん張りながら歩いて──ようやくたどりついた俺の前で、短剣を振りかぶる。


「僕の──勝ちだ!」

 男が勝利を確信して、短剣を振りおろさんとした──その瞬間、俺は跳ね起きて、男の胸と背に手をあてて、心臓を挟み込む。俺は勢いよく床を踏み込んで、その衝撃を、関節を連動させることで増幅して、身体をねじりながら両の手のひらにまで伝えて──挟み込んだ心臓に衝撃を放つ。逃れる間もなく、男の心臓が破裂する。


「──()()()

 事切れる寸前──男がしぼりだしたのは、疑問であった。

「この程度の毒は──効かないんだなあ」

 俺は、もはや男の耳には届かぬであろうと思いながらも、種明かしをする。


 俺は──()()()()()()を身に着けているのである。男が耐性を得られる程度の毒など、効こうはずもない。わざわざ毒を警戒してみせたのは、毒使いである男の油断を誘うため。男はそれなりの腕前ではあったが、戦いの巧者ではなかったということ──武侠を舐めると、こういう結末になる。


 俺は、絶命した男の身体に、ベッドにあった毛布をかける。祈りは捧げない。地獄に落ちるのがふさわしかろう、と思う。


 俺は男の家を後にして──皆の待つ宿に戻る。

「フィーリ、このことは──」

「──ロレッタには秘密なのでしょう」

 人ならぬ旅具の身でありながら、心得たものである。快く貸してくれたマリオンに感謝しながら、俺は夜道を歩く。

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