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「俺は──いつものところに寄ってくらあ」
山を越えて、ようやくたどりついた街に入るなり、俺は皆に告げる。マリオンと黒鉄は慣れたもので、はいはい、とぞんざいに返しながら、宿を探し始めるのであるが──ロレッタだけはむくれた顔で俺をにらみつける。
「夜には帰ってくるんでしょうね?」
「いや、ちょっと情報収集も兼ねてるもんでな、たぶん泊まりになる」
問い質すロレッタに、俺にしてはめずらしく真摯に返す。
「はいはい、そうですか!」
しかし、その真摯な答えこそが、ロレッタの逆鱗に触れたようで──彼女は、何か汚いものでも追い払うかのように、しっしっと俺を手で払ってみせる。
俺は怒気を放つロレッタの背中を、苦笑でもって見送って──娼館を探して歩き出す。
通りですれ違った禿頭の男に──いかにも女を買いそうな狒々爺である──娼館の所在を尋ねる。どうやら、唯一の娼館は、街の隅にあるらしい。娼館なんぞ、どこの街でも、似たような立地である。
俺は、おおよその当たりをつけて通りを歩いて、先の狒々爺に教わった娼館にたどりつく。まだ、昼間である。娼館の前には、俺以外の客の姿はなく、閑散としている。
俺は娼館の扉を開いて──館主であろう男に声をかける。
「俺は──絶影ってもんだ」
「へえ、絶影の旦那、どんな娘をご所望で?」
この街の娼館は、拝死教団の裏の顔──告死の息がかかっているはずである。絶影と名乗れば、何らかの反応を示すものと思っていたのであるが、男の反応は何も知らぬ館主のそれである。おそらく、この男は告死ではないのであろう、と判断して──俺は合言葉を唱える。
「一番髪の黒い女を頼む」
「──へい!」
館主は告死ではないのであろうが、そう指名されたならば、どうしなければならないかは心得ているようで──俺を奥まった部屋に案内して、そそくさと出ていく。
やることをやるためのみの殺風景な部屋には、意外や白い椿の花が鉢に生けてある。何とはなしに椿を眺めながら、しばし待つと──扉を開いて、茶色い髪の女が現れる。この女こそ、この娼館でもっとも髪の黒いもの──各地の告死に情報を提供し、仕事を斡旋する、闇の女である。
女は俺を一瞥して、ベッドに腰をおろす。
「あなた──本当に告死なの?」
俺の、あまりに飄々とした様に、告死ならざる空気を感じたのやもしれぬが──それを堂々と問い質そうとは、なかなかに胆力のある女である。
「いや──告死そのものではない。その外縁のものだ」
武侠は元告死である。俺は、当代の武侠なのであるからして、告死の外縁と名乗っても、嘘にはなるまい。
「告死が滅びたって噂を聞いたもんでな、その真贋を確かめにきた」
告死は、表向きは壊滅したことになっている。俺とマリオンとで、告死随一の暗殺者である闇のグンダバルドを倒し──さらに、その後のごたごたで、告死の最高指導者たるアシディアル翁も死んだのである。しかし──それでもなお、各地の告死の残党たちが、なりを潜めたとはかぎらない。
「告死の頭は潰れたよ」
「じゃあ──滅びたんだな?」
女の答えに、俺は念を押すように問いかけるのであるが──その問いは、女からするとあまりにも的外れなものだったようで、彼女はからからと笑いながら続ける。
「滅びるもんかね。頭が死んだって、手足が動く。告死なんて、蟲みたいなもんさ」
「──なるほど」
告死は、完全には滅びていない。各地に潜む暗殺者たちは、いまだ蟲のごとく蠢いているのであろう、と思う。
「それだけわかれば十分だ」
俺は、得られた情報に満足して──ベッドに座る女を押しのける。
「ひとまず、一晩泊めてくれい」
そして、そのままベッドに寝転がる。
「あたしを──抱かないのかい?」
女は、意外であったのか、それとも心外であったのか、呆けた声で問いかける。
「お前さんは魅力的で、抱きたくて抱きたくてたまらんのだが──怒る女がいるもんでな」
「あんた──まさか操を立ててんのかい!?」
俺のその答えがよほど面白かったものとみえて、女は吹き出して、またからからと笑う。その頬のえくぼが、思いのほか愛らしくて──俺は、本当に抱きたい気持ちが芽生えても困るから、と女に背を向ける。
「そんなんじゃねえよ。怒る女の顔がちらつくと萎えるだろ。それに、ちょっと山越えで疲れてんだよ」
言って、俺は聞こえよがしに、あくびをもらす。
すると──部屋に衣擦れの音が響く。女が服を脱いでいるのであろう、抱かぬというのに、強情な女である──と、あきれたのもつかの間、女は裸で俺の背に肌を寄せて、添い寝をする。抱かぬにしても、やわらかい肌を背に感じて眠るのもわるくない、と思いながら──俺は目を閉じる。