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GO! WEST!  作者: マリオン
絶影武芸帖「椿の女」
6/10

1

「俺は──()()()()()()()に寄ってくらあ」


 山を越えて、ようやくたどりついた街に入るなり、俺は皆に告げる。マリオンと黒鉄は慣れたもので、はいはい、とぞんざいに返しながら、宿を探し始めるのであるが──ロレッタだけはむくれた顔で俺をにらみつける。


「夜には帰ってくるんでしょうね?」

「いや、ちょっと情報収集も兼ねてるもんでな、たぶん泊まりになる」

 問い質すロレッタに、俺にしてはめずらしく真摯に返す。

「はいはい、そうですか!」

 しかし、その真摯な答えこそが、ロレッタの逆鱗に触れたようで──彼女は、何か汚いものでも追い払うかのように、しっしっと俺を手で払ってみせる。


 俺は怒気を放つロレッタの背中を、苦笑でもって見送って──()()を探して歩き出す。



 通りですれ違った禿頭の男に──いかにも女を買いそうな狒々爺(ひひじじい)である──娼館の所在を尋ねる。どうやら、唯一の娼館は、街の隅にあるらしい。娼館なんぞ、どこの街でも、似たような立地である。


 俺は、おおよその当たりをつけて通りを歩いて、先の狒々爺に教わった娼館にたどりつく。まだ、昼間である。娼館の前には、俺以外の客の姿はなく、閑散としている。


 俺は娼館の扉を開いて──館主であろう男に声をかける。

「俺は──絶影ってもんだ」

「へえ、絶影の旦那、どんな娘をご所望で?」


 この街の娼館は、拝死教団の裏の顔──告死の息がかかっているはずである。絶影と名乗れば、何らかの反応を示すものと思っていたのであるが、男の反応は何も知らぬ館主のそれである。おそらく、この男は告死ではないのであろう、と判断して──俺は合言葉を唱える。


()()()()()()()を頼む」

「──へい!」

 館主は告死ではないのであろうが、そう指名されたならば、どうしなければならないかは心得ているようで──俺を奥まった部屋に案内して、そそくさと出ていく。


 ()()ことを()()ためのみの殺風景な部屋には、意外や白い椿の花が鉢に生けてある。何とはなしに椿を眺めながら、しばし待つと──扉を開いて、茶色い髪の女が現れる。この女こそ、この娼館でもっとも髪の黒いもの──各地の告死に情報を提供し、仕事を斡旋する、()()()である。


 女は俺を一瞥して、ベッドに腰をおろす。

「あなた──本当に告死なの?」

 俺の、あまりに飄々とした様に、告死ならざる空気を感じたのやもしれぬが──それを堂々と問い質そうとは、なかなかに胆力のある女である。


「いや──告死そのものではない。その外縁のものだ」

 武侠は元告死である。俺は、当代の武侠なのであるからして、告死の外縁と名乗っても、嘘にはなるまい。

「告死が滅びたって噂を聞いたもんでな、その真贋を確かめにきた」


 告死は、表向きは壊滅したことになっている。俺とマリオンとで、告死随一の暗殺者である闇のグンダバルドを倒し──さらに、その後のごたごたで、告死の最高指導者たるアシディアル翁も死んだのである。しかし──それでもなお、各地の告死の残党たちが、なりを潜めたとはかぎらない。


「告死の頭は潰れたよ」

「じゃあ──滅びたんだな?」

 女の答えに、俺は念を押すように問いかけるのであるが──その問いは、女からするとあまりにも的外れなものだったようで、彼女はからからと笑いながら続ける。

「滅びるもんかね。頭が死んだって、手足が動く。告死なんて、蟲みたいなもんさ」

「──なるほど」

 告死は、完全には滅びていない。各地に潜む暗殺者たちは、いまだ蟲のごとく蠢いているのであろう、と思う。


「それだけわかれば十分だ」

 俺は、得られた情報に満足して──ベッドに座る女を押しのける。

「ひとまず、一晩泊めてくれい」

 そして、そのままベッドに寝転がる。


「あたしを──抱かないのかい?」

 女は、意外であったのか、それとも心外であったのか、呆けた声で問いかける。

「お前さんは魅力的で、抱きたくて抱きたくてたまらんのだが──怒る女がいるもんでな」

「あんた──まさか(みさお)を立ててんのかい!?」

 俺のその答えがよほど面白かったものとみえて、女は吹き出して、またからからと笑う。その頬の()()()が、思いのほか愛らしくて──俺は、本当に抱きたい気持ちが芽生えても困るから、と女に背を向ける。

「そんなんじゃねえよ。怒る女の顔がちらつくと萎えるだろ。それに、ちょっと山越えで疲れてんだよ」

 言って、俺は聞こえよがしに、あくびをもらす。


 すると──部屋に衣擦れの音が響く。女が服を脱いでいるのであろう、抱かぬというのに、強情な女である──と、あきれたのもつかの間、女は裸で俺の背に肌を寄せて、添い寝をする。抱かぬにしても、やわらかい肌を背に感じて眠るのもわるくない、と思いながら──俺は目を閉じる。

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