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「眠れる森の魔女様──あの頃とお変わりなく」
茨の城に至り、なお眠ることなく魔女の前に跪くのは──最初に訪れた村で名乗りをあげた農夫である。農夫という割には優男で、どうせすぐに眠ってしまうのであろう、と思っていたのであるが──想像に反して、彼は眠気を欠片も感じていない様子で、流暢に続ける。
「幼き頃、森に迷い込んだ私を、あなた様は優しく村まで導いてくださったのです」
「何だ、そういう縁、あるんじゃん」
農夫の言に、ロレッタは、もしかしたら、という面持ちで、なりゆきを見守る。
そういう縁があるとなると──俄然、真実の愛への期待も高まるというもの。私とロレッタは、いけ、やれ、と農夫を囃したてて──その声援を背に、農夫は魔女を胸に抱く。やがて、二人の唇が近づいて──ロレッタが私の目をふさぐ。
私がロレッタの手を振り払うと、ちょうど二人の唇が離れていくところで──魔女の蕩けるような顔を見れば、その口づけがまんざらでもなかったことは、想像にかたくない。
「呪いは──!?」
私は、口づけに蕩ける魔女をよそに、他の男どもと一緒に放置された黒鉄と絶影を見やる。
「解けて──ないね」
しかし、二人も、他の男どもも、あいもかわらず眠りこけており──私は、期待が大きかった分、がっくりと肩を落とす。
「魔女様の使いのお二方──呪いは、男性からの真実の愛の口づけで解けるとおっしゃっておりましたよね。そうであるなら──呪いは解けるはずもありませんよ」
農夫には、この結果がわかっていたようで──私に諭すように続ける。
「なぜならば、この愛は真実のものに違いありませんが──私は女ですから」
「──は?」
農夫の──いや、農婦の告白に、私は呆けたように返す。
農婦は、自身は男装しているだけの女であるという。それならば、眠ることなく城にたどりつけたことにも頷ける。頷けるのであるが──。
「だったら、どうして魔女の伴侶に名乗りをあげたの!?」
「男と限定はされませんでしたので」
そう返されて──私とロレッタは顔を見あわせる。確かに、伴侶を、と募ったものの、男にかぎるなどという前提は自明の理であるからして、いちいち限定しなかったのは事実である。
「それに、魔女様の伴侶となりたいというのは事実ですから」
農婦は、正面から魔女の瞳をみつめて、真摯に告げる。
「魔女様、男はお嫌いでしょう。女の私で、何の問題がございます」
「問題、大ありでしょ!」
農婦の言に、私は声を荒げて返す。魔女の呪いが解けなければ、眠れる森を抜ける街道は、今後も変わらず使いものにならないのである。
「問題──ないかも」
ところが、当の魔女はといえば、とろんと蕩けた目で、そうつぶやいている。先ほどの農婦との口づけを反芻しているのであろう──唇を尖らせて、うっとりと目を閉じている。
私とロレッタは顔を見あわせて、溜息をついて──そうして、魔女と農婦を放って、男どもを引きずって城を後にする。
かくして、眠れる森の魔女の呪いは──解かれることはなかった。今でも森の入口には、男たちに注意をうながす看板が立っている。
ただ──以前と変わったことがあるとすれば、それは魔女とその呪いの噂が、近隣を越えて広まったことである。暴君から、亭主まで──ありとあらゆる男に苦しめられた女たちは、森に駆け込むようになったという。
後年──魔女の森を中心として、女の国ができたというような噂が届くのであるが──それが真実かどうかは、さだかではない。
「眠れる森の魔女」完/次話「絶影武芸帖」
GODIEGO「モンキー・マジック」を聴きながら。