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私たちは、魔女から思わぬ歓待を受けて、応接室で茶をふるまわれている。魔女は応接室と言うが、実際には普段から彼女の過ごしている部屋なのであろう、あちらこちらに脱ぎ散らかした衣服があり──だらしのない魔女であるなあ、と思う。
「それで──何でまたそんな呪いを?」
「──男が嫌いだったから」
そう返す魔女は、エルフを思わせるほどの、絶世の美女である。今まで、どれほどの男に言い寄られたやら、そしてそれに辟易していたやら、その顔を見れば想像にかたくないのであるが。
「──だった?」
それが過去形であることに気づいて、私は思わず問い返す。
「数百年も経てば、心変わりくらいするんだよう! 寂しいんだよう!」
言って、魔女は先までの威厳が嘘のように、童女のごとくじたばたと暴れ始める。
「──ようするに?」
「伴侶がほしい」
問いかける私に、魔女は真顔で答える。
「だめだ、こいつ」
ロレッタはあきれるようにつぶやくのであるが──ロレッタにあきれられるというのは、相当の猛者の証左である。
「じゃあ、呪いを解けばいいじゃない」
「もう妾の手では解けんのだ」
私は簡単に言うのであるが、魔女はかぶりを振って答える。
魔女の語るところによると、呪いをかける際には、普通解呪の方法も組み込むものなのだという。そうでなければ、自分よりも上手の術者に呪詛を返されたときに、なすすべもなく呪いに蝕まれてしまうことになる。ところが、解呪の方法を組み込まれた呪いは、まさにその方法によらなければ解呪できなくなってしまうのだという。
「解呪の方法って?」
「男性からの──真実の愛の口づけ」
私の問いに、魔女がうっとりと答える。
「やっぱり、だめだ、こいつ」
ロレッタが繰り返す。
確かに──そもそも、この城に近づく男は皆、眠りについてしまうのであるからして、真実の愛の口づけなど、できようはずもない。
「真実の愛があれば、眠りの呪いに打ち勝つこともできるはずなんだよ!」
魔女は、可能性はある、と言い張るのであるが。
「そもそもさ、森の外に知り合いっているの? あなたに好意を持ってるような」
「──おらん」
私の問いに、魔女は視線をそらしながら答える。
「マリオン、何も聞かなかったことにして、森を抜けよう」
ロレッタが先にあきらめて立ちあがり──私もそれに続きかける。
男は街道が使えぬとなると、近隣のものは相当に困っているはずであるから、何とかしてやりたいとは思わなくもないのであるが──聞いたかぎりでは、魔女の呪いは解けそうもない。
「頼む! もはやおぬしら以外に頼れるものはおらんのだ!」
言って、魔女は這いずるようにして、ロレッタの足をつかむ。ロレッタは、それでも応接室を出ようと歩みを止めぬのであるが、魔女は離してなるものかと食らいつく。魔女ともなれば、年齢など、とうに超越しているであろうに──それでも、結婚適齢期の女性の、なりふり構っていられない執念のようなものを感じてしまう。それは、ロレッタも同じだったのであろう──彼女は渋々足を止める。
「そんなこと言ったって、どうしろって言うのさ?」
ロレッタは途方に暮れた顔で、助けを求めるように私を見るのであるが──私とて気持ちは同じである。
「ちょっと、試してみましょうか」
と、意外なところから、助力の声があがって。
「私の力であれば、一時的に呪いを無効化することはできるはずです」
割って入ったフィーリは、黒鉄か絶影のどちらかに自身を身に着けさせて、呪いに抵抗させてみてはどうか、と提案する。
「なるほど──二人なら、常人よりは呪詛への抵抗力も強いだろうからね」
納得して、私はフィーリを外して。
「妾は、ドワーフは好かん」
「はいはい」
魔女の面倒な要求に応えて、絶影の首に旅具をかける。
「俺は──何でこんなところにいるんだ?」
しばし待つと、先のフィーリの言のとおり、一時的に眠りの呪いが解けたようで──おもむろに絶影が目を覚ます。
「マリオン、これはいったい──」
問いかける絶影に──私は顎で魔女を指す。女たらしの絶影である。こうするのが、もっとも手っ取り早かろう。
「おや──俺としたことが、麗しいご婦人への挨拶をおろそかにしていたとは」
言って、絶影は魔女の手を取り、その甲に口づけようとして──そのまま倒れるように眠り込んでしまう。
「フィーリの加護つきの絶影でも無理かあ」
私は、フィーリの加護ならばもしかしたら、と期待していただけに、その結果にがっくりと肩を落とす。
魔女は、何か汚いものに触れられたとでもいうように、手の甲をごしごしとこする。
「今のは──真実の愛というより、邪な下心という感じではなかったか?」
魔女の言に、私とロレッタは深々と頷くことしかできない。