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「何ですぐに気づかないかなあ」
「面目次第もございません」
責めるような私の口調に、フィーリはめずらしく落ち込んだ様子で返す。
黒鉄と絶影──眠りこけて動かない二人をそのままにもしておけず──ロレッタの魔法で羽のごとく軽くして、引きずりながら歩いているのである。
「二人だけが眠りこけているところを見るに、男だけが眠ってしまうというような類の呪いであろうと思います」
フィーリの言に、私は振り返って、引きずられるがままの二人を見る。二人ともに、引きずられる中で木々に身体をぶつけているのであるが、それでも目を覚ます気配はない。一方で、私とロレッタは一切の眠気を感じていないのであるからして、フィーリの推測は正しいのであろう、と思う。
「術者はかなりの力量です。呪いは、わずかな魔力で最大限の効果を発揮するように構成されています」
気づくのが遅れるわけです、とフィーリは言い訳を重ねる。
「呪いは、森の中心に近づくにつれて、強くなっております」
フィーリはそう断言して──私は、はてと首を傾げる。
「ってことは、森の中心から離れれば──呪いは弱くなるの?」
「はい──おそらくは、森から出れば、二人とも目覚めるものと思います」
なるほど──となると、無理に森を通らずとも、遠まわりをして森の外周を行けば、呪いの影響を受けることはないわけである。さらに言えば、二人を引きずったままでも、森さえ抜けてしまえば、呪いは解けて、二人は目覚めるはず。
「森を抜けるまで、二人を引きずるの、あたしは嫌だからね」
「私だって嫌だよ」
私と同じ結論に至ったのであろう、ロレッタが機先を制するように口にして──こればかりは、私も同意で返す。
現実問題として、森を抜けるまで二人を引きずり続けることにくらべれば、呪いの主に話をつける方が、いくらかましに思える。
「森の中心に近づくにつれて、呪いが強くなるってことは、そこに呪いをかけた張本人がいるわけだよね?」
「──おそらくは」
私の問いに、フィーリが短く答えて──私は振り返って、眠りこける黒鉄と絶影を見て、大きな溜息をついて──再び歩み始める。
私たちは、森を貫く街道を途中でそれて、森の中心部に向かう。鬱蒼と茂る木々の枝をかきわけながら進んでいると、不意に足もとに硬いものを感じて──足先で土を払えば、そこに古い石畳が現れる。通るものはおらず、荒れ放題ではあるけれども──ともかくも目指す先に通ずる道はあるようで、いくらか安心する。
私たちは、石畳を頼りに、森の奥深くにわけ入る。道はまるで迷路のように、うねりながら続いている。
「何でこんなにうねうねしてるの」
ロレッタは、疲れもあるのであろうが、うねる道にも辟易しているようで、愚痴をこぼす。
「まるで、侵入者を拒んでるみたい」
「みたいじゃなくて──拒んでるんだろうね」
ロレッタの感想に、私は素直なところを返す。この呪いの主は、誰にも──特に男に会いたくなくて、呪いをかけたのであろう、と思う。
「そんなところに乗り込んで、大丈夫かなあ」
ロレッタは、自身は半神であり、たいていのことでは死なぬ、と異神たる父親から保証されたこともあるというのに、それでもなお脅えながらつぶやく。
「大丈夫──私がついてるから」
私からすれば、ロレッタさえいれば何とでもなろうという心持ちなのであるが──彼女が安心できるのであれば、と自らの胸を叩いてみせる。
そうして、ロレッタが三度目の弱音を吐き始めた頃──ようやく、ぱっと視界が開けて──目の前に、茨に覆われた古城が現れる。
「この城に、呪いの主がいるのかな?」
「たぶんね」
いくらか脅えながら問いかけるロレッタに、短く返す。
茨は、やはり侵入者を拒むようにからみあっており、ちょっと見たところでは、城に入れそうなところはない。門も、窓も──どこもかしこも、巨木のように太い茨がからみついており、身体をねじ込む隙間すらないのである。
「こんなの、入ろうとしたら傷だらけになっちゃうじゃん」
ロレッタは、おそるおそる茨の棘に指を伸ばしながら、渋面でつぶやく。
「──その腰の剣は飾りかい?」
私は、いくらかあきれながら、そう指摘する。その剣であれば、どんな障害であろうとも、斬って捨てることができるであろうに。
「あ、確かに」
言って、ロレッタは火神の神具たる赤剣を抜いて、門にからみつく巨大な茨を、一刀のもとに斬り落とす──どころか、その後ろの門までを斬り裂いて。
「おじゃましまあす」
私たちは、その隙間から、城の中に足を踏み入れる。
城の玄関広間は吹き抜けになっており、私たちの足音がこだまするように響く。茨に覆われていた外側にくらべると、内側はそれほど荒れてはおらず──もしかすると、誰か暮らしているやもしれぬ、と思わせる程度の生活感はある。
「誰かいませんか?」
私の声は、しかし静寂にとけるように消えていく。
「誰もいないのかな?」
ロレッタは、周囲の静寂に脅えるように、そう口にする。
「少なくとも、呪いの主はいるはずでしょ」
言って、玄関広間の奥に足を踏み出そうとした──そのときである。
「貴様ら、妾の城に何の用じゃ」
不意に、女の声が響いて──私たちは、声の出どころを見あげる。玄関広間の吹き抜けの上、二階の回廊から、女が──それも絶世の美女が、こちらを見下ろしている。
「──女か」
美女は、私たちの風体を見て、溜息とともにつぶやく。
「──女かあ」
そして、さらには、聞えよがしに、残念そうに繰り返して。
「女でわるいの?」
私が言い返すと、美女はやはり溜息をつきながら、階段を下りてくる。
「いや、わかってはいるのだ。男がくるはずはないということは」
男がくるはずはないと確信している──ということは、呪いのことを知っているということになろう。
「じゃあ、あなたが呪いの主?」
そう問いかける私に、美女は重々しく頷いて返す。
「そう、妾こそが──眠れる森の──魔女さね」