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GO! WEST!  作者: マリオン
眠れる森の魔女
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2

「何ですぐに気づかないかなあ」

「面目次第もございません」

 責めるような私の口調に、フィーリはめずらしく落ち込んだ様子で返す。


 黒鉄と絶影──眠りこけて動かない二人をそのままにもしておけず──ロレッタの魔法で羽のごとく軽くして、引きずりながら歩いているのである。


「二人だけが眠りこけているところを見るに、男だけが眠ってしまうというような類の呪いであろうと思います」

 フィーリの言に、私は振り返って、引きずられるがままの二人を見る。二人ともに、引きずられる中で木々に身体をぶつけているのであるが、それでも目を覚ます気配はない。一方で、私とロレッタは一切の眠気を感じていないのであるからして、フィーリの推測は正しいのであろう、と思う。


「術者はかなりの力量です。呪いは、わずかな魔力で最大限の効果を発揮するように構成されています」

 気づくのが遅れるわけです、とフィーリは言い訳を重ねる。


「呪いは、森の中心に近づくにつれて、強くなっております」

 フィーリはそう断言して──私は、はてと首を傾げる。

「ってことは、森の中心から離れれば──呪いは弱くなるの?」

「はい──おそらくは、森から出れば、二人とも目覚めるものと思います」


 なるほど──となると、無理に森を通らずとも、遠まわりをして森の外周を行けば、呪いの影響を受けることはないわけである。さらに言えば、二人を引きずったままでも、森さえ抜けてしまえば、呪いは解けて、二人は目覚めるはず。


「森を抜けるまで、二人を引きずるの、あたしは嫌だからね」

「私だって嫌だよ」

 私と同じ結論に至ったのであろう、ロレッタが機先を制するように口にして──こればかりは、私も同意で返す。


 現実問題として、森を抜けるまで二人を引きずり続けることにくらべれば、呪いの主に話をつける方が、いくらかましに思える。


「森の中心に近づくにつれて、呪いが強くなるってことは、そこに呪いをかけた張本人がいるわけだよね?」

「──おそらくは」

 私の問いに、フィーリが短く答えて──私は振り返って、眠りこける黒鉄と絶影を見て、大きな溜息をついて──再び歩み始める。


 私たちは、森を貫く街道を途中でそれて、森の中心部に向かう。鬱蒼と茂る木々の枝をかきわけながら進んでいると、不意に足もとに硬いものを感じて──足先で土を払えば、そこに古い石畳が現れる。通るものはおらず、荒れ放題ではあるけれども──ともかくも目指す先に通ずる道はあるようで、いくらか安心する。


 私たちは、石畳を頼りに、森の奥深くにわけ入る。道はまるで迷路のように、うねりながら続いている。


「何でこんなにうねうねしてるの」

 ロレッタは、疲れもあるのであろうが、うねる道にも辟易しているようで、愚痴をこぼす。

「まるで、侵入者を拒んでるみたい」

「みたいじゃなくて──()()()()()()()()()

 ロレッタの感想に、私は素直なところを返す。この呪いの主は、誰にも──特に男に会いたくなくて、呪いをかけたのであろう、と思う。


「そんなところに乗り込んで、大丈夫かなあ」

 ロレッタは、自身は半神であり、たいていのことでは死なぬ、と異神たる父親から保証されたこともあるというのに、それでもなお脅えながらつぶやく。


「大丈夫──私がついてるから」

 私からすれば、ロレッタさえいれば何とでもなろうという心持ちなのであるが──彼女が安心できるのであれば、と自らの胸を叩いてみせる。



 そうして、ロレッタが三度目の弱音を吐き始めた頃──ようやく、ぱっと視界が開けて──目の前に、茨に覆われた古城が現れる。


「この城に、呪いの主がいるのかな?」

「たぶんね」

 いくらか脅えながら問いかけるロレッタに、短く返す。


 茨は、やはり侵入者を拒むようにからみあっており、ちょっと見たところでは、城に入れそうなところはない。門も、窓も──どこもかしこも、巨木のように太い茨がからみついており、身体をねじ込む隙間すらないのである。


「こんなの、入ろうとしたら傷だらけになっちゃうじゃん」

 ロレッタは、おそるおそる茨の棘に指を伸ばしながら、渋面でつぶやく。

「──その腰の剣は飾りかい?」

 私は、いくらかあきれながら、そう指摘する。その剣であれば、どんな障害であろうとも、斬って捨てることができるであろうに。

「あ、確かに」

 言って、ロレッタは火神の神具たる赤剣を抜いて、門にからみつく巨大な茨を、一刀のもとに斬り落とす──どころか、その後ろの門までを斬り裂いて。

「おじゃましまあす」

 私たちは、その隙間から、城の中に足を踏み入れる。


 城の玄関広間は吹き抜けになっており、私たちの足音がこだまするように響く。茨に覆われていた外側にくらべると、内側はそれほど荒れてはおらず──もしかすると、誰か暮らしているやもしれぬ、と思わせる程度の生活感はある。


「誰かいませんか?」

 私の声は、しかし静寂にとけるように消えていく。

「誰もいないのかな?」

 ロレッタは、周囲の静寂に脅えるように、そう口にする。

「少なくとも、呪いの主はいるはずでしょ」

 言って、玄関広間の奥に足を踏み出そうとした──そのときである。


「貴様ら、妾の城に何の用じゃ」

 不意に、女の声が響いて──私たちは、声の出どころを見あげる。玄関広間の吹き抜けの上、二階の回廊から、女が──それも()()()()()が、こちらを見下ろしている。


「──()()

 美女は、私たちの風体を見て、溜息とともにつぶやく。

「──()()()

 そして、さらには、聞えよがしに、残念そうに繰り返して。


「女でわるいの?」

 私が言い返すと、美女はやはり溜息をつきながら、階段を下りてくる。

「いや、わかってはいるのだ。男がくるはずはないということは」

 男がくるはずはないと確信している──ということは、呪いのことを知っているということになろう。

「じゃあ、あなたが呪いの主?」

 そう問いかける私に、美女は重々しく頷いて返す。


「そう、妾こそが──眠れる森の──魔女さね」

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