佐賀のやばい嬢ちゃんepisode.7 放課後の戯言
「カグヤはさあ、女の子って好き?」
唐突に、神ノ島千佳が新地輝夜へ尋ねた。輝夜はカフェオレの紙パックをちょうど自販機から取り出したところだった。
「好きって……強い意味の?」
「そうそう。ニュースでもたまに聞くじゃん。北太平洋の向こうで暴動になってるやつ」
「ああ……」
ストローを刺し、茶色の飲み物を一口流し込んでから、輝夜が答えた。輝夜にとって、あまり興味をそそられる話題ではなかった。
「そういう人を否定するわけじゃないけど、あたしは違うかな。年下の男の子が一番好き♪」
「ほぉ。天下の賞金稼ぎさんはショタがお好みですか」
千佳は輝夜をからかうようにニヤついた。輝夜は何となく気恥ずかしくなり、視線を逸らした。
「なにさ」
「いやいや、人間の欲望って多種多様だよね、っていう話。女が男を好きになるだけじゃなくて、女同士で惹かれ合うこともあるし、体が女でも感覚が男って人もいる。家族に劣情を抱いてしまう人もいれば、身分違いの恋に身を焦がした人もいる。ところで私は」
普段から犯罪者相手の商売をしている輝夜は、不穏な気配を感じて後ずさった。次の瞬間、千佳の上着から取り出された投げナイフが輝夜の頬を掠め、飛び立とうとしていたカラスの頭を貫いた。カラスは弱々しく痙攣したのちに動かなくなった。
「あぁ……♡」
絶句する輝夜など眼中にないかのように、千佳は頬を紅潮させ、甘い吐息を漏らし、体をゾクゾクと震わせた。
「生き物としての最低限の尊厳が、強引に踏みにじられるさまを見るのが好き。ほんと、人間の性欲ってすごいよね」
「……え、いや、あんたのは違くない?」
輝夜は、自分が動揺していることを悟られまいとして会話を続行した。唇と喉は完全に乾いていた。
「どうして? 生きている人だけが『好き』の対象じゃなきゃいけないの? 色々な人がいることは否定しないって、カグヤも言ったじゃん」
「あんた以外の例に出てきた人たちは誰にも迷惑かけてないでしょ」
何か言い返さないと。そう思って輝夜が放った言葉で、千佳は興奮した呼吸を落ち着けた。
「おお。確かに。迷惑だからいけないのか。そーかそーか」
長年の疑問がようやく解けたような、晴々とした表情を浮かべた。
「千佳」
「なに?」
「あんたが好きなのって、死んでいく『人』?」
千佳は答えを迷ったようで、こう聞き返した。
「もしそうなら、どうする?」
「あたしの収入源になっちゃうかもよ」
「……なんのことだろ」
これは黒だな。輝夜は確信した。