初めての感情
「あ、すまない」
未だに百合に腕を回していたヴィルジールは、百合から腕を離そうとした。
「あ!」
「何だ?」
「腕、怪我してるじゃないですか?」
「ああ……これか」
噛まれて破れた服の袖の隙間から血が滴り落ちている。
「この位大したことはない。気にするな」
「ちょっと待ってください!」
百合はヴィルジールの言うことを聞かずに執事やメイドを探しに行った。メイドに救急セットをもらい手当をしに戻った。
「じっとしててくださいね」
百合は消毒をして行く。
「うっ」
ヴィルジールは顔をしかめる。
「痛いですか?」
「まぁ、少し」
傷は小さいものの、鋭い牙により血が出てしまい痛々しい。
「すぐに終わりますから」
「ああ」
ヴィルジールは真剣に手当をしてくれる百合をそっと見つめた。
「百合」
「はい?」
「ありがとう」
「いいえ。ヴィルジールさんこそ、私のこと庇ってくれたじゃないですか。ありがとうございます」
百合はヴィルジールに笑顔を向ける。
「あれは、体が勝手に動いていた」
「え?」
「助けなければと無意識だった。こんなことは初めてだ」
「ヴィルさん……」
ヴィルジールと百合は何も言わず、視線を通い合わせる。
「傷の手当て、終わりました」
我に返ったように百合は顔を反らし、ヴィルジールに告げた。
「あ、ああ。ありがとう」
「いいえ。私、帰りますね」
「ああ……黒猫」
「はい」
「……いや。やはり今日は私が送ろう」
「え?」
百合と黒猫は同時に驚いてしまう。
「何だ?」
「いいえ。何も」と黒猫は言う。
何故こんな状況になっているのだろう?と百合は考えていた。先輩のことで怒って館に行ったはずが、血を吸うヴァンパイアに遭遇し、庇われてこうなっている。百合は歩きながらヴィルジールを見上げた。
「今日はすまなかった」
「ヴィルさん……良いですよ」
「え?」
「先輩のことなら“もうしない”って約束してくれましたし、あのヴァンパイアのことなら庇ってくれましたし。だから、大丈夫です」
「百合……」
――それに触れられたの嫌じゃなかった。私は部長が好きなのに……。
走って3分の距離はあっという間で、すぐに家へたどり着いた。
「送ってくれてありがとうございました」
「いや。百合……館へまた来てくれるだろうか」
「え?」
ヴィルジールのその瞳は何とも言えない寂しさを映し出しているようで……百合は戸惑ってしまう。
「はい、良いですよ」
そして、関わりたくないと思っていたはずなのに、また会いたいとどこかで感じていた。