本物
「何ですか?」
「分からないんだ」
見ているこちらが胸を締め付けられてしまうほどの切ない瞳で、百合を見つめる。
「愛しいとは何だ? 私にはまだ分からない。けれど、君のことをもっと知りたい。私のことを大切にしてほしい……そんなことを望んでしまうのは何故だ?」
「私だって、偉そうなことなんて言えません。でも、言えるのは大切な相手がいることはとても幸せだということです」
「皆、私よりも先に死んでしまうではないか。大切に思っても人間は……」
「ヴィルさん……」
その時なんの前触れもなく来客が訪れる。
窓ガラスをコツコツ叩く音が聞こえた。
「ヴィルジール・ジョアン、ここにいたのか」
窓枠に立ち、黒ずくめの服を来た男性がヴィルジールを睨みつける。
「ベルナール・マルブランク!」
ヴィルジールはとっさに百合を後ろに庇かばった。
「……人間の娘か」
ベルナール・マルブランクは百合をちらりと見る。
「ヴィルジールさん?」
「私の後ろに隠れていてくれ」
「え?」
「彼は血を吸うヴァンパイアの末裔だ」
「え……?」
一瞬血の気が引き背筋が凍りついた。
「ヴィルジールの花嫁か?」
「そうだ!」
「安心しろ。お前の花嫁に手出しはしない……しかし、珍しいな。今まで花嫁など見向きもしなかったものを。どういう風の吹き回しだ?」
大きな背中に守られながら百合はこっそり様子を伺う。かすかにヴィルジールの拳に力が加わった。
「お前には関係ない!」
「そう言われると興味がわいてくる」
ベルナール・マルブランクは蛇のような獲物を見る目付きで百合をとらえる。視線がぶつかってしまい、百合は思わずヴィルジールの背中の服をギュッと掴み、少しでも見えないように隠れた。
「百合?」
「隠れなくても何もしない」
「信用出来ない。お前達一族は少ないとは言え血を吸うだろう?!」
「お前だって同じヴァンパイアではないか。今でこそ血は吸わないが」
「それは……」
「面白い……」
次の瞬間ベルナール・マルブランクは高速で動き、百合の所へ移動した。
「もともといけ好かない奴だと思ってはいたが……望み通り花嫁の血を頂いてやる」
ベルナール・マルブランクは牙を見せ口を開けた姿は、正しく蛇を思わせた。
「止めろ!」
「嫌!」
百合は思わずギュッと目を閉じる。
咄嗟にヴィルジールは百合の首を隠すように腕を回し、噛み付けないようにした。勢いよく腕を回したせいで、牙が当たりヴィルジールの腕に少し傷が出来てしまった。
「邪魔をするな!」
「駄目だ! 止めてくれ! 百合は……私の花嫁だ。血を吸うなら私の血を……」
百合から顔は見えないものの、ヴィルジールの声と腕が震えているのが分かる。その腕や声から必死さを感じた。
――ヴィルさん? 助けてくれた。
「……馬鹿馬鹿しい」
半ば呆れたような口調でベルナール・マルブランクは言い放つ。
「何?」
「人間の娘に入れ込み庇うなど……お前は本当にヴァンパイアか?」
「ああ……もちろん」
「理解出来ない。安心しろ。今度こそもう、その娘には手は出さない。私にも花嫁はどこかにいるからな」
そう言い残すと方向転換し、窓からベルナール・マルブランクは去って行った。