意外なこと
黒猫は百合を見上げ答えた。
「どういうこと?」
「あなた様が花嫁として受け入れて下されば帰れます」
黒猫はペコリと頭を下げた。
帰れないのなら仕方ない、はっきり断ろうと黒猫に付いていき、百合は館へ来た。同じような所をぐるぐる周っていたせいで、すっかり日も暮れてしまった。北風が身に染みる。
「さ。中へどうぞ」
黒猫にうながされ百合は中へ入る。途端に温かい空気が体を包む。すると、昨日はいなかった小柄な若いメイドがいて、通された部屋でヴィルジール・ジョアンが食事をしていた。ふわりとコンソメスープのような香りが鼻をかすめる。
――わっ。良い匂い。
白いテーブルクロスの上に美味しそうな料理が並んでいる。
「どうぞ。お座りください」
執事が現れ椅子をひいてくれる。百合は仕方なく座ることにした。
「はい」
「冷めないうちにどうぞ」
百合はヴィルジールを盗み見ると黙々と食事を口に運んでいる。百合が視線を外し食べ始めると、ヴィルジールの声が聞こえた。
「来てくれてありがとう」
「……帰れないからです」
百合は視線を落としながら答える。
「名前を聞いても?」
「進藤 百合です」
「百合か……」
「はい」
「私はヴィルジール・ジョアンだ」
「はい」
「歳は?」
「16です」
「ヴィルジールさん」
「ヴィルで良い」
じっと真顔で百合を見つめる。
「話は後にしよう。まずは食事だ」
百合は空腹を感じ、鼻をくすぐるスープやハンバーグの香りに耐えきれず、料理を口へ運んだ。ハンバーグは柔らかく肉汁が溢れ、デミグラスソースがほどよくからまっている。
「美味しい……」
「お口に合ったようで何よりです」
近くに控えている執事が反応する。
食事を終えるとヴィルジールは話し始めた。
「昨日は驚かせてすまなかった……ヴァンパイアは怖いか?」
思いのほか優しい口調に柔らかい眼差しを、百合に向ける。
「はい。血を吸いますよね?」
「いや。現代のヴァンパイアは血を吸わないんだ」
「え……?」
「古代のヴァンパイアはもちろん吸っていた。それはそれは恐れられていた。退魔師もいたしな……。ところが、ヴァンパイアの中に血を飲むと短命になる者が増え始めた。そしてジョアン家にもそういう者が増え、今や血を吸うヴァンパイアはほぼ絶滅したと言えよう」
「それじゃあ、あなた達は人間みたいな者なんですか?」
「いや。正確には体はヴァンパイアとして産まれているから、ヴァンパイアだな。ヴァンパイアに合う特別なサプリメントを飲むことで、健康を保てるんだ」