黒猫
少女は思い切ってカーテンを開けると、暗闇に黒猫がいた。“中へ入れて”というような仕草をしている。
――可愛い!
可愛さに負け思わず中へ入れると、黒猫は言葉を話した。
「どうか、お願いします」
「え?!」
「お館様の花嫁になってください!」
「ちょっと待って……! 何で、猫が喋るの〜!」
「私は、お館様にお仕えする使い魔です」
「そう……。って、そうじゃなくて!」
「駄目でしょうか?」
うるうるとした瞳で見つめて来る黒猫に、少女はいたたまれなくなる。
「ごめんなさい! 好きな人がいるから」
「そうですか……」
明らかにしょんぼりしている。けれど、黒猫は動こうとしない。
「ねぇ?」
「はい!」
「……帰らないの?」
「……帰れません。あなた様が花嫁になると仰ってくださるまでは!」
少女は密かにため息をつきながら黒猫の為にミルクを用意した。
「はい。良かったら飲んで?」
「え?」
黒猫は予想外だったのか、大きな丸い瞳を見開いている。
「お腹空いているかと思って。それから、そこにクッション置いたから眠るならそこで寝てね」
「花嫁様……」
「違うから! 今晩だけだからね!」
翌日の放課後。
書道部へ行くと憧れの先輩がいた。先輩は部長でとても凛々しい字を書いている。席へ着き、しばらく自分の筆に意識を集中させる。
「進藤さん」
不意に部長に名前を呼ばれた。
「はい!」
「進藤さんはとても伸び伸びとした字を書くね」
「あ、ありがとうございます!」
部長はいつの間にか進藤 百合の机まで来ていた。
少女は進藤百合。16歳の高校生。背中まである長い黒髪を2つに縛っている。美人ではないが可愛らしい雰囲気を持っている。
部長は百合の憧れで実力もあり後輩達に人気がある。そんな部長に突然声をかけられ驚いた百合の頬は赤く染まった。部長は百合の様子を見て優しく微笑んだ。
百合は部活を終え外へ出ると空を見上げた。今日は月がない。校門を出るとどこからか黒猫が姿を現した。百合は関わりたくないため、早足で通り過ぎ家へと向かうがまたもや家へ帰れない。同じ所をぐるぐる周っているような感じがする。
「ちょっと!」
百合は我慢が出来ず後ろを付いてくる黒猫に声をかけた。
「はい、何でしょう?」
「これってあなたの仕業?」
「何のことでしょう?」
黒猫はとぼけでいるのかこちらに質問を返して来る。
「家へ帰れないんだけど!」
「それはもちろんですよ。あなた様は花嫁として選ばれたのですから」