AI、もう一度宇宙へ
艦橋に戻りながら、自分の艦体をチェックします。
休眠中も自動補修機構は機能しており、一万年の間に基幹系は修復を完了しています。
反応炉、反重力ドライブ、超空間ドライブ、亜光速ドライブ、生命維持システム、すべて稼働率98%を超えています。
それに対し、武装系の稼働率は65%に過ぎません。生きているターボレーザーは70門中12門のみ。使用できるプロトンミサイルは百四十七発中三十六発だけです。
クルーの生活区画と装甲はさらに悲惨で、生活区画はその大半が炎に焼き尽くされたときのまま。まともな形を保っている船室は十以下です。装甲はあちこち剥落し、ひびが入っています。腹部に空いた大穴は塞がれてはいるもののパテで強引に塗り固めたかのようです。
自動修復機構は、極小自律機械の群であり、彼らは原材料を使って壊れた箇所を直します。そして補修用素材倉庫は空になっています。限られた材料で各部位を直すために、優先順位をつけざるを得なかったのでしょう。
アルアミリヌ体が艦橋に入ると、改めて、ほかの居住空間に比べ抜群に綺麗なことに驚かされます。ジョーの一族が手を入れていたおかげです。しかし、ミニたちがここの修復を優先してくれれば、もっと早くに目覚められたはずです。
わたしは「することリスト」に、修復優先順位の変更について記入しました。
「おかえり」ジョーが通信コンソールの椅子から手を振ります。コンソールは呪術的な飾り付けで覆われており、役を成せる状態ではありません。
わたしはいいました。
「あなたはそこに座ってはいけません」
「え? ダメなのか?」
「あなたが座るべきはあそこです」
わたしは一段高いところにある艦長席を指しました。
ジョーが首を横にふります。
「ダメダメ!あそこはアルアミリヌ様が座る場所だろ?」
一瞬、そうしようかとも思いました。
自分で自分の艦長席に座る。
おもしろい経験になりそうです。
しかし、艦船としての本能は、やはり人間に座って欲しいと訴えています。
「いえ、あそこは艦長席。クルーが座るべき場所です」
わたしはそういうと、壁際のアルアミリヌ用の待機席に腰を下ろしました。
ジョーがおそるおそるといった感じで、艦長席に座ります。
わたしはいいました。
「それではお願いします」
「お願いって、なにを?」
「号令です。艦を発進させるとき、艦長は〝発進〟と声出しするものなのです」
「わ、わかったよ。じゃあ、発進」
彼女の声に合わせて、わたしは反応炉に火を入れました。生み出された莫大なエネルギーが艦内の隅々まで駆け巡ります。
私の心は既に目覚めていましたが、いま、身体が本格的に目覚めたのです。
コンソールのいくつかが火花を散らしたあと、状況視認用のホログラフが各コンソールから一斉に空中投影されました。
ジョーが「うわっ」と叫びました。
大量のグラフや艦体の投影図が描き出されます。その大半は真っ赤に点滅しています。修復の必要性を示しているのです。
アルアミリヌ体の目にうるさいので、ホログラフの大半を落としました。かわりにひび割れだらけの戦況スクリーンに、艦体の周辺映像を表示させます。
しかし、艦隊が埋まっているので、瓦礫しか見えません。
反応炉の出力をあげ、反重力装置を起動します。
艦体が、幾星霜の間に折り重なった膨大な瓦礫を落としながら上昇します。外部装甲上のカメラとマイクが、雲のようにまきあがる莫大な塵芥と轟音を捉えます。
ジョーの一族が、恒常的に他者の侵入を防いでいたせいか、付近に大型の生命反応はほとんどありません。唯一のそれは、さきほど解放した鬼人です。わたしから三キロの位置を必死で走っています。この分なら、落下するコンクリートの破片に巻き込まれることはないでしょう。
カメラを動かすと、わたしの埋まっていた瓦礫地帯の向こう、かつてのマンハッタンの通りで大勢の亜人種たちがてんやわんやしています。子どもたちはわたしを指差し、親は武器を手に取り、露天商たちは敷物に広げた商品を大慌てで片付けます。
わたしの艦内の戦況スクリーンには、汚染され、赤茶けた太平洋と、その向こうに太陽が大写しになっています。
さほど美しい景色とは思えませんが、ジョーは艦長席で「うわー!」と声をあげて興奮しています。
反重力装置の出力をあげ、艦体をさらに上昇させます。
わたしの身体は雲を抜け、地平線は丸みを増し、やがて空の色が深く、濃い青色へと変わっていきます。
現在の高度は一万二千メートル。
艦体の主要系統は問題なく機能しています。
二万メートルを超えたところで艦内重力発生装置を起動します。
戦況スクリーンに映る空の色はどんどん濃さを増し、やがて黒い宇宙へと変わりました。
わたしは艦底の十六番カメラの映像をスクリーンに送ります。
宇宙を背景に赤っぽい惑星が浮かんでいます。テラフォーミング前の火星のような色合いですが、これがいまの地球なのでしょう。
ジョーは「オレ、とうとう宇宙に」と呟きます。
わたしは周辺状況を確認します。
偉大なる首都惑星を守っていた絶対無敵の防衛網は影も形もありません。
三重の惑星シールド、要塞化された月、軍事基地として改造された七つの小惑星、何千隻もの近距離警備艦隊、いっさい見当たりません。
何隻かの貧相な恒星間輸送船が、わたしから逃げていきます。唐突に巨大戦艦が現れたのですから、まともな艦長なら距離を取るのは当然です。
ジョーがいいます。
「それで、オレたちはどこに行くんだい?」
「わたしがフィードから切り離されている間に、人類の社会的地位が低下したなら、人が眉を顰めるような星から探すのが効率的でしょう。性産業惑星ウグイスへ向かいます」
ここで一章の区切りになります。
近日中に二章に入りますので、数日お待ちいただければ幸いです。