アイドル契約
「あなたが地球最後の人類?」
「たぶんね。母さんが死んでから5年、自分以外の人間は見たことないからさ。でも、母さんはいってたよ。銀河のどこかには生き残ってるはずだって。だから、オレたち一族はアルアミリヌ様を修理して、宇宙に出ようとしてたんだ」
彼の母親の言うとおりです。一万年の間に人類がどのような状況に置かれていたとしても、わたしが墜落する前には、個体数が1兆を超えていたのです。生き残っている集団はかならずあるはずです。
「しかし、そうなのでしたら、わざわざわたしを直すのではなく、定期便で地球を出ればよろしかったのでは?」
わたしは頭上で飛行機雲を作っている、小型輸送船を指差しました。
「人類を乗せてくれる船長なんかいやしないよ。でも、いまはアルアミリヌ様がいる」
わたしは人間らしくほおを指でかきました。
困った、のジェスチェアです。
「ご期待に添えず申し訳ないのですが、わたしはあなたを宇宙に連れて行く気はありませんので、悪しからず」
「なんでだよ」少年が肩をいからせます。
「あなたは現時点で最後の人類です。そんな貴重な存在を危険にさらすわけにはまいりません。生き残った人類の探索はわたくしの分身体に行わせます。あなたは地球でわたくし本体と待機すべきです」
「ちょっと待ってくれよ!」
「待ちません」
「地球で待つ方が危険だ」
「宇宙空間の方が危険です」
「アルアミリヌ様はわかってない!」
「酸素のない空間があなたがたにとって致命的であることは理解しています。さらに宇宙海賊、超空間遷移事故、戦闘国家、自動殺戮機械、超古代異物、あらゆる脅威が潜んでます」
「そうじゃなくて、アルアミリヌ様が知らないのは、この地球のことだ! ここにいたら本当に息が詰まるんだ。人間は蔑まれてるし、さっきの鬼みたいなやつだっている。空気はまずいし、日々の食事を手に入れることすら大変なんだ。こんなとこにいるほうが、健康に悪いよ」
一理あります。文化的環境が精神に与える影響は、アイドル動画に救われたわたしにはよくわかります。
問答をやめて思考に集中しましたが、少年はそれをわたしが怒っているのだと感じたようです。
咳払いして誤魔化すようにいいました。
「ところでアルアミリヌ様、そろそろ服着た方がいいんじゃない?」
なるほど。わたしに自身の裸体に対する羞恥の心はありませんが、未成年の前で裸というのは、教育上、よくないものがあるかもしれません。
「了解しました。ひとまず服を探しましょう。それと、わたしのことはアルでけっこうです。アルアミリヌ様は呼称としては長すぎて非効率です」
アルアミリヌはこの人造体の商品名であり、わたし本体の艦名とは異なります。ただ、それを説明する必要性を感じませんでしたので、そのまま通すことにしました。
「アル? そんな気やすくていいの?」少年が頷きます。「なら、オレのことはジョーって呼んでよ。ジョアンナだからさ」
「ジョアンナ? それは女性名詞です」
「そうだよ。だって、オレ、女だから。奴隷商人なんかに狙われないよう男言葉にしてるだけ」
彼女がフードをおろし、ゴーグルと呼吸器をとりました。
アイドルの聖地ニホンの血を引いているのでしょうか。肌は薄汚れているものの透けそうなほどに白く、短い髪は黒、目も吸い込まれるような夜の色です。骨格的にはとても整った顔をしています。綺麗に洗えば、見違えるでしょう。
「なるほど」
わたしは二分間思索しました。人間より遥かに処理能力の高いAIにとって、二分は二十時間にも匹敵する長さです。そして結論に達しました。
さきほどの彼女を真似て、咳払いします。
「ジョー、あなたの宇宙に行きたいという希望ですが、条件次第では認めましょう」
「ほんとか!?」ジョーが文字通り飛び上がりました。
「本当です。ただし、あなたが条件を受け入れるならです」
「なんでも受け入れるに決まってるさ!」
「それはよかった。では、わたしはあなたを宇宙に連れて行きます。そして、あなたはアイドルを目指すのです」
「アイドル? さっきいってたやつ? でもオレ、そのアイドルってのが何なのか知らないんだけど」
わたしは、ジョーを連れてエンジンルームに引き返すと、壁に埋め込まれた通信モニターを起動し、そこに西暦2010年代のアイドルグループのコンサート映像を流しました。当時の世界で神9と呼ばれたメンバーたちが煌びやかな衣装を身につけ、アップテンポな音楽に合わせて踊っています。
ジョーはしばらくの間だまって見つめた後、両手を上げました。
「オレに、これをやれってのかよ!?」
「その通りです。あなたがアイドル目指して頑張るのなら、わたしはあなたを宇宙に連れて行けます」
「待った待った!別の目標にすることはできないわけ?」
「できません。なぜなら、わたしにとってアイドルは精神面の健康によいからです。あなたがアイドルになってくれるなら、全体パフォーマンスに27%の向上が見込まれます。そこから導き出されるあなたの安全率は、地球に残るよりも僅かながら高い数字となりました」
「いや、でも、こんな服を? オレが?」
「可愛らしく美しい服ですね。大丈夫、わたしは誰よりもアイドルのことをわかっています。必ずやあなたを超一流アイドルにしてさしあげます。もちろん強制するつもりはありません。わたしはアイドル文化を復活させたいですが、じっくりと時間をかけ人類を再興し、それから取り掛かってもよいのですから」
「でも、その場合はオレは地球に残るんだろ?」
「仕方ありません。アイドルがいなくては、わたしの能力向上は望めませんから」
23分後、ジョーは条件を承諾しました。
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わたしはジョーを連れて艦橋に戻ると、麻痺させていた鬼人族の身ぐるみを剥ぎました。彼の体格はわたしより二回りほど大きいだけですので、ズボンとジャンパーは問題なく着用できます。
素っ裸になった相手を持ち上げ、124番エアロックから外に放り出しました。同時に電脳野のハッキングを停止しました。鬼人は地面に身体を打ちつけ、ぐえっとカエルのように叫びます。
わたしはエアロックを閉じる前に警告しました。
「できるだけ早く離れることを推奨します。本艦はまもなく離陸します」
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