最終話『お母さん』
母の希望通り、みんなで明咲花の部屋に移動した。
まだ泣いている明咲花をベッドに座らせ、母が寄り添うように隣に座った。佳宏と父は立ったまま、母が喋り出すのを待った。
母はベランダに面した窓を見ていた。窓は閉め切られておらず、隙間から入ってくる風がカーテンを靡かせている。
「私ね。明咲花にはいつも『お出掛けするときと、寝るときは窓の鍵を必ず閉めてね』ってお願いしてるの。でもこの子、ぜんぜん言うこと聞かないのよ。昨日の夜も、この子は窓の鍵を閉めないでぐっすり寝てた」
明咲花の頭を抱き寄せて、髪を優しく撫でてやる。
「前から決めてたの。明咲花がまた窓を閉めずに寝たり、お出掛けするようなことがあったら、そのときはお仕置きしようって。ほら、ヘソゴマ男って有名でしょ?だから『窓を閉めずに寝てたらヘソゴマ男が侵入してきた』っていうことにして、この子を怖がらせようと思ったの。怖い思いをすれば明咲花も次からは窓を閉めるようになるんじゃないかなって。だから夜中、私は水色の保冷ケースをこの部屋に置いたの。ヘソゴマ男といえば水色の保冷ケースだからね。ゴマケースだっけ。あの箱、百円ショップで普通に売ってるのよ。見つけたとき、なんか笑っちゃった」
ふふ、と母は静かに笑った。
「夜中この部屋に来たときね、窓がほとんど全開だったのよ。さすがにそのままにするわけにもいかなくて少し窓を閉めたの。なるべく静かに閉めたつもりだったけど、そのときの『カラカラ』って音で佳宏は起きちゃったのね。しばらくしたら佳宏の部屋からドアが開く音がして、あのときはすごくドキドキしちゃった。なにか不審に感じた佳宏が明咲花の様子を調べに来たのかなって」
母は言わなかったが、彼女はこのとき、娘のパジャマのボタンをふたつ外している。ヘソを出すために。
『ヘソゴマ男が部屋に侵入した』という設定なので、ヘソゴマ男がしそうなことをしたのだった。
しかしこれは明咲花を怖がらせる演出として全く機能しなかった。
「・・・明咲花を怖がらせるためにいろいろ仕込んだんだけど、この子は何故か箱を抱えてアイスアイスと騒ぎ出すし、誰も水色の保冷ケースを見てヘソゴマ男のことを思い出してくれないし。ああ、計画ってこんなに思い通り行かないものなのかと、絶望的な気持ちになったわ。でも、お父さんが『侵入者がいる』って方向に話をうまく運んでくれたし、佳宏も良いタイミングで夜中の物音の話をしてくれたから、ま、結果オーライよね」
母は満足そうに微笑み、娘の頭を撫で続けている。明咲花は母の長い話を聴いているうちに寝てしまっていた。
父と佳宏は「へー」とか「そうなんだー」とか適当に返事をしてリビングに戻っていった。
因みに、母が百均で買ってきた水色の保冷ケースはこの日の夕方、(コレ椅子にしたらちょうど良いかも)と思った明咲花の尻によってペシャンコに潰され、結局『箱』として一度も利用されないまま享年1日でその寿命を終えた。
終。




