第四話『ヘソゴマ男』
ヘソゴマ男。90年代後半、関東広域に出没した連続暴行魔。
『ヘソのゴマを取ってあげる』などと言って近づいてきて、ヘソのゴマを強引にほじり取って逃走するという犯行を千件以上重ねた。
逮捕時、奪ったゴマは小型の保冷ケースにまとめて保管され、よく冷やされていたという。
佳宏はこの事件のことをネットで調べたことがある。有名な事件で、画像は幾らでも拾えた。
そのなかに度々、水色の保冷ケースを映した画像があったことを思い出した。ネットでは『ゴマケース』などと呼ばれていた。
父もその名前はテレビ番組かなにかで聴いたことがあった。被害者は全員、未成年の女の子だったと言っていた記憶がある。
中にはヘソをほじられすぎて腹膜炎になった少女もいたとか。
佳宏はテーブルの上に置かれた水色の箱を凝視し、父は明咲花の腹を見つめた。
「ヘソゴマ男って、もう出所してるのかしら」
母がぼそりと呟く。
「いや、まさかそんな」
父は否定したい。でもできない。
「ヘソゴマオトコってなに。ねえ。ねえー。なによォ」
明咲花は事件のことも、犯人の名前も知らなかったが、その気味の悪さは感じ取れたのか、脅え、泣き出した。
母が明咲花の背中を擦って宥める。
「父さん。とりあえず警察に通報したほうが、良いように思うんだけど」
佳宏はなるべく穏やかに言ったが、家にヘソゴマ男がいるかもしれないと考えると体は強ばり、膝が震えた。
「佳宏、キッチンから包丁ぜんぶここに持ってきてくれ。それをみんなに持たせて。いいか、明咲花のヘソは絶対にほじらせるな」
父がテーブルに置いてあるスマホを手に取る。
「あー、ちょっと待って」
警察に通報しようとする父を、母が制止した。
「通報する前に、聞いてほしい話があるの。できれば、明咲花の部屋で」
佳宏と父は耳を疑った。警察を呼ばずに明咲花の部屋に行くのが危険かどうか、それくらい母にも容易に想像できるはずだった。
「あのね。私が箱を置いたのよ」
母が娘を優しく抱きしめながら、突然の告白をした。
最終話『お母さん』に続く。