第三話『カラカラ』
リビングに明咲花の家族全員が揃い、朝食を食べていた。
この家では平日も休日も関係なく、食事はなるべくみんなでとることにしている。
明咲花の目の前には目玉焼きとトーストとココア、それから水色の保冷ケースが置かれていた。
「この箱、誰がわたしの部屋に置いたのー。アイスはどこですかー」
父と兄は何も答えない。明咲花が騒いでいるときは放っておくのがいちばんだと心得ている。
指で小さく千切ったトーストを口に放り込むと、母は先ほどから疑問に感じていたことを明咲花に訊ねた。
「あんたさ、なんでその箱をみてアイスアイス言うの?アイスとその箱、何の関係があるの?」
「えー、昔こういうアイス買ったことあるじゃんー」
「箱のアイスを?う~ん?」
「お母さんも喜んで食べてたよ」
「えええ?箱のアイスを、私が?」
なんだか噛み合っていない様子の母と娘の会話を聴きながら、父は『誰が箱を置いたのか』について考え、佳宏は『数時間前の記憶』を思い返していた。
父が誰に対してというわけでもなく、ゆっくりと喋りだした。
「あのさ。誰かがその箱を明咲花の部屋に置いたのは、まぁ、確かなんだよな」
誰も反論しない。明咲花がウンウンと頷いている。
「でも、家族のなかに心当たりのある者はいない、と」
誰も返事をしない。明咲花がクピクピとココアを飲む。
「となると、オレたち以外の誰かがその箱を置いたってことになるよな」
父の言いたいことをうまく飲み込めなかったらしい明咲花が父に訊ねる。
「わたしたち以外の誰かって誰?おじいちゃん?」
「はは。おじいちゃんは去年死んじまったからなぁ。いや、まぁおじいちゃんの可能性もゼロではないかもしれないけど。でもさ、それよりは『知らない人間がこの家に侵入してきて、そいつが明咲花の部屋に箱を置いていった』って可能性のほうが高くないかな」
「そういう怖いこと、お父さんも考えることあるんだ」
母が意外そうに答える。
「だってここにいる全員が箱を置いてないんだろう?じゃあ、ここにいない他の誰かで確定じゃないか」
「おまえを狙ってるストーカーかも」
佳宏が真顔で妹に言う。
「こわいこと言わないでよォ」
明咲花が隣にいる母の腕にしがみつく。
「確認したいんだけど、明咲花は本当にその水色の保冷ケースに心当たりがないんだね?」
明咲花が黙ったまま何度も頷く。
「母さんも知らない?」
「知らない」
「佳宏は?」
佳宏はすぐに返事をしなかった。三人の視線が佳宏に集まる。
「どうした、佳宏」
「・・・あのさ。俺きのうの夜、二時ころに一度目ぇ覚ましたのよ。そのときは気のせいだと思って気にしなくて、トイレ行ってまたすぐ寝たんだけど。今思うとさぁ、やっぱり起きたときなんか明咲花の部屋のほうから物音が聴こえた気がするんだ。『カラカラ』って。あれは明咲花の部屋の窓を誰かが開ける音だったんじゃないかなって」
「ヒャアー」
明咲花がワンテンポ遅れて叫び声をあげ、丸い頬っぺが潰れるほど強く母にしがみついた。
母は怖がる娘を抱きしめつつ、大事な質問を投げ掛ける。
「ねえ明咲花。あんた昨日の夜、ちゃんと窓の鍵を閉めてから寝た?」
よく窓を開けるくせに、すぐ鍵を閉め忘れる娘の悪い癖を知っている母が明咲花に確認する。
「窓?・・・えーと・・・うん、閉めたよぉ?」
兄は(閉め忘れたな)と確信した。妹のすっとぼけには飽き飽きしている。
「俺、ちょっと明咲花の部屋をみてくるよ」
佳宏がココアをひと口飲んでから立ちあがる。
「ああ、父さんも行くよ。まさかとは思うけど、もし誰かいたら大変だ」
兄は少し考える。父といっしょに行くべきか。
「・・・父さんはここで母さんと明咲花のそばについててよ。もしも夜中に誰か入ってきたのなら、今は1階に隠れてる可能性だってあるからね」
「ヒャアー」
朝食を食べ始める前、1階のトイレで呑気に用を足していたのを思い出した明咲花がまた叫んだ。
しがみついてくる娘の頭を優しく撫でながら、父と息子のほうに顔を向け、母が突拍子もないことを言い出した。
「ねえ。『ヘソゴマ男』って、聞いたことある?」
第四話『ヘソゴマ男』に続く。




