第二話『誰も知らない』
明咲花は水色の保冷ケースを抱え、アイスを求めてキッチンの冷蔵庫に向かっていた。
「おはよーお父さん」
リビングで、父親がソファに座って新聞を読んでいたので、明咲花はにこにこしながら保冷ケースを父に見せた。
「お父さんがこのアイス買ってきてくれたの?」
「アイス?いや、買ってないけど」
「ありゃ、お父さんじゃないのか。じゃあお母さんかなぁ」
キッチンに到着すると、フライパンで目玉焼きかなにかを焼いている母親に、抱えていた箱を突きだして見せた。
「おはよーお母さん。ねえ、お母さんがこのアイス買ってきてくれたの?」
「アイス?なんのこと?」
「お母さんでもないのかぁ」
明咲花はシンクの横にある冷蔵庫のドアを開けて中を確認した。
冷凍室には封の開いた冷凍餃子だの凍ったライスだのが詰め込まれているばかりで、アイスらしい物体は発見できなかった。
「あれぇ、アイスないや」
一応、冷蔵室や野菜室も調べてみたが、明咲花が喜びそうな要冷蔵の甘い食べ物は何ひとつ見当たらなかった。
萎びたレタスが淋しそうだった。
「お兄ちゃんかなぁ。お兄ちゃん昨日、わたしに何か買ってきた?」
「さあ、私は知らないけど」
「お兄ちゃんは?」
「まだ寝てるんじゃない?」
パジャマのボタンがふたつも外れ、ヘソがちらちら見えているにも関わらず全く気にしていない様子の娘をみて、母は黙ってボタンを掛け直してやった。
階段を昇って二階に戻り、明咲花の部屋のすぐ隣に位置する兄・佳宏の部屋へと向かった。明咲花はまだ大事そうに箱を抱えていた。
ドアを静かに開けて佳宏の部屋をこっそり覗くと、兄はベッドに寝転がってスマホを弄っていた。
「おはよーお兄ちゃん」
「わ、びっくりした・・・。ドアを開けるまえにまずノックしろっていつも言ってるだろ」
「トントン。おはよーお兄ちゃん。この箱なぁに?」
兄に保冷ケースを見せた。上半身を起こしながら、佳宏が水色の箱を不思議そうに見つめる。
「その箱が、なに?」
「お兄ちゃんが昨日の夜、わたしの部屋にこの箱を置いていったんでしょ?アイス買ってきてくれたんじゃないの?」
「アイス?なんの話だ。知らないぞそんな箱」
とぼけているわけでもなさそうな兄の反応をみて、明咲花は困惑した。
(お兄ちゃんでもないなら、じゃあ誰がわたしの部屋にこの箱を置いたの?)
第三話『カラカラ』に続く。




