第8話 宿り石
「宿り石……ですか?」
師匠がテーブルの上に置いた石をよく観察する。うーん、特に魔力は感じないなあ。どこからどう見てもただ石にしか見えない。
いったいどんな効果があるんだろう……と思っていると、セレナがその石の上に乗っかってしまう。乗っかると言っても石は小さいので、つま先立ちみたいな感じだけど。
「いったいどうしたの?」
「へ? だってこれ『止まり石』でしょ? だったら乗らなきゃ損じゃない」
「……?」
ダメだ。意味が分からない。
助けを求めるように師匠の方を見ると、仕方ないといった感じで笑い教えてくれる。
「『宿り石』は精霊の止まり木じゃ。古くから精霊はその白い石の上で休むと言われておる。儂らからしたらただの白い石じゃが、精霊からしたら休みやすいベンチのようなものなんじゃろう」
「へえ、そんな物があるんですね。ちなみにセレナは『止まり石』と呼んでましたけどこれは何でですか?」
「ふむ、それは面白いの。人が精霊を見れなくなってから長い時が経った、きっと言葉も変わってしまったのじゃろうな」
姿が見えないんじゃお話も出来ないからそうなっちゃうんだ。確かに面白いね。
……っと、そういえばこれを使って何をする気なんだろう。
「師匠、これって……」
「分かっとるわい、ちょいと待っておれ。シズク殿、何か食べられる物……そうじゃの、甘い物とか残っておるか?」
「え、あ、はい。昨日のクッキーのあまりでしたら」
「ほう、それはよい。申し訳ないが少し持ってきてもらってもよろしいか?」
師匠がそう頼むと、シズクは困惑しながらも「かしこまりました」と言い、キッチンの方に去っていく。
シズクは精霊のことを知らないから何をしてるかさっぱりだっただろうな。シズクだったら信頼できるから教えてもいいかもしれない。
そんな事を考えてるとシズクが戻ってくる。仕事が速いね。
「こちらでよろしいですか?」
「うむ、問題ない。カルスよ、このクッキーを持って魔力を込めてみろ。前に『マルクスの葉』にやったようにな」
「は、はい。分かりました」
師匠に言われるがまま、クッキーをひとつ手に取って魔力を込める。
何か起きるんじゃないかとドキドキしたけど……何も起きなかった。まあよく考えれば当然か、クッキーに魔力を通したくらいで何か起きるわけがない。
そう思ってたんだけど、一人だけ凄い反応をしてる人がいた。
「カ、カルス? それ、私が貰ってあげてもいいわよ?」
そう言ったのはセレナだ。
彼女はめちゃくちゃそわそわした様子で僕が手にしたクッキーを見ている。
試しにそれを右に動かすと視線を右に動かし、上に上げると視線が上にすいよせられる。はは、何だかちょっと面白い。
「ちょっと! いじわるしないでちょうだいよ!」
「はは、ごめんごめん」
そう言ってセレナにそのクッキーを渡そうとしたら、その腕を師匠にガシッとつかまれて止められる。
「これカルス、目的を誤るでないぞ」
「あっ、いけない。そうでした」
そうだ、これはセレナに協力してもらうための対価だった。うっかりタダで渡しちゃうところだったよ。
「魔力が満ちた食物は精霊にとってご馳走。ゆえに昔の人は自分の魔力を宿した食物を精霊の宿り石の前に置き、お供えしたと言われておる。そしてお供えは日に一度しか効果がないとも言われておる、気をつけてお願いするのじゃ」
「分かりました。気をつけます」
しっかりと頭の中で言葉を組み立てて、セレナに伝える。ミスは許されない。
「えっと……これをあげるから、クリスを探す方法を教えてほしい。あ、あと見つかるまで手伝ってほしい」
「いいわよっ!」
軽い、そして即答だ。
ただのクッキーなのにこんなに食いつくなんて、効果抜群じゃないか。





