第13話 歪んだ価値観
「そんなことって……!」
ゴードンさんの言葉に、僕は絶句する。
もしゴードンさんの言っていることが本当なら、この人は教室で不当な扱いを受けていることになる。そんなの……見過ごすことは出来ない。
「どういう、ことでしょうか?」
この教室の室長であるリメインさんに視線を向ける。
しかしリメインさんは悪びれ様子もなく肩をすくめる。
「どういうもこういうもないさ。研究というものには『優先順位』が存在する。世の役に立つ発明に資金や施設が優先して割かれるのは当然のことだ。そして役に立たない研究は後回しにされる……それも当然のこと」
リメインさんはゴードンさんのことを見ながら言う。
……なんとなくこの教室のことが分かってきた。
ここでは研究分野によって格差が生まれてしまっているんだ。役立つ研究をする人がもてはやされて、それ以外の人は隅に追いやられてしまっている。
わかりやすくお金になりそうな研究に予算が割かれるのは、理解できる。でもそうじゃない、純粋に自分の気になることを研究したい人が肩身の狭い思いをするのは間違っているはずだ。
「そんなのおかしいです! 絶対に間違っています!」
「いいんだカルス君」
抗議する僕の肩にゴードンさんが手を乗せて諫める。
「私のために怒ってくれたのは嬉しい。だけどこれは私たちの問題、君が首を突っ込む必要はない」
「ゴードンさん……」
ゴードンさんは優しくそう言ってはいるけど、その顔は悲しげだった。
やっぱり無理してるんだ。
どうにかしてあげたい。でも僕は部外者だ、ここでいくら言葉を重ねてもリメインさんや他の人に響きはしないだろう。
どうすれば……。
脳をフル回転させて考える。誰かこの状況を変えることの出来る人はいないか。
「――――あ」
必死に考えた僕はある人物のことを思い出す。
これだ、これしかない。
僕はさっそく行動に移す。
「リメインさん。見学の途中で申し訳ありませんが、今日はここで帰らせていただこうと思います」
「そうかい、それは残念だ。私たちの考えが理解できるようになったらまた来るといい」
僕はその言葉に頭を下げて返事をすると、足早に去るのだった。
◇ ◇ ◇
発明の教室を去ったその足で、僕はある所に向かった。
扉を開け、階段を登り、ぐーすかと居眠りをしているその人物を起こす。
「サリアさん! 起きてください!」
「ふぁ!? にゃんだ!?」
ふにゃふにゃ顔で目を覚ましたのは、時計塔の引きこもりことサリア先輩だ。
体を薬で幼女化しているこの人は、すぐ眠くなってしまうので昼寝をしていることも多い。
だがその頭脳は学園一と言われている。頼りになる先輩だ。
「起こしてしまい申し訳ありません。実は相談があって……」
「全く、騒がしい後輩くんだ。まあいい、寛大な先輩が話しを聞いてあげようじゃないか」
寛大という部分を強調しながら椅子にふんぞり返るサリアさんに、僕は事の顛末を話す。
サリアさんはその話を聞きながらたまに嫌そうに眉をひそめていた。
「……なるほど、事情は理解した。相変わらずくだらない事で言い争いを続けているようだねあそこは」
はあ、とため息をつくサリアさん。
口ぶりから察するに発明の教室のことを知っているみたいだ。
「やっぱり昔発明の教室にいたんですね」
「まあね。だが昔の話だ。私は早々にあそこを見限った」
サリアさんがあそこで何を経験して、何を思って抜け、時計塔に引きこもったのか僕は知らない。もしかしたらかなり無理なお願いをしようとしているのかもしれない。だってあそこにサリアさんはいい思い出なんてないはずだろうから。
「あの。話をしておいてなんですが、断っていただいて大丈夫です。あそこに戻りたくはないですよね?」
「確かにあそこにいい思い出はない。だが……後輩の手前無様に逃げることは私のプライドが許さないねえ。それにいつかは向き合わなければならないと思っていた。むしろいい機会さ」
そう言って立ち上がったサリアさんは、机の上に転がる薬品をごそごそとイジり始める。
「これでもない……これも違う……これ……は、体が爆発する薬だ」
「そんな危ないもの置いておかないでくださいよ……」
机の上をちゃんと整理しておかないとな、と思っているとサリアさんが「あった!」とお目当ての薬品を見つける。
そして腰に手を当てて薬品をぐびぐびと飲み始める。ヤバそうな色してるけど大丈夫なのかな……?
「ぷはー! マズイ! もうちょっと味も改良した方がいいねえ」
「サリアさん、その薬ってなんなのですか?」
「ふふふ、それは見ていれば分かるよ。お、もう効き始めてきたよ」
突然サリアさんの体がメキメキと音を立てながら変形し始める。
膨張し、伸びてその形をどんどん変えていく。その常識はずれな光景に僕は呆気にとられてしまう。
時間にして約一分後。
そこにはわがままな幼女先輩の姿はなくなっており……代わりに白衣の似合う、大人な女性の姿があった。
「ふう……元の身体に戻るのは久しぶりだ。さて、行くとしようか後輩くん」
一気に十年分の歳を取り戻し、十九歳の姿となったサリアさんは机の上に置かれた眼鏡をかけると、キメ顔でそう言った。





