・レベル99
俺たちの商売が戦争屋だろうと、絶対に越えてはならない一線がある。
「だったらなんだってんだよ、小僧!」
「ブッ殺す!!」
ソイツを新団長のヴォルフが侵した。
俺は黒塗りのアーミーナイフを抜いてヤツに突き付けた。
「ハハハハッ、おかげで上手く事が運んだじゃねーか!」
「ふざけるなこの外道っ!!」
ヴォルフは眉一つ動かさない。その恵まれた巨体に敵う者なんていないと、そう慢心していた。
コイツは俺たち竜の牙のタブーを犯した。
「おいおい、俺は依頼主のオーダーに従っただけだぜ? どんな汚い手を使ってでも、敵を引きつけろってな」
「テメェは軍のクズどもに、女子供に手を出せと、そう命じられたとでも言うのか……?」
「いいや、俺の判断だ」
敵国の後方に忍び込んだ俺たちは、陽動のために町を一つ制圧した。
だがこのヴォルフが女子供に刃を向けた。ただ陽動を確実にするためだけに、郊外の畑に火まで放った。
「気に入らねぇなら出てけよ、ジャック」
「ハッ、そりゃテメェの首を取ってからだ。竜の牙の名誉のためにも、テメェだけはブッ殺す!!」
「やってみやがれ、ジャック・種馬野郎!!」
「やってやるさ!!」
意地の悪い連中は俺のことをスタリオンと呼ぶ。
もちろん姓ではない、俺は前団長ファランに拾われた戦災孤児だ。
「さあ来いよジャック! 仲間なんて呼ばねぇからよ、せいぜい俺をブッ殺して見せろやっ!」
「ああそうするさ。実はテメェらに隠していたことが一つだけある」
俺の生まれついたジョブは戦闘商人だ。カートによる荷物の運搬とアイテム鑑定を得意とする。
要するに傭兵団の荷物持ちで、仕事は後方支援が多い。
「俺のレベルは99だ」
「ダハハハハハッッ、いきなり笑わせんなよジャックッ! お前みたいな雑魚マーチャントが――ぁ、ぁぁ……?」
団長ヴォルフが大剣を引き抜くよりも速く、ランプをかざされた闇よりも素早く俺はヤツの懐に入り込んで、アーミーナイフを腹へと突き刺した。
「実はレベル50になっても上位職になれないのが恥ずかしくてな、ずっと隠していた」
「お、俺を、刺し……このガキッ、うっうぐぁっっ?!」
「今日という今日は愛想が尽きた。あの世でファランのオヤジによろしくな」
ヴォルフの断末魔を聞いて、ヤツの取り巻きが市長邸のワインセラーに飛び込んできた。
そいつらをまとめて返り討ちにして、俺は生まれ育った竜の牙を抜けた。
もう二度と傭兵の世界には帰れない。
逃げて新しい人生を探さなければならなかった。
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名前 ジャック
レベル 99
職業 マーチャント
能力値 魔力以外カンスト
スキル
・カート運搬9/9
・カート攻撃9/9
・アイテム鑑定7/9
・投擲術5/9
・片手剣8/9
・所持品重量半減
補足 成長の限界に達している
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・
息の根を止めたはずなんだが、ヴォルフが生きていると風の噂に聞いた。
竜の牙は俺を拾ったオヤジが育てた最強の傭兵団だ。団の超一流のヒーラーたちが、ヤツの命を繋ぎ止めてしまったらしい。
あれから3ヶ月が過ぎて、先月で俺は19歳を迎えた。
報復を想定して名前を変えて、バカにされてきた赤毛を真っ黒に染めた。
「マーチャントのカートスキルが、これほど便利なんて知らなかったわ。どうかしら、うちのパーティに入らない?」
「すみません、私には協調性がないのでそれは難しいかと」
それと冒険者に転職した。2ヶ月前から俺は新米冒険者のスート青年だ。
レベルは30くらいがいいだろうと再設定して、ここのギルドマスターにだけ事情を打ち明けた。
主な仕事は荷物持ちだ。
「そんなふうには見えないわ」
「よく言われます」
カートを引いて荒野を進んでゆくと、丘の上に奇襲を狙うゴブリンアーチャーを見つけた。
そいつに投げナイフで先制攻撃をお見舞いしてやると、丘の向こうから剣と盾を持ったゴブリンファイターが駆け下りてきた。
味方前衛はただちに横陣を組んでそれを迎え撃つ。たちまちに激突が始まっていた。
「スートくんナイス!」
「いえ、たまたま目に付いたので……」
パーティリーダーのマジシャンの女性と連携して、冒険者たちは群がる亜族たちを片付けていった。
竜の牙の練度には敵わないが悪くない。
ただの運び屋として、狙撃を狙うアーチャーだけに絞って投げナイフを放ち、仲間を狙う敵の矢を大型のカートで防いだ。
こうして難なく敵を撃退すると、俺たちはゴブリンより生じた魔物素材や鉄くずをカートに載せた。
それからまた進む。
冒険者たちが荒れた大地から使えそうな石材や、わずかばかりに自生する野草を採集しては俺の引くカートに載せてゆくと、道ずがらにどんどんと積載量が増えていった。
「ねぇ、あなた重くないの?」
「カートスキルはこういうスキルです。所持重量半減スキルも持っていますし、今の3倍だって平気で持てますよ」
カートアタックスキルは荷物の重量が増えるとそれだけ扱いづらくなるが、それだけ破壊力も跳ね上がる。
この程度の荷物では軽すぎて働いている気がしなかった。
「ほんとに!? わー便利……やっぱりうちのパーティに入ってよ!」
「そういった予定はありませんね」
正体がバレれば関わった者に迷惑がかかる。
元傭兵で、今は悪名高き竜の牙の出身と知れれば、いくら無頼漢の冒険者でも良くは思わないだろう。
「残念……。あ、目的地に着くわ」
今回の依頼は鉱石採集だ。
乾いた土の大地を抜けて、岩盤で覆われた白い大地へとやってくると、行く手に地上へと露出した鉱床が現れた。
それと、やけにでかいストーンゴーレムも鉱床の隣にそびえ立っている。
「……私が囮をやるから、その隙にみんなは掘って。ここまできて手ぶらで戻るなんて、町のみんなに申し訳ないわ」
コイツ、バカか……?
その判断を他のメンバーは止めなかった。
何が何でも確保してから帰りたいという、彼らなりの町への帰属心を感じた。
「おい、本当にやるのかよ……?」
「あら、それがあなたの素?」
「そうだが……。アホだろ、テメーら……もう少し命を大事にしろよ」
「そうもいかないわ。鉱石が確保できなければ、町の産業に打撃が入るもの。責任重大よ」
「任せましたよ、リーダー」
世界の西側は戦争だらけで、東側のこちらはモンスターだらけだ。
人々は都市や町ごとにコロニーを作って、猫の額のような安全地帯で暮らしている。
「スートくんはカートをお願い。危なくなったら鉱石を持って離脱して」
「テメーらはバカだ」
町がダメになったら、自分の商売もダメになる。そういった意識が誰かしらにもあった。
「ふふっ、私もそう思うわ」
リーダーがストーンゴーレムの背後に回り込み、マジックアローをぶつけると陽動が始まった。
残りの冒険者たちはカートからツルハシを取って、次々と鉱床へと振り下ろした。全くたくましい連中だ……。
「おい、テメーらそこまでだ、気づかれたみてぇだぞ」
「て、撤収っ!」
逃げ足だって速い。彼らは砕いた鉱石をカートへと突っ込むと、ツルハシを担いで走り出す。
俺も逃げるか。そう思ったのだが――やはり止めてストーンゴーレムの方にカートを反転させた。
「え、ちょっ、スートくん?!」
「どけやっ、轢くぞっ!」
囮を買って出たあの女リーダーが、すっ転んだのを見てしまったからだ。
種馬とバカにされた脚力で、鉱石で0.5トンほどに膨れ上がったカートを引き、ただ暴れ馬のように敵へ突っ込む。
「ひ、ひぇぇぇーっっ?!」
「死ねやっオラァァァッッ!!」
「口悪っっ?!」
自分の背丈の倍もある石巨人の目前までやってくると、急カーブをかけた。
ドリフト状態になったカートが宙を飛び、その超重量の荷物の塊が、ストーンゴーレムを横殴りにすると、激しい激突が大地と空を轟かせた。
その一撃で生命力を失ったモンスターは、形を保持できなくなりドロップと呼ばれるお宝に変わる。
ストーンゴーレムは立派な漬け物石に変わった。……誰もが認めるカスドロップだった。
「荷物が重くて助かりました。……立てますか?」
「……あのさ、さっき、死ねやオラーって聞こえたんだけど?」
「気のせいです」
「いや、今さら取り繕う必要ある……?」
俺はこの地の冒険者たちが嫌いではない。
少しでも町を良くしようと、危険を承知でがんばっている。
傭兵に生まれた俺なんかよりよっぽどまともだった。