第9話 西岸地区にて
約1か月半振りの投稿になります。
勢いよく玉座の間を飛び出すと、エントランスを目指しひた走る。
「カラ! 西岸地区って遠いの!?」
西岸というのだから西の方というのはわかる。
しかし、この世界に来たばかりの私に、現場への距離がわかるはずもない。
「馬で10分程度だ」
前を向いて走る背中から声だけが返ってくる。
思っていたよりも近い。
そうこうしているうちにエントランスに到着し、急いで外に出ると、エントランス前に2頭の馬が鞍と手綱をつけて準備されていた。
1頭は先ほど馬車を引いていたのと同じ栗毛の馬。
もう1頭はサラブレッドのような体躯の青鹿毛の馬だ。
カラは颯爽とした身のこなしで青鹿毛の背に飛び乗る。さすがは騎士!
「行くぞ! 早く乗れ!!」
器用に手綱を操り馬の鼻先を城門の方へ向け、今すぐにでも駆け出せる状態だ。
そんなカラを横目に私は栗毛の馬の前で不格好に飛び跳ねる。
手綱は握れるけれど、あぶみに足が届かないっ!
「乗れないーーーーーーっ!!」
やばい! 早く行かないといけないのに!!
焦る気持ちだけが先走り、行動がまったく伴わず、挙句に変な汗まで出てくる始末。
栗毛の馬の前で、ぴょんぴょん飛び跳ねる私を見て、「ははは」という笑いと共に
「おまえ、馬に乗ったことがないのか?」
と驚きを含んだ声で問われる。
「乗ったことないっ!!」
元いた世界の大多数は馬になんて乗らない! 馬じゃなくて、鋼鉄の箱に乗るんだよ!
「むーりー!」
がっしりした馬の胴体にべたりと貼りついて、泣きそうになる。
(でも、早く行かないと!)
再度気持ちを奮い立たせ、必死に飛び跳ねる私の背に「乗れ!」と、情け容赦も無い言葉が飛んできた。
「だーかーらー! 乗れないんだって! 乗り方もわかんないんだって!」
ああ、こんなことになるなら、無料の乗馬体験にでも行っておけばよかった……。
今更、後悔したところで仕方がない。何とかして乗るしかない。
「違う! こっちだ! 俺の馬に乗れ!」
語気を強めた声が頭の上に降ってくる。
振り向くと、カラが青鹿毛の馬にまたがり私を見下ろしている。
「手間のかかる奴だ」
すっと差し出された手を掴んだ途端、力強く体を引っ張り上げられた。
(えっ!? ええっ!! こいつどんな腕の力してんのよ)
私の体重は決して軽くない。
そんな私をいともたやすく引っ張り上げるなんて。
(男らしい……)
不覚にもキュンってなってしまう。
カラの顔がちょっと格好よく見えていたのだが、ドサッと荷物のようにぞんざいに馬の上に乗せられ我に返った。
(前言撤回だ! いくら力が強くても、こんなに女を雑な扱いをする奴は好かん)
「さっさとまたがって、たてがみを掴め」
くそっ! 一瞬ときめいてしまった自分を呪いたい!!
「よいしょ」っと言ってまたがり、正面を向く。
「うっわぁ〜。目線が高ーい」
見える景色が広い! うーんと遠くまで見える。
これはちょっと、クセになりそうだ。
「飛ばすぞ」
カラが手綱をぐっと握ったかと思うと、馬は勢いよく駆け出した。
「うわっ!」
景色に見とれていて、たてがみを掴んでいなかったせいで馬が駆け出した反動でドンっとカラの体に思いっきりぶつかってしまった。
「ちゃんとたてがみ掴め! 振り落とすぞ!」
「は、はい〜」
恐る恐る、青鹿毛の黒くて艶のあるたてがみを両手でぎゅっと掴む。
私とカラを乗せた馬は飛ぶように大地を駆け、みるみる王宮から離れていった__。
西岸地区は海に面した港地区だった。
中央に市場がある比較的大きな町で、港には何隻もの漁船が係留されている。
皆、逃げた後の様で辺りに人影は見当たらない。
歩みを止めた馬から、「よいしょ」と言って飛び降りる。
続いてカラも馬を降りると、手綱を近くに柱にくくりつけた。
潮の香りが鼻孔をくすぐる。海の近くに来るなんて何年ぶりだろう?
おっと、感慨にふけっている場合じゃない!
辺りを見回すが、本当に人っ子一人いない。
先行で騎士三名と晴魔術士が来ているはずなのだが、その姿さえ見当たらない。
(無線やスマホがあったら、お互いの位置や状況がすぐにわかるのになぁ)
腰にぶら下がっている無線機にそっと目を落とすものの、何も言わない無線機にしんみりとした気分になっていると……
ガターーーンッ!!!
突如、派手な物音が港に響き渡り、意識が一気に現実に引き戻される。
これは、明らかに何かが壊れた音だ! どこからだ!?
見える範囲に人影はない。ならば考えられ場所は一つしかない。
「カラ! あっち!!」
市場内を指さしながらカラの顔を見ると、眼光鋭く無言でうなずき、彼は一人市場の中へと走り出した。
ヤバイ! すぐに後を追わなければ、絶対にカラを見失ってしまう。
私は慌てて後を追った。
通路のいたるところに壊れた木箱の木片が散乱していて走りにくい。
「いたっ! あそこ!」
見ると、市場の広くなった場所で騎士が、漁師風の体格のいい中年男に胸倉を掴まれ高々と持ち上げられているではないか!
傍には片膝を立てて憎々しげに男を睨みつける騎士と、少々離れた場所に魔術士と彼を守るように立つ騎士の姿……。
(ああ、これは完全に劣勢だな)
「トルネード!」
カラが手のひらを男に向けて叫ぶ。
男の足元から緑の光が上空向けてらせん状に立ちのぼり、土煙をともなった竜巻となって男と騎士を包み込んだ。
(ちょっと待って? これ、騎士にもダメージあるんじゃないのか?)
騎士ならこれくらい耐えろということなのか? だとしたらカラは意外と仲間には容赦ないのかもしれない。
(あれ?)
土煙に映る男の影はやたら上半身を大きく揺らしている。
竜巻が徐々に消え、姿が目視できるようになってくると、立っているのは男一人、方や騎士はといえば、力なく男の足元に倒れている。
男は両手で両目を覆い、口では何かうめきながら、よたよたと倒れた騎士から離れていく。
どうやら目に土埃が入ったようだ。
しかし、これはチャンス!
地面に落ちた騎士に駆け寄り
「逃げるよ!!」
と、騎士の手首を掴んで自分の肩にまわし、ズルズルと引きずる。
(お……重い……)
「だ、大丈夫です。歩けます」
ボロボロなのに。騎士のプライドか。まぁ、それは尊重にしてあげないとね。
男がこちらを見ていないことを確認してから、立ち止まる。
ふと見ると、服のいたるところが土で汚れている、きっと何度も倒されたのだろう。
騎士は少し顔を歪めながらも立ち上がった。
「ありがとうございます」
いやいや、頭を下げられても特になにもしていないし。
「穢れ人が思った以上に強くて窮地に追い込まれてしまいました」
「漁師は腕っぷしが強いんだから! 甘く見たら痛い目にあうわよ」
(って、すでにかなり痛い目にあった後か)
ガラガラガラッ!!
突如、背後から何かが崩れる大きな音がした。
慌てて振り返ると、崩れた木箱の前でカラがガードポーズを取り、踏ん張るようにして立っている。
足元から土煙が舞い上がっているところをみると、ガードはしたものの、男のパワーであそこまで押しやられたのか。
ってか、もう目が回復してる!
これはいくらカラでも一人で押さえ込むのは厳しいか……。
チラリと騎士の全身に目をやる。
服こそ土まみれになっているが出血している様子はない。怪我といえば、頬に擦り傷があるくらいで、しっかり立っているし、見た感じは問題なさそう。
後は本人の意思次第か。
「ねぇ、まだ、いける?」
「え!? いける?」
「戦えるかって聞いてるの!」
「戦えます!!」
「じゃあ、行くよ!!」
「え、ちょっと!!」
劣勢の仲間を黙って見ているなんて、私には無理なんだよねっ!
いざ参らん! と気合を漲らせ、男に体を向ける。
カラはかなりの苦戦を強いられてはいるものの、的確に相手の首や、鳩尾などの弱い部分を狙って攻撃を命中させている。
しかし、ふらりともしないのだから、いずれも大きなダメージにはつながっていないということだ。
剣でぶった斬れないことが実にはがゆい。
(今度も警棒でぶん殴ってやるっ!)
左腰の警棒に手をかけたとき、私の視界が土に汚れた騎士の背中に遮られた。
ほへ? っと間抜け顔で見上げたところ、
「あなたはここにいてください。私も中級騎士です。軽度の穢れ人などに負けてはいられません!」
と肩越しに言い残し、男に向かって行ってしまった。
私はといえば、一人警棒に手をかけたまま取り残され……。
(え、私、置いてきぼり!?)
中級騎士の彼が参戦したことで、戦いの流れは明らかに変化した。
いくら腕っぷしが強く体が丈夫な漁師とはいえ、日々鍛錬を積んだ騎士二人相手ではサンドバッグもいいところだ。
案の定、弱いところに容赦なく拳やら蹴りが入れられていく。
(今回も見ているだけになってしまった)
戦いの輪に入れず、ポツンと取り残されてしまった以上、私がとるべき行動は邪魔にならないようにするだけだ。
さすがに騎士二人による猛攻はダメージがでかいようで、5分と経たないうちに、男の足がもつれだした。
よし、チャンス到来!
「カラ! どっちでもいい、男の腕を掴んで!!」
チラリと私の姿を見ると、カラは男の右腕をガッチリと掴む。
「そのまま後ろに引き倒して!!」
カラが男の腕を掴んだまま勢いよく後ろに引っ張ると、バランスを崩した男はその場にバタンと仰向けに倒れた。
(今だ!)
飛びつくようにして男の左腕を掴んだが、あっさりと振り払われ、ドン! と尻餅をつく。
「いったぁ……」
ジンジンする尻をさすりながら立ち上がると、慌てて中級騎士が駆け寄り私を静止し
「あなたが何をしたいのかはわかりませが、腕は俺が押さえ込みます」
と、言って男の左腕をガッチリとホールドしてくれた。
さすがは日々鍛錬を積む騎士だわ。
男の腕はピクリとも動かない。
これならぶっ飛ばされる心配はない。
ゆっくりと男のかたわらに跪き、男の胸の中心に右手を置く。
(王妃に教えられたとおりにすればいい)
静かに意識を集中させ、右腕が黄金の光を纏ったのを確認し、ゆっくりと男の体に浄化の力を注ぎ込む。
(入ってる。入ってる)
「ぐうぅうぅぅ!!!!」
浄化の力が男の体内にすべて注ぎ込まれると同時に男の体から黄金の光が弾け出した。
まるで辺り一面に黄金の雨が降っているみたい。
「こ、これは……!?」
驚くのも当然だよね。初めて見る光景だろうから。
「浄化完了だな」
こいつは既に穢れ人から手を放してるし……。
光の意味を知っているからだけど、浄化しきれていないとか考えないのか?
男は仰向けに、ぐでーーとだらしなく地面に横たわっているから浄化の成功は間違いないけど、少しは用心しろよな。
その点、中級騎士は注意深く男を観察しながら腕を離していく。
倒れたままの男を警戒し、決して男から視線を外さない。
「よくやった」
言葉と同時にポンっと置かれた手に、ビクッとなる中級騎士に(そりゃびっくりするよ)と軽く同情する。
「あ、ありがとうございます!」
それでもカラに正対し、ピシッと背筋を伸ばし直角に腰を折って頭を下げるのだからなんとも礼儀正しい。
カラは私の方に近寄ってくるやいなや、バシッと頭を叩いてきた。
「いったぁ!! 何すんの!!」
いきなり叩くとは、私が何をしたというのだ!
頭をおさえて抗議をすると
「おまえ、またその棍棒で殴ろうとしただろ」
「え、見てたの!?」
「バレバレだ」
「カラの攻撃よりは弱いと思うけんだけどなぁ」
「そうだろうな」
出た! いつもの笑い方!
「だったら別に警棒で殴っても問題ないじゃない!」
「お前に的確に相手の弱い部分を攻撃できるのか」
「それは……」
痛いところを突かれ、口ごもる。
警察官は、毎日鍛錬なんてしていない。
趣味で体を鍛えている人以外の警察官は運動なんてほとんどしていない。
私も一般人と何一つ変わらない身体能力しかない。
でも、それじゃだめなんだ! 強くならないと、戦えるようにならないと!
現場でお荷物になるのはごめんだ!
「あんたが鍛えてよ! 私も戦いたい!」
「厳しいぞ」
「臨むところよ」
根性だけは折り紙付きだ。やってやる。
自然と挑戦的な笑みが浮かび、カラも同じように挑戦的な笑みを返してきた。
「レイーニア副団長!」
声のした方から二名の騎士と魔術士が走ってくるのが見える。
ローブを止めるバッジに太陽を模した図柄が描かれているところをみると、きっとあれが晴魔術士のマークなんだろう。
「まさか、レイーニア副団長が来てくださるなんて! 思いもしませんでした!」
二名の初級騎士は目をキラキラ輝かせてカラを見ている。
これって、完全に羨望の眼差しだよね。
それに、ここまで走ってくるなんて、みんな元気だなって……
「あなた、怪我はないの?」
さっき片膝をつくほど弱っていたのに、元気一杯じゃないか。
そんなにダメージ喰らってなかったのか?
「もう大丈夫です。晴魔術士に治癒魔法をかけてもらったので、ばっちり治りました!」
子犬みたいな笑顔で生き生きと話す彼を見て、こっちもつられて笑顔になる。
しかし、怪我が一瞬で治るなんて、魔法って本当に便利なんだな。
「ところで、あなたはどなたですか?」
どうやら私という存在の異質さに気が付いたらしい。
私に向けられた三人の表情はキョトンとしていてなかなか可愛い。
「レイーニア副団長、こちらの方は?」
中級騎士が話の輪に入ってきた。
「ああ、こいつはチホ。神子様だ」
飲み屋でばったり会った友人に紹介するような、面倒くさそうな言い方だな。
目の前の四人が呆けた顔をしているじゃないか……と思ったら四人が一斉に顔を見合わせて姿勢を正した。
やけに緊張した面持ちで私のことを見ていないか?
あ、ヤバイ。嫌な予感がする。
「神子様とは存じ上げず、大変なご無礼を! お許しください!」
中級騎士の言葉と同時に四人が一斉に頭を下げる。
やっぱりそう来るか~。
(ホントそういうのやめて……)
もう、苦笑いしか出ない。
「やめとけ。こいつは神子様なんて大層なもんじゃない」
その一言に、四人が頭をあげる。
「チホって呼んで。よろしくね」
『神子』は抜きで接して欲しいという願いを込めて微笑んでみせた。
「そうそう、あなたの怪我も治してもらわないと」
ボロボロ状態に見える中級騎士は、服が汚れているだけで、大した怪我はなさそうだけれど、念のためにと声をかけた
「そうですね。大きな怪我はないようなので僕の治癒魔法で十分治ります」
やっぱり、大きな怪我はないのか。よかったと、ホッと息を吐いた。
晴魔術士は中級騎士の前に立ち、両手のひらをかざし、
「ケア」
と、唱える。
かざされた手のひらからオレンジ色の優しい光が放たれ、中級騎士の全身を包むと、中級騎士の頬についていた擦り傷がみるみるうちに消えていく。
(わぁ、本当に治っていく)
オレンジの光が消え去ると、怪我がしっかり治っている。
さすがに服の土汚れまでは取れないか。
「帰るぞ」
中級騎士の怪我が治ったとわかると、言うより先にカラが歩き出した。
「ちょっと、カラ待ってよ! 私はあんたの馬に乗せてもらわないと帰れないんだから!」
駆け足で彼の背中を追う。
私は前を行くカラの背中ばかりを見ていたので、背後のことは何も気に留めていなかった。
「カラってば!!」
両手で背中をバンっと力いっぱい叩いてやった。
「痛って! このバカぢか……」
文句を言いながら振り向いたカラの表情が、みるみる固くなる。
彼の視線は私の背後に向けられ__
「どけっ!!!!」
険しい声と同時に、私はカラに横へ突き飛ばされ、思いっきり地面に叩きつけらた。
「痛っあーーーっ!!!」
怪我はないけど、痛い。
しかも制服が土まみれだ。制服は洗濯機で洗えないんだぞ!
背中叩いただけなのにひどい! 文句を言ってやる。
と、意気込んで立ち上がったのだけど
「!!!!」
え、どういうこと!?
目の前の光景に頭が混乱する。
カラが真剣な顔で剣を構えて対峙しているのは、剣を構えた中級騎士だった。




