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第15話 契約の力

 夕食の皿が片付けられ、テーブルの上には美しいティーカップに注がれた琥珀色の飲み物が供されていた。

 立ち上る上品な香りを楽しみながら、静かにカップに口をつける。

 ほのかに甘く紅茶と同じ味がする。


 私はカップに口をつけたまま、少し上目遣いで正面に座っているカラのお母さんを見る。

 気品と凛とした強さを感じる美しい女性。私のいた世界でなら有能な社長としてバリバリと働いていそうなイメージだ。


 カラのお母さんは優雅な手つきでカップをソーサーの上に戻し

「カラ、あなたがチホさんをお部屋に案内して差し上げなさい」

と私の右隣に座るカラに向かって柔らかな微笑みを向けた。


「俺でなくとも、スターレンが連れて行く」

 右隣からぶっきら棒な声が放たれる。


 チラリと横目でカラの様子を見やると、憮然とした表情で足と腕を組みそっぽを向いている。

(そんな愛想のない答え方をしなくてもいいだろうに。いまだに反抗期なのか、こいつ)

 私は視線をティーカップに戻し、コクリと一口飲む。


「いいえ、あなたが案内なさい。スターレンはあなたが頼んだ件の対応をしているでしょう。ねぇ、あなた」

 カラのお母さんが微笑みを隣に座るカラのお父さんに送った。

「そうだぞ。女性のエスコートは紳士のマナーだ」

 カラのお父さんはカラを見ながら微笑んでそう告げた。


 両親の有無を言わせぬ強制力を含んだ笑みがカラに突き刺さっている。

 カラがそっぽを向いているのは、この笑顔から逃げるためか。

「チッ、仕方ない。チホ、食い終わってるならさっさと行くぞ」

 カラはティーカップを手に取ると、グイっと一気に飲み干し、荒っぽく席の背後に立った。


 私は背中に感じる「早くしろ」という無言の圧力を無視し、ゆっくりとお茶を楽しむ。

(なんでもかんでも言うとおりになると思うなよ)

 イライラする空気が濃度を増すが、そんなのは知らん。


「茶くらい、部屋に持ってくるように言え。ほら、行くぞ」

 私がカップをソーサーに戻す一瞬を見計らったかのように、グイっと椅子が後ろに引かれた。

私は咄嗟にカップから手を放す。

(ちょ! 私ごと椅子を引くな!! なんて紳士の欠片もない奴なんだ!)


 睨みつけようとしたが、カラは不貞腐れたような顔をして、いままさにリビングを出て行こうとしているではないか。

 さすがに放って行かれては困る。私は急いで椅子から立ち上がり、カラの両親に「失礼します」と言って頭を下げ、慌てて彼の後を追った。

 彼の背を見ながら(嫌なら嫌ってはっきり言えばいいのに)と思うが、両親に弱みを握られているのか、後ろ暗い事があるのか、従順なのが気味悪い。


 ◇◇◇


 リビングを出てから互いに無言のまま廊下を歩く。

 カラの背を追いながらも方々に目を遣って観察し思ったのだが、この家の豪華さは王宮に全く引けを取っていない。

 天井の飾られた豪華なシャンデリア、壁面を彩る絵画、床はピカピカに磨き上げられている。

 唯一、王宮と違うのは、人の温もりや生活感があるところだ。


 前を歩くカラが、不意に何かを感じ取ったようにピタリと立ち止まった。

「ここか」


 カラが見つめるのはなんの変哲もない白い扉。

 ここに来るまでにも何個か同じものがあったのに、なぜかこの扉だけは探し当てたような言い方をした。


「普段使う客間は決まっているんじゃないの?」

「あんたは特別だ。普通じゃない」


 特別ねぇ。

 嬉しいような、面倒臭いような複雑な心境にしかなれない。


「で、この部屋が特別な部屋なの?」

「ああ。この部屋の扉はレイーニア家の家族及び当主が認めた関係者以外には見えないようにされている。一般の者には壁にしか見えない」

と言われたが『特別な部屋』を前にしている実感は全くわかない。


「私、扉、見えてるよ」

 私はレイーニア家の家族でも関係者でもない一般の者だ。それなのになぜ扉が見えているんだ?


「親父があんたをこの家の者と認めた。だからこの家もあんたの事をレイーニア家の者と認識した」

「家が私を認識?」

「そうだ。当主がこの家の者と認めた者は家自体もこの家の者と認識する。万が一レイーニア家に害なす者が侵入した場合、即時に家が排除又は攻撃に入る」

 関係者以外が侵入したら家がそんな体勢を取るなんて、なんというセキュリティー!! 

 私の世界の警備会社も裸足で逃げ出すレベルの監視防衛機能じゃないか。


「そもそも、危害を加えるためにこの家に訪れる者に玄関の扉を開くことはできないけどな」


 ぽつりと吐き出された言葉に私はギョッとして、目を見開いてしまった。


(危害を加えるために家を訪れる!? この家は何かに狙われているのか!? 私、ここにいて大丈夫なのか!?)


 一抹の不安が胸をかすめたが、こんなすごいセキュリティーがあるのだから大丈夫だと自分に言い聞かせる。


「これって、魔法じゃないの?」

「魔法ではない。契約だ」

「契約?」

「王家に伝わる魔具に込められた神の力だ。この国にとって最重要な者にのみ与えられる」

 そういえば、この世界では魔法は一人一種類しか持てないんだったな。


 ならば、私がこの世界に連れて来られて最初に居た場所も同じなんだろうか?

「私が連れてこられた場所もここと同じ契約が結ばれているの?」

 あの場所も全く何もない壁が扉のように開いたのだから同じ契約が結ばれているとしか思えないのだが。


「あんたが最初に居た聖堂は違う。あの場所は最高位の司教にのみ引き継がれている聖魔法で管理されている。何よりあそこは家ではない」

「家じゃないとダメなの?」

「当たり前だ。家族を守るために当主が結ぶ契約だからな」


 家と当主の契約か。家系を継続させるための手段なのかな。

 どうやらこの世界では家系が重要視されているようだ。


「王宮も同じように契約が交わされて、守られているの?」

「そうだ。少し特殊だけどな」

「特殊?」

「王宮は王と王妃の二人が契約する必要がある。片方だけでは契約が成立しない」

「王様か王妃様どちらか一人ではダメなの?」

「王宮だけは古来から王と王妃二人の契約が必要とされている。二人揃うことで国の存続が確実となるからだろう」

 なるほど。どんなに高貴な家系と云えど途絶えたところで別の高貴な者が途絶えた家系の地位を受け継ぐことが出来る。要は替えがある。

 しかし王族の血筋は替えがなく、途絶えることが許されないわけか。


「王位継承は現国王夫妻が存命のうちになされなければならない。そして、次期国王の最重要条件は結婚している事だ」

 王族の血を絶やさない為にも、子孫を残せる状態を維持する必要があるということか。

 面倒臭いよりも、可哀そう。王族は完全に国に縛られた存在なんだな。


「王位継承前に現国王か王妃のどちらかが亡くなってしまったら、契約が消えて命が狙われやすくなるの?」

「そうだ。ただし、この契約はあくまでも居住空間を守ることで家族を守り、家系を存続させるためのもの。王宮の場合は国王家族の居住空間だけが契約の対象で玉座の間や多くの者が執務のために行き交い、利用する場所に契約の効果はない」

 仕事場と居住空間が同じ建物内にありながら別に扱われるって駐在所みたいだな。


「王宮内でも居住空間以外では命の危険があるってこと?」

「そうだ」


 そうか。私の部屋が王宮敷地内でも使用人の部屋や騎士宿舎ではダメだった最大の理由は、このセキュリティシステムが入っていないためか。

 そして、カラの家が認められたのは、このセキュリティシステムが入っているから。

 それだけ神子がこの世界で重要な存在である証拠だ。

 しかし、助かった。あのエヴァ君と同じ空間で過ごさなければいけないとなると、監視生活どころの話ではない。

 多分、息が詰まり過ぎて世界を救う前に窒息死していただろう。


「ところで、神の力を宿した魔具っていっぱいあるの?」

「存在が報告されているのは世界に3つだ。その一つがこの国の家を守る力を宿したものだ。まぁ、存在を公にしていないものもあるだろうけどな」


 浄化の力も魔具に宿せばいいのに。

 あ、浄化の力は魔力の一種なんだっけ。だからダメなのか。


「魔具の奪い合いになったりしないの?」

「魔具と言っても所詮は神の力を一時的に入れるための入れ物に過ぎない。替えはいくらでもある。神の力の本体は契約を結んだ者の体に刻印されている」

 スティグマータとか刺青みたいなものかな?

 

 そういえば、カラのお父さんが私の事を受け入れると言った時に、ほのかに胸の辺りが光ったように見えたのは、契約の力が発動したからなのか。

 その刻印を一度は見てみたいが、「見せて」と軽々しく言えないのが残念だ。


「早く入れ」

「はーい」

 ドアノブを回すと扉は容易に開いた。

鍵はかかっていない。

 ドアノブの辺りを見ても、鍵穴のようなものはないので施錠設備がないようだ。

(まあ、やましい気持ちのある者にはこの扉は見えないんだから、鍵なんていらないわな)


 室内に入り、ぐるりと見回した。

 部屋はかなり広く20畳くらいはあるだろう。

 白を基調とした造りで、ベッドにデスク、鏡台やチェストまである。

 そしてなによりも一番嬉しいのは大きな窓があることだ。


 早速、手にしていたバスケットをデスクの上に置き、窓を全開にする。

 外の景色は真っ暗で、見上げた夜空には無数の星々が輝き、細い月が柔らかな光を放っている。

 夜風が乾き切っていない髪を梳いていく。


(元の世界と同じような夜空だけど、この空は私がいた世界とは繋がっていないんだよね……)


 元の世界で私が住んでいた場所の夜空と大差ない事に安堵したが、今はまだ元の世界に戻ることが出来ないんだと思うと、郷愁の念がわずかに押し寄せてきた。


「なんだ。この薄い板みたいなのは?」

 人が感傷に浸っているというのに、まだいたのか! って、薄い板?

 何のことを言っているんだ? この世界のことはカラの方が詳しいじゃないか__って、もしかして!!


 バッと振り返ると、カラはデスクの椅子に座り、バスケットから私のスマホを取り出している。

(何、勝手なことしてんのよっ!)

と思ったものの、携帯会社が異世界に基地局などを作っているわけがないので確実に圏外だ。ロックをしてあるので誤操作の心配もない。そもそもカラに使い方がわかるはずがない。


 私は窓を開けたまま、ゆっくりとカラに近寄って行った。

「それは、スマートフォン。通称スマホ。私の世界の便利道具よ。遠くにいる人と話をしたり、一瞬で手紙を送ったりすることが出来るし、写真も撮れるよ」

「写真?」

 珍しく、カラがポカンとした顔をした。


「写真もこの世界には無いのか。えーっとね、見たままを一瞬で絵にすることができる技術ってところかな」

「なんだ、それは?」

 全く意味がわからないという顔をするカラを見て、少し驚かしてやろうといたずら心が湧き上がった。


「実際にやってみようか」

「やってみる?」

「ほら、スマホかして」

 渡せと手を伸ばすと、カラは手にしていたスマホを不思議そうに眺めつつも私の手のひらの上に乗せた。


 ロックを解除し、カメラアイコンをタップすると、いつもの撮影画面になった。

 カメラ機能はスマホ本体に標準装備されているものだから異世界でも使えるようだ。


「ほら、私の横に立って」

 手招きをすると、ゆっくりとカラが私の隣に立つ。


「少しかがんで。あんたはでかいんだから、画面に入らないでしょ!」

「注文の多いやつだな」

 文句を言いながらも、カラは顔が私の顔の横に並ぶ高さまで屈んだ。


 インカメにし、二人が画面に収まっているのを確認してタイマーを5秒にセットする。

 スマホのシャッターボタンをタップしていつもどおりに笑顔を作る。一人旅ばかりだから自撮りはお手の物だ。

 隣のカラは相変わらずの無表情。少しくらい笑えばいいのに。


 カシャっという音が鳴る。


「撮れたよ」

 二人が映った画像をカラに見せた。

 ドレス姿の私と騎士服のカラ、しかも背景は中世ヨーロッパ風の室内。

 まるでどこかのお城で撮ったコスプレ写真みたいだ。


「本当に一瞬で絵ができている」

 カラは切れ長の目を大きく見開いて、スマホの画面を食い入るように見ている。

「こっちの世界ではカメラくらいしか使えないから部屋に置いておこう。充電も残り75か」


「あんたの世界ではその板があれば、今みたいに誰でも一瞬で絵が描けるのか? 他にも絵はあるのか?」

「あるよ。見る?」


 私用スマホで現場の写真を撮ることは禁じられているため、本当にプライベートの写真しかない。

 大半が一人で旅行に行った時に撮った写真ばかりだから見せても問題ないだろう。

 カラにスマホ渡し、簡単に写真の見方を教えた。


が、それが大間違いだった。

 私の世界では当たり前にある、車や自転車、電車に飛行機などの乗り物。

 はたまた、和洋中その他各国の料理やスウィーツなどの食べ物。

 更には日本の城や寺社仏閣、テーマパーク、様々な近代建築、街や田舎の風景などなど。


 次から次へと「これは何だ? これは何だ?」と質問が止まらない!

 旅行先で何でもかんでも撮りまくっていた私も悪いんだけどさ。

 悪いのか? いやいや、私は何も悪くない!


「これは何だ?」


「あーもうっ!! また今度説明してあげるから、今日は寝かせろ! 出てけーーっ!!」


 無理矢理スマホを引ったくると、カラの背中を押して部屋から追い出した。


 結局、カラの質問攻めのおかげで、寝た時間がはっきりしない。

 スマホに表示されている時間は午後3時。私がこの世界に連れて来られた時間から全く進んでいない。

 この世界に飛ばされた時に壊れたのかもしれない。

 まぁ、考えても仕方のないことだ。

 私はスマホの電源を切り、バスケットの中に戻した。


(疲れたー)

 ベッドの上にはパジャマが用意されていたのだが、とても着替える気力などなかった。

 ドレスを着たままベッドに倒れ込み、そのまま深い眠りの底へと落ちていった。



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