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第14話 レイーニア家

 門を抜けた先は噴水のある見事な庭園の片隅だった。まぁ、通用門が正門であるはずがない。

 右手には王宮と同じような背の高い鉄柵がそびえ、目の前には緑豊かな庭園。そして左手奥には目を見張る程に豪奢な建物が聳え立っている。


(こ……これは、お屋敷というより宮殿じゃないか!)

 そこには神戸の異人館にあるようなお屋敷ではなく、ベルサイユ宮殿を思わせる建物が建っている。

 あまりの立派さに私は目を見開いて、その場に立ち尽くしてしまった。


「早く来い」

 カラは相変わらず、足早に先を行く。

「あ、ちょっと待って!!!」

 さっきから慌ててカラを追いかけてばかりいるような気がする。


(うっわぁ~。庭が運動場レベルの広さだ!)

 美しく整えられた庭園をキョロキョロと眺め回しながら、カラの背後にピタリと付いて進んでいく。

 陽は落ちているがこちらも松明の明かりが辺りを照らしており、歩くのに不自由はない。

 

 カラは宮殿の正面エントランスと思われる綺麗な白く大きな扉を、ノックもせずに開けると

「戻った」

と言いながら、ずかずかとエントランスホールに入っていく。

(まぁ、自分の家に帰ってきただけだから、ノックもせずに開けるのは当然か……)

 そう頭が理解はするものの、私にはこの宮殿が人の住む家である実感はいまだにわかなかった。


 吹き抜けの広々としたエントランスホールの奥から、明らかに執事とわかる服装の年配の男性が現れ

「おかえりなさいませ、カラ坊ちゃん」

と笑顔で迎える。


「スターレン、その呼び名はやめてくれと再三言っているはずだが」

 カラがバツの悪そうに言う。

 

「スターレンにとって、坊ちゃんはいくつになっても坊ちゃんでございます」

 穏やかに言う執事にカラは何も反論しない。いや、できないようだ。

 おそらく、スターレンと呼ばれた執事はカラが幼い頃からずっとこの家に仕えてくれているのだろう。

 幼少期に世話になった他人に強く出られないのは、この世界でも同じようだ。

 しかし、カラ坊ちゃんとは。今のカラと『坊ちゃん』という言葉があまりにも不釣り合い過ぎて私は必死に笑いを堪える。


「まぁいい。スターレン、こいつに部屋を準備してくれ。今日からこの家で暮らす」

 言いながら、親指でクイクイっと背後にいる私の事を指す。


 スターレンさんの視線が私に移り、慌ててカラの背後から一歩前に出てカラの左隣に並ぶ。

「初めまして。チホ・タカハラと申します。突然お邪魔して申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」

そう言って、深々とお辞儀をした。


「坊ちゃんが……、カラ坊ちゃんが、女性をお連れなされたっ!」

 顔を上げると、スターレンと呼ばれた年配の執事が目を大きく見開いている。

 まるで天変地異が起こったかの如き驚きようだ。


「旦那様! 奥様!! カラ坊ちゃんが女性を連れて来られましたっ!!」

 屋敷奥に向かってスターレンさんが悲鳴に近い大声で叫んだ。


「何だって!!!!」

「ついにカラ様もご結婚に前向きになられたか!」

「どんな方なの! カラ様がお連れした方は!」


 屋敷の方々からフットマンやメイドたちが目を輝かせてわらわらとエントランスに出てきた。

(え!? 何?? 何なの!?)

 私とカラの前におおよそ20人くらいの30歳から50歳くらいまでの使用人と思われる男女が集結し、皆の視線が一斉に私の集中する。

 ありがたいことに、さっきのエヴァ君のように敵意や落胆の表情をする者が一人もいないことが救いだ。


 しかし、皆の期待に満ち溢れた眼差しに居た堪れない気持ちが大きくなっていく。

(なんだ? このなんとも言えない期待の圧は……)

 あまりの圧に笑顔が引き攣りそうだ。


「スターレン。カラが女性をお連れしたというのは本当か?」


 使用人たちの奥から野太い声がしたかと思うと、威風堂々とした雰囲気の男性が現れた。

 隣には華やかな女性が並んでいる。


「親父に母さんまで。ただいま戻りました」

 カラが急に姿勢を正して、二人に向かい軽く頭を下げる。


「おかえりなさい、カラ。そちらのお嬢さんがお連れした方ですか?」

 華やかな女性が笑顔を湛えて私を見つめる。

 目元がカラとよく似ている。少し切れ長なクールな目元。


「はい。本日召喚された神子で、王宮での生活を拒んだため、屋敷うちに連れて来ました」

「は、初めまして。チホ・タカハラと申します。どうかこちらで生活することをお許しください」

 慌てて手に持っていたバスケットを床に置き、両手広げてドレスをつまみ、腰を落とし挨拶をする。

(ドレスでの挨拶ってこんなんだったよね……。テレビでしか見たことないけど)


「これはこれは、神子様であられたか。我がレイーニア家は大変な役目を仰せつかってしまったようだな。ワハハハハ」


(あれ、なんかこの感じどこかで感じたことがあるような……)


「あの! ご迷惑であれば私は、その……」

 「王宮でもいいです」という言葉を継ごうとしたが、心がその言葉を発する事を頑なに拒絶した。


「王宮は息苦しいでしょう。嫌ですよね。どうぞ私たちの家でゆるりと過ごしてください」

「よろしいのですか!」

「当然だ。タカハラ殿を我がレイーニア家の一員と認め、衣食住のすべてを請け負おう」

 その言葉を放った直後、カラのお父さんの胸元がほのかに光ったように見えたが、錯覚だろうか。


「それに、カラが女性を連れて来るなんて初めてのことで、私たちはとても嬉しいのですよ。心から歓迎いたします。ようこそレイーニア家へ」

 カラのお母さんが微笑んでくれる。

 王妃様とはタイプが違うけれど、とても美しい人だ。


「ありがとうございます!!」

 私は勢いよく頭を深々と下げた。


「スターレン、早々にタカハラ殿の部屋の準備を。夕食は皆で共にするぞ」

「フフフ。当然カラも食事を共にしてくれるのでしょう。賑やかになりそうですね。嬉しいわ」

 二人は柔らかな笑顔を浮かべて私を見てくれている。


「スターレン、早急にチホが着られそうな俺の昔の服を準備してくれ」

「ですがカラ坊ちゃん、女性に男性の服を着ていただくのは失礼ではないでしょうか? それに体型も随分違いますし」

「なら親父の服でもいい。何か男物の服を見繕え」

「待ちなさいカラ! こんなに可愛らしい方に男性の服を着せるなんて、勿体無いではありませんか」


(いやいや、カラのお母さん、さすがに私に『可愛らしい』は無理がありますって!)


「そうだぞ、カラ。母さんの言うとおりだ。スターレン! 至急いつもの仕立て屋に早馬を出し、ドレスを仕立てる準備を整えよ」

「かしこまりました」

 彼は丁寧に頭を下げ、その場から離れようとしたが

「待て、スターレン。男物の服はこいつの自身の要望だ」

というカラの言葉に足を止め、再び私たちの方を向いた。

 その顔にはかすかな驚きの色が表れていた。


「本当なのですか?」

 カラのお母さんは驚きの声と顔を私に向ける。

「はい。この服では穢れ人と戦うことができませんので」

 ドレスを作ってくれるという気持ちがありがたい分、申し訳ない気持ちになるが、作ってもらったところで、そのドレスを着る機会はない。

 私は令嬢になるためにこの世界に連れて来られたのではない。


「なんと! タカハラ殿は穢れ人と戦うのか! 勇敢な女性なのだな。とてもそのようには見えないが」

「勇敢ではなく、全く後先考えない無鉄砲で無謀な、何をするかわからない女です」

 カラはチラッと私を見ると、またしてもいつもの笑い方が出た。

(この野郎!)


「カラさん、人をじゃじゃ馬のように言わないでいただけますか!」

「実際、じゃじゃ馬だろう」

(なんだとう!)


 体ごとカラの方を向けて

「ちょっと、無理をしただけです!」

と抗議をする。

「ちょっとどころじゃないと思うが」

 カラも私の方を向き、口元に笑みを浮かべながら面白そうに返してくる。


「棍棒で穢れ人を殴る、海に飛び込む、どう考えても無鉄砲で無謀な行動だと思うが」

「それで浄化が出来たんだから問題ないでしょう」

「俺がいたからな」

「偉そうに」

「俺が居ないと、馬にも乗れない」

 図星を言われた上、クククっと笑うカラに、ムカッときて

「それと、これとは関係ないでしょーがっ!」

とつい、大声を出してしまった。


 すぐそばにカラの両親がいることを思い出して、気まずい顔で二人の姿を見た。

 二人は驚いた顔を一瞬はしたものの、怒る事はなく、それどころか嬉しそうに目を細めてくれている。


(た…助かった)

 粗暴な女性だとして追い出されたら王宮で息の詰まる暮らしをしなければならなくなる。

 どうやら追い出される心配は無いようで、私はホッと胸をなでおろす。


 目の前のカラは目と口元が笑っている。

 何か一言言ってやりたいが、私はのどから出かかっている言葉をグッと飲み込み、カラから視線を逸らした。


「我々は先にダイニングに行っている。お前たちも早く来い」

「チホさん。お待ちしていますよ」

 そう言い残して、カラの両親はエントランスホールから立ち去って行く。

 仲の良さそうな二人の背中を見送りながら、私は心からホッとしていた。

 衣食住が約束されたことも大きいが、カラの両親が良い人たちであり、屋敷の人たちが暖かく迎え入れてくれた事に何よりも安心した。


 エントランスホールを後にして元来た廊下を進んで行くカラの両親が振り返り何か含みを持った笑顔を向けてきたが、私はその笑みに込められた意味を知る由もなかった。



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