第12話 ドレス
浴室で軽く水分を拭き取り、タオルを体に巻き付け脱衣所へ戻ると、そこには眩いばかりに煌びやかなドレスが何着も並ベられていた。
(何だこれ! さっきまで、何もなかったのに)
「タカハラ様、お着替えはどちらのドレスになさいますか」
年長メイドがドレスに負けないキラキラした笑顔で問いかけてくる。
私はタオル一枚を体に巻いたままの姿で呆然と立ち尽くし、目は点になっていた。
(え……!? 私にこれを着ろと? 無理無理っ!!)
ピンクやブルーのお姫様が着るようなドレスの数々に私の意識は今にも体から離れてしまいそうだ。
(こんなん着て仕事ができるかーーー!! パンツスタイルの服はないのか! パンツスタイルの服は!! あ、騎士の服って女性用あるかな? 着られるなら男性用でもいいんだけど)
「あの、騎士の服はないですか? なければ、男性が着ているような服がいいのですが」
恐る恐る尋ねてみたが、私の要望はかなり予想外のものだったらしく年長メイドは目をぱちくりさせた。
この世界では女性がパンツをはくという発想はないようだ。
いや、上流階級にそういう慣習がないだけだろう。
「申し訳ありません。こちらに準備した服しかございません」
申し訳なさそうに年長メイドが頭を垂れた。
かなり落ち込んでいるのがはっきりとわかり、逆に私が申し訳ない気分になる。
(ええい! 腹を括ればいいんでしょ! 腹を括れば!)
「な……ないならこれで。えーーっと、どれがマシかなぁ……」
気は進まないが、裸でうろつくわけにはいかない。
私はところ狭しと並ぶドレスを吟味にかかる。
そもそも、これらのドレスは私が着られるサイズなのか?
サイズを聞かれたり、測られたりした覚えは一切ないのだが。
「あの、これらのドレスは私が着られるサイズなんですか?」
肩を落とす年長メイドに訊ねる。
「はい。タカハラ様が着ていらしたお召し物を参考にして用意しましたので、サイズに問題はございません。何より、これらの服は我が国の伝統的な織物を使用しています。伸縮性があり、多少の差異は問題はありません」
元気を取り戻し、にっこりと微笑む年長メイド。
私が風呂に浸かっている間に、私の服からサイズを割り出して、この数のドレスを揃えたって事か!?
メイドの力、恐るべし。
そこまでして準備してくれたのなら、その好意を無下に扱うわけにはいかない。
改めて、並ぶドレスを一着一着眺める。
ボタンやファスナーは無い。伸縮性があると言っていたから、頭から被って着られるようになっているのだろう。
(一人で脱着できそうだな)
何気なく見ていると、柔らかな黄色のドレスが私の目に止まった。
(これ、私が大好きな映画のヒロインが着ていたドレスに似てる)
自然と手が伸び、黄色のドレスを手に取る。
華美な装飾は少なく、落ち着いたデザインだ。
「これにする」
「かしこまりました」
私は手にした黄色のドレスを年長メイドに差し出すと、彼女は笑顔でドレスを受け取った。
♢♢♢
着替えが終わったところにコンコンコンとタイミングよく建物のドアがノックされた。
ノックをしたのはおそらくセクリアさんだろう。
「セクリアでございます」
当たり。
若いメイドの一人がドアを開けると、セクリアさんとカラが並んで立っていた。
メイドは「どうぞ」と二人を脱衣所内に招き入れた。
セクリアさんは私の姿を見て顔を綻ばせ、カラはところ狭しと並んでいるドレスを蔑む様に一瞥するとフイっと顔を背けた。
「これはこれは。チホさま、とてもよくお似合いですよ。社交界でも注目の的でしょう」
そんなに喜ばれても心境は複雑だ。
彼のことだからお世辞ではないだろうが、社交界なんて無理だ。そのような場に出るための教養はないし、堅苦しい場所は嫌いだ。
「さすがに、社交界は無理があるかと」
引き攣った笑顔で遠回しに断りをいれる。
セクリアさんの背後にいるカラは氷の様に冷たい目をし、手で口元を隠すようにして私を見ている。
私はジロリと睨むようにカラを見た。
「なんか言いたそうね」
わずかな間をおいて、彼は蔑むような視線とともに
「あんた、嬉しそうだな」
と突き放したような言葉が放たれた。
私の顔からは引き攣った笑いが消え、「はぁ!?」と驚き顔で彼を見た。
彼の目から落胆と濃い拒絶の色が滲み出したかと思うと、大きなため息をつき
「やっぱりあんたも__」
「何か誤解してない?」
彼の言葉を遮り、私は腕を組んで彼の前に歩み寄った。
睨むように彼を見上げるが、彼の視線は明後日の方向を向き全く私と目を合わそうとしない。
段々とその態度に腹が立ってきた。
私は好きでこんな格好をしているのではない。セクリアさんに愛想笑いをした程度で「嬉しそう」と言われるとは心外だ。
「私はね、動きやすい服がいいの! あんたが着ているようなやつ! こんな服じゃ動きにくくて、戦えないでしょうがっ!」
と捲し立てるように言った。
もちろん、彼に対する怒りも混じっている。
その言葉にカラは目を大きく見開き、私を見るやいなや、天を仰ぎ大笑いし出した。
(なんだ、なんだ!?)
あまりのカラの変わりようにびっくりして、私は少し後ろにのけぞった。
セクリアさんやメイドさんたちは急に笑い出した彼に驚き、「何事か?」という目を向けている。
「な、何よ!」
あまりの予想外の反応にたじろぎ、うまく言葉が出て来ない。
「レニ国の伝統技法で織られた最高級生地を使って王室専属の職人がしつらえたドレスを『こんな服』呼ばわりした上に、騎士の服の方がいいとは、本当にあんたは面白い」
カラは目に涙を浮かべ、腹まで抱えて笑い続ける。
(私、何かおかしなことを言った?)
他の四人もポカンとして立ち尽くし、笑い続ける彼を見ている。
ひとしきり笑い終わったカラは目に溜まった涙を袖口で無造作に拭い、
「やっぱりあんたは変わってる」
と安心したような柔らかな笑みを浮かべて言った。
「この世界の人間じゃないんでね」
私は笑われた意味が分からず、プイッとそっぽを向く。
「褒めてるんだ」
「どうも」
彼はまだ笑いを堪えているらしく、時々クククと声が漏れ出してくる。
(だから、何がそんなにおかしいのよ!)
「タカハラ様。お預かりした荷物はこちらに全て入れております。濡れたお召し物と履物につきましては、私どもで洗ってからお部屋へお届けさせていただきます」
私はメイドが差し出したピクニックバスケットを「ありがとう」と言って受け取った。
中を見ると、上着はきちんと畳まれ、装備がついたままの帯革も入っている。
「そうだ、セクリアさん。私の部屋はどこになったんですか?」
王宮外への部屋の移動が承認された前提で私は笑顔で彼を見た。
問われた彼の顔は一瞬にして曇った。
明らかにこれから良からぬ事を告げられると脳が感知した。
「誠に申し訳ありません。チホさまのお部屋ですが、やはり王宮から離れた場所は万が一の時にお護りで出来ないことから却下されました」
と弱々しい声が告げた。
「何故、ですか? 何とかならないんですか?」
「そう言われましても……」
彼は申し訳なさそうに私から視線を外す。
「使用人の部屋とか、騎士の部屋とか、どこかないんですか!」
王宮内での監視生活を何としても免れたくて、つい詰問するような言い方になってしまった。
当然ながら彼は私から視線を外したままだ。
心境的に目を合わせられないだろう事は容易に想像がつく。
「流石に使用人と同じところに住んでいただくわけにはまいりません。騎士は敷地内に宿舎がありますが、男性ばかりですのでこちらも住んでいただくことはできません。それにいずれも護衛面が弱いので」
彼が発する言葉はとても小さく、力なく、私の意に沿えなかった自らの不甲斐なさを責めているかのようだ。
いつの間にか脱衣所内の空気はどんよりとした重苦しいものになっていた。
メイド三人も暗い顔をして目を伏せ、私やセクリアさんを見ないようにしている。
「俺の屋敷に来ればいい」
面倒臭そうに放たれたカラの一言が重苦しい空気を切り裂いた。
皆の視線がカラに集中する。
「あんた、騎士の宿舎じゃないの?」
驚いた顔でカラの顔を見る。
「通いの騎士もいる。俺の屋敷は王宮の隣だ。専用の通用門があるから王宮敷地内と言ってもいい。どうだ?」
「それは良い案です! レイーニア副団長殿のお屋敷でしたら、護衛面に不足はございません。皆も納得するでしょう」
セクリアさんの声が不自然なほど弾んでいる。
「私は、王宮内でないならお願いしたい」
「決まりだな」
カラがニッと口角をあげて笑う。
「お部屋の変更は私から皆に伝えておきます」
彼の顔にはいつもの穏やかな笑みが戻っていた。
「ついて来い。お望みの服も用意してやる」
カラは早速、浴場の扉を開けて出ていく。
「ちょっと待ってよ。この服と服、歩きにくいんだから、そんなに早足で行かないでよ!」
靴もメイドに持って行かれてしまい、用意された履き慣れないヒールは歩きにくいことこの上ない。
「待ってってば!」
足早に進んでいくカラの後ろを、ドレスの裾をたくしあげて必死に追いかけた。
しばらくの間、仕事の都合により投稿ペースが落ちます。