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第11話 お風呂

「クシュン!」

 さすがに濡れたままでは寒く、体がブルっと震えた。

 濡れたシャツは時間と共に冷されて体に張り付き、徐々に体温を奪っていく。


 馬はゆっくりとした足取りで進んでいる。

 私は片手でたてがみを強く掴み、もう片方の手で帯革を包んだ制服をしっかりと抱え込んでいた。

 

「海に飛び込むからだ」

 呆れたような声が頭上から降ってきた。


「そうでもしないと、私の力では浄化ができないと思ったから」

 片手でバランスを保っているため、カラの顔を見ることは出来ず、私は前を向いたまま答えた。


「見ていて飽きないな」

 ククっと小さな笑い声が聞こえたが、突っかかる気は起きなかった。

 私にできることはなんだってやる。人を助けられるのならば、少しくらいの無茶もする。


 警察官という職業柄たくさんの被害者を見てきた。自分の無力さを痛感した出来事は数え切れないほどあった。

 命を、心を、未来を救えなかったことが何度かあった。

 だから、多少自分が怪我をしたり、苦しい思いをしても、『助ける』という気持ちは強い。

 今回は私のせいで危うく命を奪いかけてしまったが。


「何はともあれ、浄化はできたし、みんなが無事だったし、よかったよかった」

 私は目を細め、満足げにうんうんと何度も頷いた。

 全身ずぶ濡れになろうが、自分の行動に後悔はない。


「本当に変な奴」

 再びクククと笑いが聞こえる。

 からかわれているのだろうが気にしない。結果良ければすべてよし!

 

 遠くに王宮が見えてきた。

(よかった、無事に帰って来られた)

 

 馬は礼をする門番の横を悠然と進んで行く。


 美しく手入れされた庭園内を進むと、王宮のエントランスが見えてきた。

 エントランス前をセクリアさんが落ち着かない様子でウロウロしている。


「セクリアさーーん!」


 私の声に彼の動きはピタリと止まり、慌ててこちらを見る。


「チホさま!」

 彼らしからぬ大きな声が発せられ、向けられたその顔には遠くからでもわかるほどはっきりと「心配」の二文字が書かれていた。


 馬はゆっくりとエントランスに横付けされ、私は「よいしょ」と言って馬から降りた。


「ただいま」

 にっこりと微笑むと、彼は一瞬だけ安堵の表情を見せたが、すかさず私に駆け寄り、ガシッと両腕を掴んできた。

(セクリアさん、痛いです)


「チホさま! ご無事ですか! お怪我は! って、全身ずぶ濡れではありませんかっ!!」

 私の二の腕を掴んでいた手の力が緩むと同時に、みるみる彼の顔が青ざめてゆく。


「まぁ、ちょっと色々ありまして。クシュ!」

 ヤバイ! タイミング悪く、くしゃみが出てしまった。

 途端に彼の顔は更に色を無くし、視線は忙しなく動き、明らかな動揺が見て取れた。


「風邪をひいたら大変です! 今すぐ湯浴みとお着替えの準備をさせてまいります!」

 彼は全てを言い終わるやいなや、慌てふためきながら王宮内へと走り去った。


(本当に心配性だなぁ)


「慌てなくてもいいのに」

 彼は年齢的にも職業的にも運動能力は低いだろうから、慌てると途中で転びはしないかと心配になる。


 彼の姿が消えた王宮内に視線を向けていると

「あんたに何かあったら大変だからな、司教がとり乱すのも当然だ」

と言いながらカラが隣に並ぶ。


「私、バカだから風邪ひかないんだけどね」

「バカと風邪は関係がないだろう」

「元の世界ではそう言ったの。バカは風邪ひかないって」

「面白い言い伝えだな」

 口元だけでカラが笑う。


 再び「クシュッ」とくしゃみが出た。

 やっぱり立っているだけでは体が冷える。

 

「早くセクリアさん戻って来ないかな。寒い」

 両腕で帯革を包んだ制服の上着と共に自分自身を抱きしめる。


「浴場まで連れて行ってやるよ」

「浴場って、お風呂があるの!? お湯に浸かれるの!? お湯の溜まった桶やシャワーじゃなくて!?」

 驚いてカラの顔に目を遣ると

「あんたの世界では湯に浸かる事はしないのか?」

 逆に不思議そうな目で見られてしまった。


 欧米の風呂文化はシャワーがメインだと聞く。

 日本みたいに湯船に浸かる習慣なんて……と考えたところで、ここが異世界であることを思い出した。

 この世界では日本と同じく湯に浸かる文化があるんだ!


「ううん! お湯に浸かる! カラ、連れてって!」

 湯船に浸かれる嬉しさで自然と笑みが溢れる。

 風呂場があるなら連れて行ってほしい。この冷え切った体を一刻も早く温めたい。


 私のテンションに気圧され、彼はやや苦笑しながら

「ついて来い」 

と言い、ツカツカと王宮内に入って行くので、私も弾む足取りで後を追った。



 カラが進む廊下は玉座の間へと続く廊下とは明らかに違った。大きな窓はあるが、アーチ状の柱はなく、天井は平らで、壁には多くの絵画が飾ってある。

 私は飾られた絵画を眺めながらも、彼の背中を見失わぬように気を配りながらついて行く。


 先を行くカラが壁の前で立ち止まったかと思うと、壁の一部が扉のように開いた。

(ここは忍者屋敷か!?)


 驚いて立ち止まったまま動かない私に

「閉まるから、早く来い」

と声がかけられ、慌てて扉のように開かれた場所を通り抜け彼に駆け寄った。

(どこだろう?)と周りを見る前に、ひんやりとした風に頬を撫でられ、自分が屋外に出たことを知った。

 落ち着いて周りを見回す私の瞳に色とりどりの花々が飛び込んできた。

 まるでイングリッシュガーデンみたいな庭園だ。


「こっちだ」

 カラが花に囲まれた小道の前で私を呼び、そのまま奥へと歩みを進め始めたので、慌てて後を追う。

 小道の先にファミレスサイズの石造りの建物が姿を現した。どうやらあれが浴場のようだ。

 彼は建物に着くなりノックもせずに扉を開けた。

(ノックくらいしろよ)

 心の中でツッコミを入れる。


 カラの背後から中を覗き込むと、室内にはメイド服を着た女性が三名とセクリアさんがいた。

 突然開かれた扉に視線が送られてはいるが、メイドたちの視線はカラに釘付けだ。

 二人の若いメイドにあっては頬をうっすらと朱に染めながら、慌てて身なりを整え出している。


(はは〜ん。なるほどね〜)


 ニヤニヤとカラの顔を見るが、彼自身は全く関心がないようで口を真一文字に結び、無表情のままだ。


「チホを連れてきた」

 言いながら室内に入っていくカラの後について、私も建物内に足を踏み入れる。

(土足のままでいいのか)


「これは、レイーニア副団長殿、ありがとうございます」

「ほら、行け」

「うわっ!」

 カラが思いっきり私の背中を叩き、つんのめるような形で前に押し出された。

 立ち止まり、キッとカラの顔を睨むと、何かニヤリと笑っている。

(もしや、私が思いっきり背中を叩いた仕返しか!)


 前に押し出された私と入れ替わるようにセクリアさんがカラの隣に立つ。

「それでは、皆様チホさまをお願いいたします」

「かしこまりました」

 三名のメイドは頭を下げ、男二人は建物から出て行った。


 扉が閉じられる音と同時にメイドたちは頭を上げた。

 閉じられた扉を見つめながら、若いメイド二人は頬を染め、目を輝かせながら顔を見合わせた。

「まさかレイーニア様がいらっしゃるなんて思ってもいなかったわ!」

「本当! びっくりしちゃった! やっぱりレイーニア様って素敵っ!」

「うん! うん! 本当に素敵!」

「あーもう! 今日はなんて幸運な日なのかしら!」

 若い二人のメイドは女子高生が大好きなアイドルの話をするように楽しそうに話をしている。


(なるほど。あんな無愛想のどこがいいのかわからないけど、成績トップの騎士でまあまあ整った容姿をしてるもんな。あいつはこの世界のハイスペ男子ってところか)

 

 ハイテンションで話をする二人を微笑ましく眺めていたら

「二人とも舞い上がってないで。タカハラ様のことをお忘れになっていますよ」

と年長のメイドがパンパンと手を叩いて、二人をたしなめる。


「「も、申し訳ありません!」」

 メイド二人があわてて私の方を向くと揃って頭を下げた。

 その姿が可愛くて、自然と顔が緩み、心が暖かくなる。

「大丈夫、気にしないで」


 私の声に二人は頭を上げ、すぐに仕事の顔になった。

 一人の若いメイドが近寄ってきて

「お荷物をお預かりいたします」

と言ったので、抱えていた制服と帯革を「お願いします」と言って彼女に渡した。


 続いてもう一人のメイドが近寄ってきて

「お召し物を脱ぐお手伝いをさせていただきます」

と言ってきた。


「ありがとう。でも大丈夫、一人で脱げるから」

 私は近寄ろうとする彼女を手で制して、笑顔で断りをいれた。

 肩を落とす彼女の姿に、(悪かったかな)という気持ちが芽生えるが、手伝ってもらうほどの服装ではないのだから仕方がない。


 私はしょんぼりしているメイドに

「バスタオル……ある?」

と問うたが、彼女は何の事かわからないらしく今度は困った顔になってしまった。


「えーっと、体を覆う布ってないかな?」

 そう尋ねると彼女はパァと笑顔になり、

「はい! 今すぐお持ちします!」

と言って、部屋の隅にある棚から大判の布を取り、嬉しそうに私のところに持って来た。


「ありがとう」

 お礼を言って布を受け取ると、彼女は歯にかんだように笑ってくれた。


 その後も彼女たちは何かと私の入浴の手伝いを申し出るが全てを丁重にお断りした。

 私の手伝いをするように頼まれていることは重々承知していたが、人に手伝ってもらわないと風呂に入れないような身分の生活はしていない。


 私は彼女たちを振り切り、テキパキと服を脱いで、布を体に巻き付け、いざ風呂場へ!

 

 さすがに王宮のお風呂だけの事はあって、大きな浴槽と広い洗い場が備えられている。

 しかも外の美しい庭園が見える、オーシャンビューならぬガーデンビュー!

 ん、ガーデンビューって、生垣や塀などの風呂場を隠すものが何もない!


(これは、のぞき放題なのでは……)

 体に巻いていた布を外そうとした手を慌てて止める。


「すみませーーん! これ、外から丸見えなんじゃないんですかー!」

 私が脱衣所に向かって大声で呼びかけると、荷物を預かってくれたメイドさんがひょっこりと現れ、にっこりと微笑みながら、

「ご安心ください。ここは王宮内です。外部の者が侵入することはありませんし、浴場を覗き見しようとする不埒者はおりません」

 そうか。ここが王宮内であることを忘れていた。


「また、御用がございましたらすぐにお呼びください」

 そう言って再び彼女は脱衣所に戻っていった。


 納得すると、体に巻いていた布を外し、ゆっくりと浴槽に体を沈めてゆく。

(うーーん! 気持ちいいっ! お風呂最高!!)

 肩までお湯に浸かり、手足を思いっきり伸ばす。


 冷えきった体が芯から温められ、体も気持ちもとろけるようにリラックスしていく。

(お風呂はどの世界に行っても、癒しの場所だ)

 しばらくの間、ガーデンビューのお風呂を心ゆくまで堪能した。

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