親子の一歩 【月夜譚No.114】
あの子が苦手な野菜を食べられるように、細かく刻んで好物のハンバーグに隠しておいた。半分に切った断面も、肉と同化して鮮やかな色は殆ど見えないし、きっと気づかずに食べてくれるに違いない。
あの子が彼の家に来て、そろそろ一年が経つ。彼の遠縁の親戚が事故で亡くなり、残された一人娘を引き取ることになったのだが、如何せん子どもの扱いに慣れていない独り身なので、きちんと育てていけるのか不安だった。
顔を合わせるのも初めてなおじさんに、その子は中々心を開いてはくれなかった。彼は手を変え品を変え、彼女の気を引こうと努力したが、当の本人の心にはどれも刺さらなかったようだ。
しかし、ある日の何気ない出来事があってから、彼女は彼に笑顔を向け、よく話をするようになってくれた。正直、そんなことで良かったのかと脱力したものだが、人の心というものは、案外そんなものなのだろう。
今では、こうして二人で遊びに出かけることも多くなった。だから、もう一歩踏み込みたいのだ。
前を歩いていた娘が笑顔で振り返る。彼はそれに軽く応じ、弁当の入ったリュックを背負い直して彼女に駆け寄った。