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魔女

 私立サザランズ学園の応接室。ここに大魔女がいた。

 彼女の使用できる魔法の種類は多岐にわたり、ある条件と引き換えに魔法を掛けてくれるという。

 その大魔女と向き合っているのは、学園の責任者。

「マリカ様。加護を確認しました。こちらからのお礼はその条件でお願いいたします」

「わたくしの魔法は完了しているわ。見返りは、明日からでいいかしら?」

「はい、手配しておきます。明日、こちらを提示いただければ問題ありません。ところで、この事はくれぐれもご内密に」

 お互いにね、と返事をし、机に置かれた編入手続き証明書をつまみ、大魔女は部屋を出ていった。



 翌日、園芸部の部室にて。

「マリカさん、こっちに来て見てみて」

 部長のソラカラは美しい顔を淡く染めて、入部希望者として訪ねてきたマリカに活動内容を説明していた。新入生の入部先が決まり、そろそろ活動もルーチン化している8月。今の時期には珍しい入部希望者に驚きはしたが、ソラカラは歓迎していた。

 現在、部員はソラカラひとり。今年も新入部員は入らず、このままでは同好会へ降格されてしまう。それならそれでいいかな、と思っているが、まあ、仲間は多いに越したことはない。

「ソラカラ先輩、これは?」

 ゆるくウェーブした長い髪を耳にかけながら質問する。マリカは大魔女なので、もちろん見せられた物が何の作物だか知っているし、関連する知識も持っている。質問は会話を円滑にするための手段に過ぎなかった。

 そんなマリカを見て、ソラカラは目に涙を浮かべる。

「まさかマリカさんは、本当に園芸に興味を……?」

 1日だけだけれどこの学園の生徒をしてみて、この男のうわさを聞いた。曰く、その見た目からは想像できない極度の作物オタク。幻滅したくなければ部活動中のソラカラに近付いてはならない、と。

「え。えぇ……まあ……」

 興味があるというか、仕事に必要な知識だ。

「今までに来た入部希望者は、僕にしか興味がないみたいで。園芸なんて地味だからな。せめて花でも育てれば良かったのかな」

「あはは、そうなのですね」

 わたくしも貴方の顔が目的なのだし。と心の中で付け加える。

 そう、園芸部の部長ソラカラは非常に見目が良かった。

 大魔女マリカが魔法を使う条件。それは、イケメンとの出会いの場を設けることだった――。


「さあ、マリカさんの歓迎会をするよ!」

 部室に戻ると、ちょっと待っていてと言い残し畑に出ていったソラカラは、籠いっぱいの野菜を抱えて戻ってきた。

「あの、まだ入部するとは言ってな――」

「大丈夫! 絶対に入部させてみせる。ほら、採れたての野菜だ。僕が丹精込めて育てたんだから絶対美味い」

「待って。あの、ホントに待って」

「遠慮しなくていいから。あ、まさか疑ってる?」

 そういうとソラカラは採れたて新鮮トマトをかじり、おいしそうに食べる。ほら食べて、と小ぶりのトマトを差し出してくる。

 笑顔がまぶしい。

「疑ってはいないけれど、わたくし、野菜が苦手なの!」

「野菜が……苦手……?」

 手に持っていたトマトを取り落とし、理解できないというように、数歩後ずさりへたり込む。

「この年にもなって恥ずかしいですわよね。でも、ごめんなさいね」

「そんな……こんなに美味しいものを苦手だなんて、そんな人がいるわけない!」

 勢いよく立ち上がると、籠からトウモロコシ(なぜか茹でてあった)を掴んでこちらに迫ってきた。

 開いている左手で右手を掴まれ、そのまま壁に押し付けられる。

「ね、食べて?」

 見目の良い男に色気のある表情で迫られ、そこからの壁ドン。通常ならばときめく流れなのだが、ソラカラは持っていたトウモロコシを口にぐりぐりと押し付けてくる。

 トウモロコシと歯に挟まれた唇が痛い。顔をそむけるも、トウモロコシが顔に沿って回転するだけで、開放されなかった。

 マリカは大魔女だが、力に関していえば女学生程度しかなかった。

「ん……!」

 ついに、唇を割ってトウモロコシが侵入してくる。もうダメ――!


 大魔女はこの日、物心付いてから初めて野菜を嚥下した。



 次の日、応接室にて。

「紹介してもらったイケメンだけどね、あの子大丈夫なの?」

「普段は大丈夫なんですがね、野菜のこととなると、ちょっと」

 向かい合う学園の責任者は、はははと乾いた笑いを漏らした。

「見目の良い男を紹介してもらう代わりに魔法を使う契約をする魔女なんてわたくし位のものですし、お互い様かしらね」

 責任者が何とも言えない表情で目をそらすので、マリカは話を進める。

「そちらは約束を果たしてくれたのだから、こちらも約束は守る。向こう10年は精霊の加護が続くように取り計らってあげる」

「あの、その事なのですが」

 責任者が言い辛そうにしているので、「それで?」と促してやる。

「精霊の加護、強くなっていませんか?」

「――は?」

 外に出て確認すると、確かに加護が厚くなっている。これはもう加護とかいうふんわりとしたものではなく、一種の結界になっていた。何が来てもこの学園は守られると確信できる。正直、ちょっと引いた。

「あー、まぁ、いいんじゃないかしら? 依頼された仕様は満たしているわよね」

 そう言うと、責任者に背を向けてその場から立ち去る。

 自身に掛けた見た目を偽る術――若作りの魔術とも呼ばれている――を解き、帰路についた。


 我が家にて。

「まさか、あの言い伝えが本当だったなんてね。わたくしは普通に魔法を操っていたから迷信だと思っていたのだけど」

 ――野菜嫌いの魔女は魔法をうまく操れない。

 そんな言い伝えがあったことを思い出す。

「大魔女なんて言われていたけれど、わたくしの実力はこんなものではなかったのね」

 また時間ができたら、あの園芸部長に合いに行ってもいいかもしれない。彼の作った野菜は、暖かい味がした。


三題噺のお題メーカー(https://shindanmaker.com/58531)さまよりお題を頂きました。

「野菜」「魔女」「無敵の高校」:ラブコメ


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