39話後半 ダースとユートは腐れ縁!
テレサちゃんたちが潜伏していたマンションから出て、僕たちは最初に出会った河原に移動した。この前のバーベキューで火事を起こしたため少し芝生の量は減っていたが、それでも変わらず、川の水は流れ続けていた。
テレサちゃんとアリシアさんは向かい合い、沈黙を保っている。僕はアリシアさんの背後に、ダースはテレサちゃんの背後に立つ。
ダースの手には、聖剣エクヌカリバーが握られている。テレサちゃんにこびへつらっている彼は、『重くないっスか?』と言い、進んで荷物持ちになったのだ。
「……まさかお前がオレの潜伏先を当てるとはな。少し驚いたぞ」
「私の力じゃないよ。ユート君だからわかったことだから」
重苦しい雰囲気の中、ようやく両者が会話を始めた。
「で、お前は何しに来たんだ? まさか剣を取り返しに来たなんて馬鹿なことを言うわけじゃあるまいな?」
「そのまさか、だよ」
アリシアさんの返答に、テレサちゃんは興味深そうに『ほう』と呟いた。
「お前も学習しないな。言っただろう? お前がこのエクヌカリバーを持った結果、魔王に敗北し、世界は終末を迎えたんだ!」
テレサちゃんは感情的に声を荒げた。
「オレがいる世界に、こんな自然はなかった。全てが魔王軍によって焼き尽くされ、空は黒い煙で覆いつくされ、子供たちは満足に食事もとれないまま、夢を見ることもできずに死んでいく……」
少し俯いて語った後、改めてアリシアさんを見て。
「オレは、もう二度とあんな世界を見たくない! なのに、お前はそれでもオレに立ち向かってくるのか!?」
テレサちゃんは本気だ。本気で未来を変えるためにこの時代にやってきた。それは彼女の口ぶりを聞いていれば理解できることだ。
しかし、アリシアさんは彼女のそんな痛々しい話を聞いてもなお。
「でも――もっと他のやり方があるはずだよ!」
「この期に及んでまだそんなことを言うか!!」
「それに、魔王軍がやって来ることは決まってるんでしょ? 私が戦わないってだけで、その事実は変わらないはず! テレサが戦うつもりなの!?」
そう、テレサちゃんが語った未来――一年後、魔王軍が侵攻してくる未来は、今も変わっていないはずだ。アリシアさんが戦わなければ、他の人間が代わりに戦うことになるだけだ。当然、テレサちゃんがその責任を負おうとするのは目に見えている。
「それは……勇者が死ぬか、ただの人間が死ぬかの違いだ! 勇者が死んだことで、人類は希望を失ったんだ!」
「私にとってはテレサも大事だよ! そこに命の重さの違いなんてない!」
「黙れ! オレは本気なんだ! オレ以外の人間が傷つくのなんて……見たくない!」
「どうして、そんなに自分だけ傷つこうとするの……?」
アリシアさんの心配の言葉に、一瞬、テレサちゃんが動揺して視線をぶらした。しかし数秒後、チッ、と舌打ちをして。
「黙れ! テ……オレはどうだっていいって言ってるだろ!」
もはや話し合いは通じないらしい。テレサちゃんは怒りを露わにしている。
「わかってくれないんだね」
「ああ! だったらどうする!? オレを説得するなら、力ずくで倒すしかないぞ!!」
「だったら……そうするしかないね」
アリシアさんのその答えは、明確に敵意を示していた。空気が一気に変わるのを感じる。
「お前がオレと戦うだと? 馬鹿なことを言うな、お前は一度オレに負け、剣を失った! もはや勝ち目はない!」
「剣がなくても……私は戦うよ!」
アリシアさんはファイティングポーズで構え、テレサちゃんを睨み据える。
「面白い。もう二度とオレの後をこそこそ嗅ぎまわれないように、少し怪我をしてもらうことになるぞ?」
「そうはさせない! 絶対勝ってみる!」
「……ああそうか。おいヒゲ。アリシアの剣を寄越せ」
テレサちゃんが、ダースに剣を渡すように言ったその時。
「ユート、パスだ!」
ダースは僕の方に、エクヌカリバーをぶん投げてきた!
「まかせろっ!」
僕は一歩前に出て、エクヌカリバーをキャッチ。
「なっ……!? お前何やってるんだ!?」
「バーカ! お前、俺がアリシアさんやユートたちのことを裏切るようなタマだと思ったのかよ!」
ダースはテレサちゃんを挑発するような発言をする。
最初からおかしかったんだ。ダースがあの場面で裏切るはずがない。あいつは咄嗟の判断で僕たちを裏切ったふりをしていたのだ。
ダースが裏切ることを宣言した時を思い出す。
『ダース、本当に僕たちを裏切るんだな?」
『ああ。俺はこれから、姉御と一緒にアリシアさんを監視して世界を守ることにしたぜ! ユート、お前ならわかるだろ? 俺の生き方は『強いやつには媚びとく!』だぜ!』
『……お前の言いたいことはよくわかったよ』
あの会話をしたとき、一瞬でピンときた。だって。
「ダース! お前の生き方は『強いやつに媚びる』なんかじゃない! 『今を全力で生きる』がお前のモットーだ!」
「正解! 流石は俺の親友だぜ!!」
「いや、僕はそんなこと思ったこと一度もないけど」
「てめえ! 今いいところだっただろうが!」
僕の本音に、ダースがツッコミの声を上げる。ツッコまれるのってこんなに気持ちいいのか。癖になりそうだ。
そして、僕はキャッチした聖剣エクヌカリバーをアリシアさんに手渡す。これで勇者としての力が蘇ってミッションコンプリートだ。
「というわけだ! 俺はえりり以外の女は崇拝しないんだよ! ドルオタだからな!」
ダースは捨てゼリフを吐いて、僕たちの方へ逃げてくる。お前それでいいのか。
「おのれ……おのれおのれ!」
剣を取り返されてよほど腹が立ったのか、テレサちゃんは地団太を踏み始めた。
「どうしてお前たちはそこまでしてオレの邪魔をする!? この方法でしか、未来は変えられないと言っているだろうが!?」
「違うよテレサ。私は魔王にも負けないし、テレサだって傷つけたりしない。誰も犠牲にならない未来を作り出す!」
「誰も犠牲にならない未来、だと……?」
実際に未来を見てきたテレサちゃんからしたらおかしな話だろう。しかし、アリシアさんは本気だ。彼女の真剣なまなざしを見て、テレサちゃんは。
「いいだろう……だったらまずは、このオレを倒すことだな!」
短刀を抜き、アリシアさんの方へ向ける。
このままだと前回と同じで僕は二人の戦いを目視することができないわけだけど。
「待たせたわね」
ナイスタイミング。ちょうどよく河原に姿を見せたのは、バランスボールからすっかり元通りの体形になったマツリさんだった。
「頼まれていたもの、完成したわ」
「本当ですか! さすがマツリさん!」
マツリさんはゴーグルのような機械を懐から取り出し、僕に手渡す。
「ユート、それなんだ? 今から河原で泳ぐのか?」
「そんなわけないだろ。このマシーンは、素早く動くものをスローモーションで見ることができるようになる機能があるんだよ!」
僕は早速、ゴーグルを装着した。
アリシアさんとテレサちゃんの戦いが始まる。




