38話前半 アリシアさんは『鮮度』が命!
「アリシアさん……ここまでよく頑張りましたね」
「ユート君?」
ギルドのいつもの席。僕の言葉に、アリシアさんは頭にクエスチョンマークを浮かべる。
というのも、トレーニングは今日で終了なのだ。もはや彼女にこれ以上やってもらうことはない。本当によく頑張ったと思う。
「なんか長かったような短かったような……私、前よりも強くなれたかな?」
「ええ。確実に強くなってますよ。今日は最後の仕上げをしましょうか」
ワックの体験会やくじ引きなどの過酷なトレーニングを続け、アリシアさんはよく耐えてきた。そのぶん成長はしているはずだ。
「それじゃ、最後のトレーニングです。今回も厳しいですから、気持ちを引き締めてくださいね!」
「はい! よろしくお願いします! ちなみにトレーニングの内容は?」
「今回鍛えるのは、『バリエーション』です!」
しえ寿司。シエラニアで一番人気のお寿司屋さんだ。もはやポピュラーすぎて説明はいらないだろう。今日はここでトレーニングを行う。
「今日はお寿司屋さんかあ。お寿司ってなんか高いイメージあるよね。お小遣い足りるかなあ」
「いいえ。アリシアさんはお高いお寿司をこれまで食べてきたのかもしれませんが、このお店は違いますよ。誰でも楽しめるようになっているんです」
そして、それこそが『バリエーション』とも関わってくるのだ。
とにかく中に入ってみよう。扉を開け、入店してみると。
「いらっしゃいませッ!」
そんな気がしていた。頭にねじりはちまきをしたマッチョが僕たちを待ち構えていたのだ。この人、ワックとノーソンとしえ寿司のバイト掛け持ちしてるのか? だいぶ仕事熱心な人だな。
「カウンター席かテーブル席、どちらにいたしますかッ!?」
「カウンター席でお願いします」
「カウンター席二名様入りますッッ!!」
マッチョな店員さんに案内され、カウンター席へ。お昼どきだからか、夕飯時よりお客さんは少なめだ。
「ご注文の際はこちらのタブレットを操作してくださいッ!」
タブレット……? なんだこれ。またマツリさんが開発した機械か何かかな。周りを見渡すと、どの席にもこれが標準装備されており、お客さんは恐る恐る操作しているという感じだ。
『メニューをお選びください』
「うわっ! 板切れが喋ったよ!?」
これには僕も驚いた。タブレットと呼ばれるその機械が喋ったのだ。まるでゲーム機や、この前マツリさんの研究所に行った時に見た『SENTENSE GRIDGH』のようだ。すごい技術力。
「あ! 見て見て! タブレットの画面をタッチしてみたらお寿司が選べるよ!」
アリシアさんが画面に触れるたび、ピッピッと音が鳴って画面が切り替わる。なるほど、これでお寿司を選んで注文をしろということか。
「アリシアさんは何か注文したいものはあるんですか?」
「私はまずはマグロを食べたいかな。いい部位だと結構するけど、いくらくらいなんだろう?」
「驚かないでくださいよ……なんと2貫で100ギルです」
「2貫で100ギル!?」
あまりの破格にアリシアさんは声を上げる。そう、しえ寿司はファミリー向けのお寿司屋さんだから価格が安い。注文すればすぐに出てくるし、たくさん食べられる。そんなわけで気兼ねなく注文が出来るのだ。
「1貫300ギルくらいするのかと思ってたよ。じゃあいつもの6倍は食べられるね!」
「そのくだり前もやりましたし、絶対やめた方がいいですよ……」
アリシアさんのパワー系の発想はこのトレーニングを通じても治らなかったな。
タブレットの操作に慣れてきたのか、上機嫌でページを切り替えるアリシアさん。すると、あるページで不思議そうな顔をした。
「んん……? これは……『ハンバーグ』? お寿司屋さんにハンバーグ……?」
おっと、気付いたみたいだ。これこそが今回のトレーニングの目玉、『バリエーション』の正体だ。
「そうなんですアリシアさん。しえ寿司には創作寿司があるんですよ」
「創作寿司?」
寿司と聞くと海鮮系をイメージする人がほとんどだろう。しかしこのお店にそんな常識は通用しない。ハンバーグやハムなど、海鮮以外のお寿司も取り扱われているのだ。っていうか、茶わん蒸しやラーメンなど寿司に関係ないものもメニューに入っている。このフリーダムな感じがたまらないぜ!
「すごい! なんでも頼めるね! えーと、ハマチ、中トロ、ハンバーグ……」
しえ寿司の凄いところを知ってしまったアリシアさんは止まらない。タブレットを操作し、次々に注文を始める。
「これは凄いね! たくさんの種類のお寿司があると注文するのも楽しいし、味にも飽きないよ!」
「それがバリエーションの凄さですね。やはり技にも多様性があったほうが戦いにおいても有利に運べますからね」
「なるほどねえ……次はユート君も注文しなよ!」
アリシアさんは注文を終えて、タブレットをこちらへ渡す。ちょっと使ってみたかったんだよね。僕はさっそく画面をタッチして操作をする。
……パフェ、イワナ、っと。注文を完了し、タブレットを元あった場所に戻すと。
「え、ちょっと待って! ユート君、何か来るよ!」
アリシアさんが何かに気付く。その時、ガラガラガラ、という音と共に、僕たちの席の前に何かが現れる。
「オシナモノヲ、オモチシマシタ」
それは、馬車だった。正確には、馬車の絵が描かれたトレーだろうか。列になったカウンター席のレーンに乗って、寿司が届けられたのだ。
「これは何?」
「注文したお寿司を持ってきてくれたんですよ。元々このレーンはお寿司が回転していたんですが、鮮度が落ちてしまうから、代わりにこの馬車のトレーが移動するようになったんです」
何年か前までは『回転ずし』という名前で、レーンの上を延々と寿司が回っていたものだ。店員さんに注文する方が効率がいいから廃止になったわけで、それをアリシアさんが知る由もないが。
それにしても、このタブレットという機械と、馬車のシステムはかなり相性がいいんじゃないだろうか。これならわざわざ店員さんが注文を取る必要もないし、便利だ。
「さ、早めに商品を取っちゃいましょう。皿を回収したら馬車は厨房に戻っていきますから」
「へー、働きものなんだね! たまには休憩取ってね?」
アリシアさんは馬車に労いの言葉をかける。残念ながら馬車が休むことはないだろう。なんたってアリシアさんが注文しまくるから。
その時、タブレットが発光し、注文ページだった画面が切り替わる。
『お寿司を10皿注文されたので、抽選を始めます!』
抽選? またなんか始まるのか。想定外の展開に、僕は首を傾げた。




