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34話後半 マツリさんは『筋肉』が命!

「ユートさん、このマシンはなんですか?」


「これはラットプルダウンです。背中の筋肉を付けるマシンですね」


「なんだか空を飛べそうなマシンですね!」


 ロゼさんは手を広げて空を飛ぶようなしぐさをする。


「ユートさん、こっちはどうですか?」


「これはチェストプレスです。胸の筋肉を付けるマシンです」


「胸ですか……ボクには縁がなさそうなマシンですね」


 全然そんなことはないと思う。多分この人は何か勘違いしているんだろう。


「ユートさん、ちなみにこれはなんですか?」


 次にロゼさんが指した方を見てみると。


「お嬢ちゃん! フォームがちょっとおかしいんじゃないのか~?」


「えー、そうなんですか?」


「そうそう。ベンチプレスはもっと胸を張らないと、大胸筋に効かないぞ~? 俺、筋トレ歴30年だからなんでもわかるからさ~」


 アリシアさんが変なおっさんに絡まれていた。


「あれは女の子を狙って急にフォームの指導をしてくるおっさんです。筋トレを始めたての若者に近づいて、聞いてもいないレクチャーを始めるんです。しかも自分よりマッチョな奴がいると無言で距離を取ります」


「うわあ……あれは注意したほうがいいかもしれませんね」


「大丈夫ですよ。見ててください」


 アリシアさんはおっさんの言うことを聞くと。


「わかりました! じゃあ次は胸を張ってやってみますね!」


「そうそう。初心者のうちは軽めの重量にするか、重り無しでやるんだぞ。俺の言うことを聞いていれば筋肉がつくから……」


「軽めでいいんですか! じゃあ試しに550キロにしてみます!」


「そうそうそのくらいで…………550キロ!?」


 アリシアさんの言葉に、おっさんが目を剥く。彼女はラックに掛けられた重りを次から次へとバーベルに装着し、ベンチに倒れこむと。


「よーし! エントリーナンバー1、アリシア行きます!」


「ま、待て! 550キロは重過ぎるって! 55キロでも重いんだぞ!?」


 おっさんは慌ててアリシアさんを止めようとするが。


「よいしょっと」


 アリシアさんはそんなことは気にせず、楽々バーベルを持ち上げる。


「う、嘘だ……俺は幻覚を見てるのか!?」


 残念だが幻覚ではない。正真正銘のパワーだ。圧倒的な。


 しかし、驚くのはまだ早い。僕の予想ではこの後……。


「あれ、これそんなに重くないなあ。片手でも(・・・・)いけるんじゃない?」


「か、片手ェ!?」


 アリシアさんはバーベルを持つ位置を調整し、左手を離す。右手だけで550キロのバーベルを持ち上げているのだ。しかも寝た状態で。


「よーし! 30レップ()行こうか!」


 アリシアさんは軽々とバーベルを上げ下げする。おっさんはその状態を放心状態で見つめて。


「は、はは……じゃあ俺はこれでー!!」


 走って逃げて行ってしまった。


「あのおじさん、行っちゃいましたね」


「さすがに相手が悪すぎましたよ」


 僕とロゼさんは、笑っておじさんの背中を見つめたのだった。



 ボブ・テラーノ。54歳。職業は会社員。趣味はジム通い。彼はその日のことをこう語る。


「未だに信じられないよ。あんな細い子が自分の体重の十倍はあるバーベルを持ち上げてるんだもん」


 彼は言う。金髪碧眼の少女が、550キロのバーベルでベンチプレスをしていたということを。


 当然、そんな話は眉唾だ。ベンチプレスの平均的な記録は、65キロの平均的な体重の男性でも40キロ。つまり自分の体重の60%を持ち上げられるのが一般であるからだ。


 しかしボブは目撃したのだ。その重量、自重の1000%ッッッ!! 550キロのバーベルを持ち上げる少女をッッッ!!


「手品でも見ているのかと思ったよ。その日は夢に見たほどだ。550キロのバーベルに押しつぶされて息が出来なくなる夢を……」


 ボブは身震いをして、さらに語った。


「いや……それだけじゃない。あろうことか、その子はそれを片手で持ち始めたんだ」


 ベンチプレスを片手で行う……一度でもベンチプレスをしたことがある人間なら、それはおかしいとわかるだろうッッ! 通常、それは両手で行う種目だ。ましてや、550キロのバーベルを片手で持ち上げられる人間など、存在しない。


「それでも俺は見たんだ……世界の広さを感じたよ。もう二度と女の子に声なんてかけてやるかと思ったね。あれはまるで……」


 ――“大地”のようだった。この世に生きる全てを支え、平然としているッッ!! それを大地と表現せずに、なんと言うべきなのかッッ!!


「きっとああいう存在は、俺とは関わりがあるべきじゃないんだよなあ。どんなものにも負けない、そんな気迫を感じたぜ」


 ボブはその言葉で、”少女”についての話を終えた。


 のちにそのことが裏の実力者たちに伝わり、世界最強を決めるトーナメントが生まれるきっかけとなるのだが……それはまた別の話。



「ふー、いい運動になりましたね!」


 なんか僕が知らない謎の時間があった気がするけど、気のせいだよね。だって僕たちは一時間のワークアウトを終わらせてジムから出たところだもん。


 結局みんなで筋トレをして、いい汗を流したのでさっぱりとしたぞ。ロゼさんはもちろん、マツリさんもコロコロ転がって気持ちよさそうにしている。


 しかし、そんな中アリシアさんだけは浮かない顔をして歩いている。


「まさかバーベルが折れるなんて……」


「調子に乗って重りをつけまくるからですよ。950キロあたりからミシミシいってましたもん」


 アリシアさんが『限界に挑みたい』と言い始め、ベンチプレスで記録に挑戦していたわけだが……まさかバーベルの方に限界が来てしまうとは。まるでマッチが折れるようにして鉄製のバーベルがへし折れたのだ。セーフティバーをしていなかったらアリシアさんは下敷きだったぞ。


「弁償でしたっけ? 頑張ってくださいね」


「うう……もうお小遣いがないよ……っていうか、バーベルに耐久性がなすぎると思うんだ!!」


 そりゃ1トン近くなんて想定してないからね。悪いのは完全にアリシアさんだ。


「さて、ロゼさん。マツリさんに外食を食べさせるのもいいですけど、控えてくださいね?」


「そうですね。さすがに今回の一件で反省しました。ボクも料理の勉強を始めることにしましたよ!」


 ロゼさんはグッと拳を握り、強く意気込んだ。


「マツリさん、今晩の夕食は僕が作ります! 何がいいですか?」


「運動した後はタンパク質が摂りたいわね。鶏肉の料理がいいかしら」


「わかりました! 夕食は鶏むね肉の刺身にしましょう!」


 ……これは僕が作ったほうがいいのかな。なんで僕の周りには料理ができない人しかいないんだろう。本当に。切実に。

※ジムで聞かれてないのにトレーニングについて解説をするのはやめましょう

※バーベルを破壊するのはやめましょう

※鶏肉を生で食べるのはやめましょう


自分の体の状態と相談して、素敵なフィットネスライフを送りましょう!

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