34話前半 アリシアさんは『運』が命!
「ユート君、メロンパンってなんでメロン味じゃないのにメロンパンなんだろうね」
「形がメロンっていうだけで、味は関係ないんです。他にも『メレンゲ』がなまってメロンになった説がありますね」
「へー。人は見かけが9割なのかもしれないね!」
アリシアさんはメロンパンの袋を開け、一口頬張る。
「ん~! メロン味じゃなくても、美味しいからオッケーです!」
外はサクサク、内はもっちりとしたメロンパンを頬張り、幸せそうな表情。バターの匂いがこちらまで漂ってくる。ただの惣菜パンなのに、この人は本当に美味しそうに食べるなあ。もしゃもしゃと口の中でパンを咀嚼する様子がウサギみたいだ。
「ところでユート君。今日のトレーニングはなんなの?」
「今日は『運』のトレーニングを行います」
勝負とは実力のぶつかり合い。そこに偶然性はなく、あるのは結果のみ。それこそが戦いの常……と思われがちである。しかし実際はそうではない。歴史上、『たまたま』の出来事が勝負をわけることはたびたび起きてきた。たまたま風が吹いただけで一気に逆転することだってあるくらいだ。
勝負に勝ちたいのであれば、運を味方にすることはもはや絶対条件と言っても過言ではない。そして、運を味方に付けるには、日ごろからそれを訓練しなければいけない。そう思ったのだ。
「なるほどね。運の重要さはわかったよ。でもさあここ……コンビニだよね?」
そう。僕とアリシアさんはコンビニにいる。初パターンだ。ギルドのいつもの席ではない。コンビニのイートインスペースで、買った惣菜パンを食べながらお喋りしているのだ。
コンビニ『ノーソン』。どんなものでもお手軽に手に入れることが出来る、ないものはない、という意味を込められたお店。僕たちはノーソン集合でトレーニングを始めることに決めていた。
外は暑く、とてもじゃないが食事をとる気にもならない。立っているだけで汗はダラダラ流れてくるし、今の時代、走り込みとか滝行とか、室内で出来ないトレーニングなんてはっきり言って時代遅れだ。一方でコンビニ店内は涼しくてかなり快適。今日のトレーニングにはもってこい。
アリシアさんはコンビニで運のトレーニングをするということに疑問を持っているらしい。たしかにこの二つは一見すると関係ないように感じるかもしれない。でも、実は大いに関係があることなのだ。
「今日はアリシアさんにコレに挑戦してもらいます」
僕はイートインスペースの机に貼られた広告をトントンと指で叩いた。
「これは……『500ギルくじ』?」
500ギルくじとは。その名のとおり1回500ギルで引くことができるくじのことだ。景品は大人気の漫画や、実在のアイドルに関連するグッズなど多岐にわたる。人気のコンテンツがテーマのくじが発売になった時は、それを求めたファンたちで行列ができるくらいだ。『シエラルシスターズ☆』がテーマの時に、ダースが何回も何回も引いていたのを覚えている。
抽選するのも簡単で、棚に置かれたカードを手に取って、レジに持って行ってお会計をするだけ。商品は1等から6等まであり、どれが当たっても嬉しいのが特徴だ。
「なるほど。今回はくじ引きだね。景品はなんなの?」
「『コンパクトモンスター』関連のグッズです。グッズは僕が欲しいので、お金は僕が出しますね」
国民的ゲーム、『コンパクトモンスター』。可愛いモンスターたちを使役してバトルをする、誰もが一度はやったことがあるゲームだ。実はソフトを開発したのはマツリさんのお父さんだったという裏話がある。
「1等は人気キャラクター『スラぼん』のぬいぐるみです。アリシアさんの目標はあれです」
「ええー、なんかスライムみたいなキャラだね……私は5等のマグカップの方がいいかな……」
アリシアさんの言う通り、スラぼんはスライムをモチーフにしたキャラだ。そもそもスライムに人気があるんだから、可愛くないわけがない。アリシアさんが特殊なだけで、スラぼんが嫌いな人なんてほとんどいないだろう。
アリシアさんはあからさまに嫌そうな顔をする。やめてくれ、僕が間違ってるみたいじゃないか。
「とにかく、一回引いてみましょう。と言っても一回で当たるタイプのくじじゃないんですけど」
「いやいや! 今回は一発で当たる気がするよ!」
でたよ。また根拠のない自信。スピードと運をトレーニングしているが、一番にやるべきなのは根拠のない自信をつぶすことだったんじゃないだろうかと悔やむほどだ。
「よし、5等が出ますように、5等が出ますように……」
せめて1等を狙ってくれ。すでに嫌な予感がビンビンしているが、アリシアさんは一片の不安も感じていない様子だ。棚に置かれているくじのカードを取って、レジに持っていく。
「くじ三回お願いしますっ!」
「かしこまりましたッ!」
店員さんにお金を払うと……って、この店員さんどこかで見たことあるな。このマッチョな人、もしかしてワックの店員さんじゃないのか? なぜノーソンにも?
そんな疑問もよそに、店員さんの手からアリシアさんの前に白い箱が出される。くじが入った箱だ。天面に穴が空いていて、そこに手を突っ込んでくじをひくのだ。
「よーし! 勇者くじ引き、いきますか!」
アリシアさんはくじを引く前に、手をわちゃわちゃと動かし、不思議なルーティーン運動を始める。子供の時にじゃんけんの前にやってたやつだ。それで結果が変わるかと言うと、絶対にそんなわけがない。
彼女は謎の運動を終えると、普通に箱に手を突っ込む。くじの形に違いはないのに、ガサガサと箱の中を精査し、十秒ほどしてその中から一つを選ぶ。
「これ! これは当たってる気がする!」
「はいはい……誰だってそう思うものですよ。とりあえず開けてから言ってください」
「信じてないでしょ! これが当たってたらしっぺだからね!」
僕の言葉にムッとしたのか、アリシアさんは頬を膨らせてしっぺの動作をする。
アリシアさんのしっぺを食らったら僕の腕が引きちぎれる自信があるが、ぶっちゃけ全然怖くない。500ギルくじの1等はそんな簡単にでるものじゃないのだ。ましてや普段からポンコツな彼女に1等なんて引けるはずがない。しっぺなんて恐れるに足りないぞ!
「では、オープンします! こい5等!」
アリシアさんは三角形のくじをペリッと開く。中に何が書かれているのかを覗き込んで見ると。
『1等』……。
「おめでとうございまーすッ!」
店員さんが卓上ベルを鳴らして祝福する。一発で1等を当てた……だと!?
「う、嘘だ! あのアリシアさんがこんなあっさりと……!!」
まてよ。アリシアさんは5等を狙ってくじを引いていた。1等は狙っていない。……ということは、これはまさか!!
物欲センサー!?
「ユート君、さっき言ったこと、覚えてる?」
1等の衝撃に打ち震えていると、アリシアさんがポンと僕の肩を掴んだ。
「あ、あははは……まさか本当に1等を当てるなんて……凄いですね!」
「1等だったらしっぺ、してもいいんだよね?」
……冗談だよね。まさか本当にしっぺなんて、しないよね……?
「ユート君、歯を食いしばってね……!」
アリシアさんは不気味な笑顔で僕の手首をつかみ、もう片方の手をしっぺの形に変えて……。
「あああああああああああ!!!!」




