32話中盤 テレサちゃんは未来から来た!
「お前とここで手合わせをする。剣を抜け、アリシア」
短刀の切っ先をアリシアさんに向けるテレサちゃん。空気が一気に緊迫する。
「ど、どうしたのテレサ? ハサミを渡すときは刃のほうを相手に向けちゃ駄目なんだよ……?」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ! ガッツリ敵意向けられてますから!」
テレサちゃんの体から肌を刺すような殺気を感じる。目が怖い。混じり気のない本気だ。
「そんな! さっきまで『アリシアさんの死を回避するのが目的』って言ってたのに! どうしてアリシアさんに刃を向けるの!?」
「簡単な話だ。アリシアが魔王に殺されないために、貴様から剣を奪う」
テレサちゃんはさも当然のように答える。うわっ、守るってそういう感じなのかよ! 確かに今もテレサちゃんの目は鋭いままなんだから、何か別の意図があると思うべきだった! 安心してた僕が馬鹿みたいだ!
「さあ剣を抜けアリシア!」
「ま、待ってよ! 一度落ち着いて話し合うべきだと思うよ!」
「そっちからこないならオレから行く!」
あたふたとするアリシアさんに構うことなく、テレサちゃんは目にも止まらぬ速さで短刀を薙ぎ払う。
「……外したか」
テレサちゃんはチッ、と舌打ちをする。一方のアリシアさんは一瞬のうちに後ろに跳ねて攻撃を避けたようで、両手剣を引き抜いてテレサちゃんを見ていた。
今朝から『ゴミ拾いに剣はいらないですよ』と何度か注意したわけだが、まさかこんな形で活用する場面が来るとは。
「テレサ……本気なんだね」
「当たり前だろう。オレはお前を倒し、世界を救う……!」
「私から剣を奪わなくても、他に方法があると思うよ。どうしても戦わなくちゃいけないの?」
「……その剣があったから、貴様は魔王に戦いを挑んだんだ。オレはそれを止めなくてはならない!」
「そっか……だったら……私がテレサを止める!!」
アリシアさんが剣の切っ先をテレサちゃんに向ける。河原に静かな風が吹き、両者の間に重い空気が流れる。
「「はあっ!」」
掛け声を合図にするように、相対した二人は思いきり地面を蹴り、ぶつかり合う。二人が動いたのが見えないどころか、両者の激突はまるで突風。僕は思わず顔を覆った。
勝負が始まった。ついに未来から来たテレサちゃんとアリシアさんの戦いが始まってしまった。いったいどっちの方が強いのか。そして、今何が起こっているのか。それを確認するために僕は目を凝らした。
……しかし。僕が二人の勝負を表現するとしたら。
キンキンキンキンキン!
だ。それ以外に僕はこの戦いを表現する術を知らない。
だって見えないんだもん。アリシアさんとテレサちゃんが剣で戦っているのはわかる。二人が高速で動いているのはわかるからだ。でも、それが全く見えない。剣と短刀とがぶつかり合う金属音は聞こえるが、それ以外はまったくわからない。
まずいまずいまずい……キンキンキンはまずいって!
なにがまずいのかは自分でもわからないが、なんだかこれではまずい気がする!
「坊主! これはどういう状況だ!?」
その時、ギルバートさんが騒ぎを聞いてか、駆けつけてきた。その後ろにはリサとダースもいる。二人もゴミ拾いに参加していたのだろう。
「大変なんだ! 未来から来たテレサちゃんがアリシアさんと戦ってるんだ!」
「未来から来た……ユート、アンタ何言ってるの?」
「そういう説明は後! とにかく二人が戦いを始めちゃったんだ!」
両者の戦いは激しさを増し、二人を中心に突風が吹いている。もはや竜巻だ。相変わらず僕は二人の姿を見ることができない。
「まったく。ここは昨日大活躍だった天才の私がパパっと仲裁するところね! こらー! 二人ともー!」
「待てリサ! あそこに入ったら一瞬で死ぬぞ!?」
ギルバートさんがリサの服の襟をつかむ。まるで親猫が子猫を運ぶ時のようだ。
「ちょっと! 何すんのよ!」
「ロリっ子! 今はギルバートさんの言うこと聞いとけ! あれはどう考えてもお前じゃ太刀打ちできねえって!」
ダースも素人ながらに戦いのすさまじさを理解できるらしく、慌ててリサを止める。今のアリシアさんたちの戦いはまるで怪獣バトルだ。
「三人とも、今どんな状況か見える?」
「全然見えないわよ。キンキンキン! って感じだけど」
「キンキンキンじゃ駄目なんだ!」
リサも状況を目で追うことができないらしく、緊張感のない表情をしている。
「おいユート! なんでお前が慌ててるんだよ!」
「このままじゃキンキンキンしか言うことが無くなっちゃうんだよ! 誰かこの戦いの状況を言葉で表さなきゃ! 『太刀筋が〜』とか!」
「坊主? なんでキンキンキンじゃ駄目なんだ?」
ダースもギルバートさんも不思議そうに聞く。
なんかわからないけど……キンキンキンじゃマズい気がするんだよ!!!
「あ、見て! 勝負が動いてるわ!」
リサがアリシアさんたちの方を指さして声を上げる。しまった! キンキンキンの話をしてる間に!
視線をそっちに向けると、アリシアさんが片膝をついて、テレサちゃんがその前に立っている。
「終わりのようだな」
「そ、そんな……私が、負けるなんて……!」
アリシアさんは肩で息をしており、かなり追い詰められている様子だ。まさかあの最強無敵のアリシアさんが押されているのか……?
「その剣をよこせ」
テレサちゃんは素早くアリシアさんの方へ近づき、力づくで手ずから両手剣を奪う。アリシアさんはそれを取り返そうと手を伸ばすが、届くことはない。
「お願い、その剣を返して! その剣は勇者にしか扱えないものなの!」
「知っている。だからこの剣がなければ貴様は魔王と戦うことがなくなる。そうだろう?」
アリシアさんの両手剣を手に、テレサちゃんはアリシアさんに背を向けて歩き出した。
「姉御~~~!!」
その時。僕の隣からマヌケな声がした。
ダースだった。彼は手を揉みながら、スッとテレサちゃんの横に立って。
「いやー、最高でしたよ姉御! さっきの剣捌き! 俺惚れちゃいましたね~~」
「姉御、というのはオレのことか?」
「何を言ってるんですか、俺が姉御だと慕う人なんてこの世に一人しかいないですよ!」
こいつ……あからさまに媚びてやがる!!
まさかとは思うが、僕たちを裏切ってテレサちゃんに取り入ろうとしてるのか? 虎の威を借る狐という言葉もある。ダースのことだから今後威張れるように、強い方に乗り換えたな!?
「おいクズーーー!! お前裏切るのかよ!!」
「うるせえよロリが!! 勇者が勝つんじゃなくて、勝った方が勇者なんだよ! 俺はオワコンは見限る主義なんでな!」
ダースはめちゃくちゃなことを言い、リサを指さす。
「オレは別に、お前に味方されるつもりはないが?」
「またまた姉御ぉ、ご冗談をっ! こっちの世界に来て、買い物とか大変じゃないですか! お金は? 住む場所は? 俺ならそれを用意できますよ?」
「……確かに。いいだろう。オレにはこれから一年間、アリシアを魔王から守る仕事があるからな。その間、お前を世話係にしてやる」
「ありがたきお言葉っ!!!」
ダースは深々と頭を下げる。完全に飼い犬だ。まさかこんな簡単に手のひらを返してくるとは……僕も予想外だ。
「ダース、本当に僕たちを裏切るんだな?」
「ああ。俺はこれから、姉御と一緒にアリシアさんを監視して世界を守ることにしたぜ! ユート、お前ならわかるだろ? 俺の生き方は『強いやつには媚びとく!』だぜ!」
「……お前の言いたいことはよくわかったよ」
僕の答えを聞いて、ダースは揉み手を再開する。テレサちゃんの横を歩き、僕たちに背を向けて歩き出したのだった。
僕はアリシアさんに駆け寄りつつ、そんな二人の背中をじっと見ていた。




