3話後半 アリシアさんはスライムが苦手?
「スライムを構成する要素って、ドロドロだけじゃないですよね?」
「どういうこと?」
僕はバッグの中に入れていたノートを開き、ペンで書き出す。
「いいですか。スライムの特徴って『ドロドロのゲル状の体』、『つぶらな瞳』、『ハムスターみたいな鳴き声』の三つに分かれますよね」
ふむふむ、とアリシアさんは頷く。
「ドロドロはスライムのものしか驚かなかったわけですけど、残り二つの『つぶらな瞳』と『ハムスターのような鳴き声』だったら……」
「そっか! もしかしたらスライムじゃなくても驚くかもしれない!」
つまりこれは実験だ。もしスライム以外の『つぶらな瞳』と『ハムスターのような鳴き声』を持つ生き物を前にして、アリシアさんが腰を抜かしてしまったら、彼女はスライムそのものが苦手ということでは無くなる!
だからなんだ? という感じだが、さっきアリシアさんがスライムを探知する能力を見てしまったので、確かめたいという気持ちを抑えられない。
「アリシアさん、今すぐ行きましょう!」
「行くってどこへ?」
「動物園です!」
*
シエラニア動物園。僕たちが暮らす街に唯一ある動物園で、大きなゲートにはでかでかと笑顔の動物たちが描かれている。子供から大人まで、幅広い世代に人気のスポットだ。
「ユート君、動物園なんて来ちゃって、これからどうするの?」
「この動物園にある『うさハムゾーン』っていう場所に行くんです」
「うさハムゾーン?」
「うさぎとハムスターと触れ合える場所です。ここなら『つぶらな瞳』と『ハムスターのような鳴き声』の二つを同時に検証……」
「うわ~っ! なにその天国! 暴力的! 私早く行ってみたい!」
目をキラキラと輝かせ、ウットリとした表情を浮かべるアリシアさん。
あれ……これ既に作戦失敗してるっぽくない?
子供のようにワクワクしている彼女が、うさぎのつぶらな瞳を見て腰を抜かす未来が見えない。
やっぱりアリシアさんはスライムにしか驚かないんじゃないのか?
「さあユート君! 早く中に入ろうよ!」
「ああ、ちょっと! 引っ張らないでください!」
アリシアさんに手を引かれ、僕たちは券売所に行き、二枚の入場券を購入した。
「見てユート君! 既に動物さんで溢れかえってるよ!」
ゲートをくぐり、動物園内に入る。人はそれほど多くなく、動物のコーナーにまばらに人が集まっている。
「観光もいいですけど、目的を忘れないでくださいよ?」
「わかってるよー! うさぎとハムスターをモフりに行くんでしょ?」
「違います。スライムが嫌いなのかの検証に行くんです」
「わ、わかってるってー! やだなー!」
あ、これわかってないな。普通に動物を愛でに来てるな。
「あ! うさハムゾーンはあっちみたいだよ! 行こうユート君!」
アリシアさんは嬉々として道に立っている『うさハムゾーンは右』と書かれた看板を指さす。
僕たちは看板の指示に従い、道なりに五分ほど歩く。
「キュ?」
「かーーーわーーーいーーー!!」
ケージに顔を近づけるアリシアさん。格子の中からくりくりとした目でハムスターたちが彼女を見つめる。
うさハムゾーン。動物園内に建てられた屋内施設であるここには、ハムスターがケージに、ウサギが柵の中に入れられて飼われている。
「ユート君見てくださいこの子! 口の中が食べ物でいっぱいですよ!」
餌を頬袋にため込んでまんまるになったハムスターを指さし、アリシアさんは嬉しそうにリポートをする。彼女のテンションメーターはここに来てマックスになっているようだ。
「ようこそうさハムゾーンへ! 触れ合ってみますか?」
「「はい!」」
飼育員のお姉さんに言われ、僕たちはハムスターと触れ合うことに。
「キュ?」
手のひらサイズの小さなハムスター。アプリコット色の体毛はつやつやとしていて、よく毛づくろいされている。
「ユート君、どうやって手に乗せればいいんだろう?」
「まずはハムスターに手のひらを近づけて、乗ってくれるのを待つんです」
普通のハムスターだったらできないだろうけど、ここの子たちは人なれしているから。そう言っているうちに、僕の手のひらに一匹、ハムスターが乗ってくる。口をモゴモゴと動かしていて、熱を感じる。
「乗ってきたら、毛並みに沿って撫でてあげて……」
「わあ~!」
「キュ~」
優しく撫でてあげると、ハムスターはうっとりとした表情になる。僕の手に完全に体をゆだねており、このまま寝てしまいそうだ。
「ユート君ってなんでもできちゃうよね」
「器用貧乏なだけですよ。ほら、アリシアさんもやってみてみましょう」
「うん! わかった!」
僕が言ったようにアリシアさんも手のひらをハムスターに近づけていくと。
「キュ!」
「うわっ! ユート君、ハムが乗って来たよ!」
「お腹は触らないように、高いところに動かさないで、優しく撫でてあげてください」
「う、うん!」
アリシアさんは恐る恐る、ハムスターの体を人差し指で撫でてあげる。
「キュ~」
ハムスターはうっとりとして、嬉しそうな鳴き声を出す。
「やった! できたよ!」
「おめでとうございます!」
手乗りハムスターに成功したアリシアさんはあまりの嬉しさに小躍りしている。初々しく喜んでいる彼女に、思わず頬が緩む。
「ユート君! 次はウサギも抱っこしてみようよ!」
「やってみましょう!」
結局僕たちは、日が暮れるまで動物園を満喫したのだった。
*
動物園の入り口にて。赤髪の少女が一人立っていた。
黒いとんがり帽子、真っ黒なマント。それらの服装はまるで魔女のようである。
「待ってなさいアリシア……いや、私の好敵手!」
おまけ
ユート「僕たち動物園に何しに来たんでしたっけ?」
アリシア「さあ?」




