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31話後半 やっぱりみんな花火大会が好き!

「あーあ、なんだかなあ」


 浴衣姿の私は、一人で花火を眺めて、喉にぬるくなったラムネを流し込む。


 消火活動が終わって、花火大会を見ることができて、私的にはめでたしめでたしって感じなんだけど……どうにもスイッチが入らない。


 炭酸が抜けたこのラムネみたいな気分だ。燃え尽きているんだろうか。気が乗らなくて、結局アリシアと別行動で花火を見てしまっている。


 久しぶりに着た真っ赤な浴衣。白い部分が相まって金魚みたいな色をしているのが可愛くて、これを着て花火を見るのが楽しみだったつもりなんだけど。


 一件落着で終わったはずなのに、どうにも花火を楽しむ気持ちになれない。今日は色々あって疲れているから、仕方ないのかなあ。もう少しギルバートが上げた花火を見たら、帰って早めに寝ようか……


「げっ、ロリっ子……」


 今日何度目かのため息をつこうとしたその時、耳障りな声が聞こえてくる。わかってはいたがキモ男だった。いっちょ前に紺色の浴衣を着て、虎の尾でも踏んだような顔をしている。何回こいつに会うのよ。本当に面倒。


「……なによ」


「いや、俺はたまたま通りかかっただけなんだけどな? ロゼに一緒に屋台を回らないかって言われててな」


 ふーん。あの子と遊びに行くのか。こんな髭面と一緒に花火大会だなんて、ロゼは奇特な子だなと思う。それにしてもこいつ、なんか嬉しそうな顔しやがって……ムカつく!


「おりゃあ! 天才パンチ!」


「ぶべらっ!!」


 本日二回目、マヌケ面にパンチをする。キモ男は少しよろけた後、殴られた頬を抑える。


「なにすんだよ!」


「今日最初に会った時に私のこと貧乳って言った。その分のパンチ」


「お、俺そんなこと言ったっけな~?」


 視線を逸らし、誤魔化すように笑うキモ男。本当にこいつは……もう一発殴ってやろうかな。


「……っていうか! お前が俺を殴るのは二回目だろ! フェアじゃねえぞ!」


「いちいち女々しいわね。そんなことを言ってるからモテないのよ」


「はい出ました、非モテでマウント取ってくるやつぅ〜! モテないって言えば勝てると思ってるんですかぁ~?」


「うるさい! クズ! ヒゲ! 酒カス!」


「笑止! 前科者に何言われても何も感じませんわ。俺は確かにクズかもしれないけど、一度だって罪は犯してねえ。お前は法の一線を越えてるんだよ!」


 こ、こいつ! 私がゲーセンの機械を壊したのをどこで聞きつけた!? アリシアか、ユートか!? 


 ああもうムカつく! なんでこんなクズに言い負かされなきゃいけないのよ! 人が色々考えてるっていうのに!


「で、お前はなんで一人で花火なんか見てるんだよ。とうとうアリシアさんたちにも愛想をつかされたか?」


「うっさい。今日のVIPの私が愛想を尽かされるわけないじゃない。なんか気分じゃないだけ」


「VIPじゃなくてMVPな。間違ってるのはさておき、お前なかなか活躍したって聞くぜ? 何をそんなに暗い顔してんだよ」


 思いあたることはある。でもそんなことをこいつに話す義理はない。っていうかさっさとどっかに行ってほしい。


「わかったぞ! 俺に貧乳って言われたのを気にしてるんだろ! お前なあ、そんなことを気にしてたら人生楽しくねえぞ?」


 ムカッ!!!


「違う! ちょっと不安なだけ!!」


「不安?」


 ……あれ、私今なんて言った? もしかしてこいつに話しちゃった?


 勢いで言っちゃったじゃんか! もうこうなればヤケクソだ!


「……不安なのよ。きっと。私はこれから、自分自身の言ったことと向き合い続けられるかが」


 私は最強で、誰のことも助けると豪語してきた。でも今までのそれは口だけで、私はギルバートから背を向けてきた。こんな私が努力し、自分自身と向き合うことができるのか、不安なのかもしれない。自分でもわからないけど、そんな気がする。


「今までの私は何も感じなかった。そんなこと自覚してなかったから。でもこれからは違う。自分でわかっている分、弱い自分を認められないかもしれない……」


 一度しゃべり出したら止まらなかった。ありのままの吐露。自分の気持ちを言葉にして相手に伝えるのは得意じゃなかった。でも、なぜか今日だけは言葉があふれ出るように自然に出てきた。


 キモ男はそんな私のモノローグを、静かに傾聴する。そうしたうえで、一つ頷いた。


「――なんとなく、でいいんじゃないか」


 なんとなく? と私が繰り返すと、キモ男は諭すように語り始めた。


「お前さ、考えすぎなんだよ。確かに強くあることはいいことだし、正しいことは美しく見えるかもしれない。でもな、この街を見てみろよ。どんな奴らにだって欠点もあれば、優れている点だってあるだろ?」


 さらに続ける。


「人間ってそういうものだと思うんだよ、俺もよくわかんねえけど。どこか欠けているやつらが出会って、その欠けた部分がピースみたいに合わさって、同時に自分自身というピースの特徴も見えてきたりして――俺はそれが人と人の出会いだと思うし、この街のそういうところが好きだ」


 花火を見上げながら、キモ男は気恥ずかしそうに、だけどしっかりと話した。いつもだったら聞き流すのに、なぜだろう、私はこいつの話に聞き入ってしまった。


「だからよ、貧乳なんて気にすんなよ。アリシアさんとお前で足して二で割ったら平均くらいだから。それに貧乳だって一種の要素みたいなものだろ?」


「は?」


「え、だからお前は貧乳なのが不安なんだろ? だからそんな貧乳の自分自身と向き合うことができるかどうかって……」


 せっかくいいことを言ったと思ったらこいつ!!


「何度も何度も貧乳って……言うんじゃねええええええええええ!!!」


「いてててて! つねるな! やめろ!」


「はーもう最悪。イライラしたらお腹空いてきた! キモ男、罰としてりんご飴おごりね!」


 私はふうと息をついて、屋台の方に歩き出した。


 やっぱりこいつはクズだわ。女性のことを馬鹿にしている。正真正銘の女の敵!


 まあ、でも。元気も出てきたし、話の内容だけはまともだったから。感謝してないって言ったら嘘になるし。


「…………ありがとう、バカ」


「おい貧乳、今なんか言ったか?」


「言ってねえし貧乳って言うんじゃねえええええええ! コロス! 絶対にコロス!」


 未来のことはまだわからないけど、私が生きているのは今だから。生きていれば大丈夫な気がした。なんとなく。

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