29話後半 リサはピエロをぶっ飛ばしたい!
無理だ、出来るわけない。あんなに嫌いで、あんなに鬱陶しかったギルバート。普段だったら近づかないでほしいくらいだったのに……どうしてだろう、今だけはどうしても失ってはいけない、尊いもののように感じる。
困惑していると、少しずつギルバートの目から生気が消えていく。フランツの魔法で意識を失っているんだろう。彼は私から離れると、肩から糸で吊られているように歩き、フランツの横に立った。
「フハハハハハ! 最高、至福、極上である……! アリシアの弱点を聞き出せるだけではなく、最強の駒まで手に入ってしまうなんて! 魔王様に褒めていただけること間違いなし、である!」
中年ピエロのフランツは、ぷっくりと出た腹を抱えて心底愉快そうに笑った。私はただ下唇を噛むことしかできない。睨み据えていると、奴はこっちを見て。
「ガールよ! どうだ、悔しいか? 自分の実力の至らなさが!」
「うるさい……」
「フハハハハハ! いい目なのだ! 威勢よくミーのことを睨みつけているが、心ではミーに勝てないことを理解している。弱い子犬に睨まれている気分なのだ!」
私は言い返すことができず、無表情で棒立ちをしているギルバートと、憎たらしく笑うフランツを交互に見ることしかできなかった。
「そうだ、そんな負け犬のユーにいいことを教えてやるのである。傀儡化の魔法はミーに勝つことができれば解くことができる!」
このピエロを倒せばギルバートを解放できる? でも、奴を倒すと言うことはその前に立ちふさがるギルバートを倒すということで……。
「なんでそんなことを教えるんだ、と思っただろう。なあに、ゲームみたいなものである。圧倒的に有利なミーに、負け犬のユーが逆転する方法を教える。そっちの方が燃えるだろう?」
ピエロみたいな見た目をしているだけに、あくまでエンタメということらしい。しかし、奴は心ではわかっている。私がギルバートに勝つことができないということを。
「さあ、やるか? ガール。ミーと戦って、勝つことができるか?」
ああもう! ムカつく! あのニヤケ面に一撃入れてやりたい! 腸が煮えくり返る気分だわ!
……でも、私に戦うことは、できない。
「やらないのか。あーあ、面白くないのだ。さて、ギルバート。ミーと一緒に街で暴れるのだ!」
フランツはガハハと笑いながらさらに街の方へ歩いていく。私は、その背中を見ていることしかできない。
ギルバートは言っていた。出来るだけ大人数で、銃や弓を使って傀儡化した自分を撃ち殺せと。おそらく彼はフランツが倒されれば傀儡化が解除されることを知っていて、それが無理だと見通したんだろう。
このままあの二人を放置すればこの街は炎に包まれる……そして、さらに最悪なのは状況をかぎつけたアリシアが傀儡化されてしまうということ。
私にできるのは、ギルバートの命を犠牲に、多くの市民の命を助けること……ギルバートとピエロを倒して、ここから先、同じように傀儡化する人間を出さないようにしなければならない。
いや、そんなことはできない! あんなやつでも、命は命。ギルバートのことを見捨てるわけにはいかない……
だったら私に何が出来るって言うのよ! 命の重さを天秤にかけることしかできていないじゃない! これじゃいつかギルバートが言っていた、『全てを助けることはできない』という言葉通りになってしまう。でも、今の私はどっちを取ることもできなくて――
私は、誰のことも助けられない、無力な人間でしかないじゃないか――
「おいロリっ子!」
その時、私のことを呼ぶ不快な声がした。ダースだ。
「おい! なんか街の方で爆発が起きてるっぽいぞ! そこでユートも倒れてるし、お前何か知らねえか!?」
「……知らないわよ。ほっといてよ」
ああもう、気が散るなあ。この男。人が必死に考えているっていうのに!
「なに怒ってんだよ、っていうかお前も早く避難しないと危ねーぞ!?」
「怒ってないわよ! もうほっといて!」
「怒ってるじゃねーか! 泣きながら何言ってんだよ!」
泣きながらって、何言って……。
そこで気が付いた。私は両方の眦から涙を流していた。涙はボロボロと溢れ、頬を伝って地面にこぼれていた。全然気が付かなかった。あれ、なんで私泣いて……
「何があったんだよ。いつものお前らしくねーぞ?」
この男は本当に……何も知らないで!
「うるさい!! いつもの私じゃなくて悪かったわね! ああそうよ! 私は最強最強って言って本当は大した実力もない泣き虫よ! だったらなんなのよ! 何もできない私を笑えばいいじゃない!」
私が一喝すると、キモ男は少し呆気にとられたように目を丸くして、私を見た。数秒黙って、大きく息を吸うと。
「……達観してんじゃねえよ!」
何……? いきなりのことに、私は思わず肩をビクッとさせてしまった。あろうことかこの男は私に怒鳴り返してきたのだ。
「自分は最強じゃないとか大した実力がないとか、達観したようなこと言ってんじゃねえよ! 実力がなかったら何もできなくて、泣いてるだけでいいって言うのか!?」
「な、なによ! 何も知らないくせに!」
「ああ、何も知らねえし俺はお前以上に実力なんてもんねーよ。でもな! 俺は自分の信念は絶対に曲げないんだよ! お前こそ何もわかってねえよ!」
私が何もわかってない……?
『……だったら、全部を救う努力をしなくていいって言うの!?』
キモ男が言ったのは、偶然にも私が昔師匠に言った言葉そのものだった。
「いいか、一度自分のことを最強だって言ったなら、死んでも曲げんなよ! 実力がなくたって、弱虫だって、貧乳だって、お前はお前だろ!」
私は、どんな人も助けられるヒーローになりたかった。そして、ヒーローになれると思って生きてきた。でも今の私にできることなんて……。
『答えは一つだけじゃないから。リサちゃんは自分のできることを頑張ればいいんだよ』
なんでいきなりアリシアの言葉が出てくるのよ! こいつといい、この街の奴らは本当に、本当に……!!
「あーもう、わかるかああああああ!!!」
「ぶべらっ!!!」
私はキモ男の顔面にストレートを打ち込み、走り出した。後ろでキモ男がバタリと倒れた音がしたが、この際どうだっていい。
「わかったわよ。やるわよ、やってやるわよ! あの生活習慣病ピエロを打ちのめして、全部救ってやるわよ!」
街の中心部、爆発音がする方向へ急いだ。




