29話前半 リサはピエロをぶっ飛ばしたい!
「なんで花火大会の日までアンタの顔なんか見なくちゃいけないのよ!」
「そんなこと言うなよ。っていうか俺はたまたまそこですれ違っただけで、絡んできたのはお前だろ?」
私はアリシアに花火大会に行かないかと誘われて、家にある浴衣を取りに行こうとして……街中でクソ師匠に会ってしまった。
せっかく花火大会が楽しみな気持ちでいっぱいだったのに……いや、いっぱいじゃない。ちょこっとだけ、アリシアに誘われたからしかたなく花火大会に行こうという気持ちだったのに、こいつの顔面を見たせいで丸つぶれ。カレーに水をかけられた気分よ。そんな奇特な食べ方をするのはアリシアだけだっての……。
「アリシアの…………は!?」
「…………です」
師匠と二人で歩いていると、何やら少し遠くから耳障りな高い声が聞こえてくる。師匠といい、なんでこの世界は私をイライラさせるのかしら……そう思い、声のする方を見てみると。
「あれ、ユートじゃない。そこで何してんのよ」
道の真ん中で、ユートが誰かと喋っている。私が声をかけてやってるのに、こっちを向こうとしない。こいつとうとう私のことを無視するようになったな!? よーし、蹴ってやる!
「待て! リサ! そいつに近づくな!」
その時、ギルバートが私の肩を両手でつかみ、自分の方へ引き寄せた。
「うわっ! キモっ! 最悪だこいつ! とうとう私に手を掛けてきた!」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ! 坊主と喋ってる奴を見ろ!」
ギルバートに言われて、その人物にを視線を動かすと……だらしない体形の、白塗りのおっさんがいた。なにあれ? ピエロ?
「ほう、このボーイのお友達であるか? 今このボーイはミーと話している所で……」
「とぼけんじゃねえ。お前、傀儡魔法で坊主のことを操ってるな?」
いつになく、ギルバートが怒り気味の口調でピエロ男に言い寄る。ミーだのユーだのうるさいピエロがユートを操っている……? どゆこと?
「いやはや、恐れ入った。まさかミーの魔法を見透かしてしまうとは。高名な魔法使いと見たぞ、ユーの名はなんというのだ?」
「俺はギルバート。なんてことはない、ただの魔法使いだ」
「ギルバート……聞いたことがあるのだ。魔王様が公開なさった要注意人物リストにアリシアに次いで危険と書かれていた魔導士の名ではないか!」
え、ちょっと待って? 魔王とか魔導士とか、この数秒で話がすごい展開に進んでない? こいつらいったい何者なの?
私がキョトンとしていると、ピエロおじさんが不敵に笑い始める。
「フフフ……ミーの名は魔王軍四天王の一人、フランツ! このボーイはミーの向こう脛を集中的に蹴って来たから無力化しているのだ」
ピエロのおっさんは強キャラっぽい感じで名乗りを上げた。魔王軍四天王ってアリシアにほとんど潰された連中よね? なんで突然この街に……?
「いいか、リサ。こいつは相手を操る魔法を使ってくるんだ。坊主は魔法を食らって今はあのピエロの操り人形だ!」
ってことは、ユートが私の言葉を無視したのは、このピエロの魔法のせいってこと? ギルバートはものすごい剣幕でフランツを見据える。普段ちゃらんぽらんとしている彼がこんなに怒っているのは初めて見た。
「てめえ、坊主にかけた魔法を解除しろ!」
「嫌なのだ。ミーだって四天王の意地があるのだ!」
「……ああそうかい。だったら、力づくで止めるまでだな!」
ギルバートは飄々としたピエロ男に痺れを切らし、魔法陣を展開する。赤、青、黄色……色とりどりの無数の魔法陣はギルバートの体の周りを取り囲むようにして一つ一つと数を増やしていく。肌を刺すような魔力と殺気だ。
昔200回ギルバートと戦っていたとはいえ、こいつが本気を出したのは私でも見たことがない。ピリピリとした空気に、私はごくりと生唾を飲んだ。
……あれ、ギルバートがなかなか魔法を発動しようしない。神妙な面持ちでフランツを睨んでいるだけだ。
「どうしたユー? 魔法を撃つんじゃないのか?」
「……チッ!」
余裕綽々のフランツ。ギルバートが魔法を撃たない理由がわかった。ユートが向こうにいるから、誤って魔法がユートに当たったらただでは済まないからだ。
「どうしたどうした? そのままだんまりだと、ミーはこのボーイと一緒に逃げてしまうかもだぞ?」
「坊主に傷をつけてみろ! この世に塵一つ残さず消してやる!」
「おおこわいこわい。だったら早く魔法を撃ちなよユー!」
ギルバートの首筋に冷や汗が流れる。あいつの表情に余裕は一片も残っていない。一方、フランツはニヤケ面を一層深めた。
「……なんてね! お前が傀儡化しろ!」
フランツは右手を大きく開き、ギルバートの方へ向ける。手のひらから黒い光が放たれ、ギルバートに直撃した。
「フハハハハハ! ミーの真の狙いはユーだったんだよ、ギルバート!」
稲妻のように一直線に放たれた、黒い光を受けたギルバートは、苦しそうな表情を浮かべている。まさか、傀儡化の魔法を受けてしまったって言うの!?
「ちょっと! 気合入れなさいよ! あんな中年ピエロのいいなりになんかなっちゃ駄目よ!」
「悪いなリサ……残念だけどそれは無理そうだ……今も自我を保つのがギリギリでな……」
ギルバートは肩で息をし、私に話した。なんで、あんなに強いギルバートがこんなピエロの魔法でフラフラになるなんて……!
「ガール! わかってないようだから教えてやるのだ! ギルバートはここにいるボーイと、他でもないユーに危害がないようにしてたもんだから、自分を守ることをおろそかにしたのだ! まったく間抜けなやつ!」
フランツは地面に倒れたユートを指して、愉快そうに言う。私とユートを守るために……? じゃあなによ、私がギルバートの足を引っ張ったって言うの……?
ギルバートはそんなことをおくびにも出さず、私の肩をポンと掴む。
「いいか、リサ。俺はこれからあのピエロの傀儡としてこの街で暴れるだろう。街の人たちに頼んで、銃か弓かで俺を――撃ち殺せ」
「なに、言ってるの……?」
ギルバートの目は本気だった。おかしなことを言っているのに目はやけに落ち着いていて――私は戸惑った。
「おそらく奴の魔法で操れるのは同時に一人のみだ。現に坊主はそこで倒れてるだろ? 間違いなく奴は俺をキープする。だからできるだけたくさんの人に頼んで、俺を遠距離から攻撃するんだ」
「嫌よ! そんなことしたら……そうだ! アリシアに頼んであのピエロを倒してもらいましょう! アンタなんかよりもアリシアの方がずっと強いんだから……」
「そうすれば奴の思うつぼだ! もしもアリシアが奴の術中にはまったらどうする!? それこそ人類は滅びかねない! だから俺を殺せ。それが最善なんだ」
ドクドクと心臓が鼓動するのを感じる。あの日以来だ、ギルバートの言葉を受け入れたくないと心が拒んだのは。
この状況で最善の対応策は――ギルバートを殺すこと。




