26話後半 リサは最強になりたい!
「ゲホッゲホッ……うう……助かったぞユートぉ……」
リサは砂浜にペタンと座り、子供のように泣きじゃくる。
「ハア、リサが暴れるから助けるのに一苦労だったよ……」
海で溺れたリサを助けに泳いでいったのはいいが、彼女が僕にしがみついてバタバタ暴れたので、凄く重かった。おかげでこっちまで溺れるところだったよ。
「リサちゃん、アポカリを買って来たから飲みな」
「うううっ……ありがとうアリシア、本当にありがとう……」
らしくもなく、リサはアリシアさんに感謝の言葉を伝えてアポカリの蓋を開け、チマチマと飲み始める。よほど怖かったのだろう、ぐすぐすと鼻をすすり、いつもの元気のよさとはかけ離れた態度になっている。小さくなった姿は小動物のような弱弱しさすら感じるくらいだ。
「で、なんであんなところで溺れてたの?」
「……泳げると思ったのよ」
リサは体育座りをして、ボソリと呟いた。彼女らしい、まったく要領を得ない答えだ。
「リサは泳げないんでしょ? なんで突然泳げると思ったの?」
「……泳げると思ったから泳げると思ったの」
リサは少しふてくされて、僕から目をそらす。いつにも増して言っている意味が全然わからない。
「もうちょっとわかりやすく言ってくれない? なんか悩んでるなら聞くよ?」
「うっさい! 憐れむんじゃないわよ! 私は最強だから泳げると思ったの! それだけ!」
そう叫ぶと、リサは怒りながらえんえんと子供のように泣き出してしまった。まったく訳がわからない。こいつが変な奴なのはわかっていたけど、本当に今日は変だぞ。
「リサちゃん、ちょっと落ち着いてアポカリ飲みなよ……」
「うるさいうるさい! あっち行って! 私から二メートル離れて! 社会的なディスタンスを保って!」
リサは泣きながら僕とアリシアさんの背中を押してどかそうとする。もっとも、アリシアさんは体幹が強すぎてピクリとも動いていないが。
今日のリサはいったいどうしたというんだろう。最強ってなんなんだ? 彼女の口癖であるその言葉には、なんだか既視感めいたものがあった。
『……でも、馬鹿なぶん真っすぐなやつなんだ。あいつは多分、困ってる人のことは誰のことも諦めたくなかったんだろうな。曲がることを覚えちまった俺たち大人からしたら、羨ましいくらいだ』
その時、ギルバートさんの言葉を思い出した。確かあの人はリサについて話していたよな……そういえば!
「わかったぞリサ。お前が泳げもしないくせに海に飛び込んだ理由が!」
「え、わかったの!? なになに!?」
リサはとにかく最強にこだわっている。それはギルバートさんが言っていたし、普段の言動からしてもそうだ。そして、『泳げると思ったから泳げると思った』という言葉。導き出される答えは一つ。
「『本当は泳げないけど、泳げないということは最強ではなくなってしまうことになってしまう。だからとりあえず泳いでみた』だな!」
「え、どういうこと?」
つまり、リサは最強であることをアイデンティティにしている。泳げないとアイデンティティが崩壊してただのポンコツになってしまうので、とりあえず海に飛び込んでみた……と。
「本当にお前はバカなの? 頭の中に杏仁豆腐でも入ってるの?」
「……そうよ! 確かに私はその場の勢いで海に飛び込んだわ! でもそれの何が悪いのよ!」
リサは開き直ってキレる。何が悪いって、全てが悪いだろ。しかし、僕の話も聞かず、リサは一喝するとフンとそっぽを向いてしまった。
「リサちゃん、今回はさすがに死にかけてたし、反省したほうがいいよー!」
「うるさいうるさい! 諭すな! アンタに何か言われる筋合いはないの!」
「ねえリサ。なんでそこまでして最強にこだわるの?」
僕が問いかけると、リサは数秒押し黙って、海の方を向いてしまう。俯くようにして、彼女は語り始めた。
「……小さい頃に、ヒーローになりたかったことってない?」
リサの問いかけの意味がわからず、僕は首を傾げる。
確かに、僕にもそういう時期はあった。幼児的な万能感に満ちていて、なんにでもなれるような気がしていた時期。
でも、大人になるにつれて自分が特別じゃないことに気づいて、今ではすっかり普通の冒険者に成り下がってしまった。
「私はね、まだヒーローになれるような気がしてるのよ」
ポツリと言い放つリサの背中はなんだか寂しそうだ。
「まだヒーローになれる気がするって……お前16だろ?」
「それでもなれる気がするのよ! 心のどこかでわかってはいけるけど、なりたいものはなりたいの!」
ワガママだ。そんな子供みたいな要求が通るはずもない。実際に彼女はアリシアさんやギルバートさん並みの実力は持っていないし、そんな彼女たちでさえ、全ての人々を助けることはできないのだ。
『できっこない』なんて言いたくないけど、今のリサに最強と言えるほどの実力はないし、それで背伸びばかりしていたら今日みたいに海で溺れたり、格上の敵相手に喧嘩を売ったりして命が危ない。
「……リサちゃん。私は応援するよ。リサちゃんはヒーローになれると思う」
どうしたものか悩んでいると、アリシアさんがリサの隣に座って言った。
「ほんとうか……?」
「うん。リサちゃんならきっとできるよ」
何を余計なことを言っているんだ……と思っていると、アリシアさんはさらに続けた。
「でもね、リサちゃん。誰のことも助けられるヒーローは、最強じゃなくたっていいんだよ」
「……最強じゃなくてもいいのか!?」
「うん。誰かに頼ったり、時には弱くたっていいと思う。でもね、自分を犠牲にして他人を助けるのは駄目なんだよ」
アリシアさんの言う通り、誰かを助けるために自分が傷ついていたら元も子もない。きっとそれは彼女がこれまで経験してわかったことなんだろう。
「答えは一つだけじゃないから。リサちゃんは自分のできることを頑張ればいいんだよ」
「答えは一つじゃない……か」
アリシアさんが微笑みかけるのを見て、リサはようやく落ち着いて、水平線の向こうをじっと見つめた。
僕たちの間に沈黙が広がる。彼女にアリシアさんの言葉が伝わってくれればいいな。
それにしてもアリシアさんはたまに説得力のあることを言うなあ。さっきまでスライムに泣かされていた人と同一人物の発言とは思えない。普段はあれだけポンコツとはいえ、腐っても勇者だからなあ……。
ともあれ、アリシアさんがビシっと言ってくれたから、僕からリサに説教をするのはやめよう。これから彼女が危険なことをしないようになればいいけど。
「……さて、リサも落ち着いてきたところで皆でスイカ割りでもやろうか」
「わーい! やるやるー! ユート、私に割らせろー!」
大人しくなったと思ったら、リサはまた元気になって僕たちについてくる。まったく、本当に反省してるんだろうな?
でも、そんな彼女の表情がいつもより少し大人びて見えたので、まあいいとしよう。




