25話前半 夏はバカンスが最高!
「はあ……」
「どうしたのユート君。ため息なんてついて。嫌なことでもあったの? から揚げ一個なら分けてあげるよ?」
ギルドのいつもの席にて。少し肩を落とした僕を心配して、アリシアさんが声をかけてくる。
「ちょっとヘコんでるんですよ。前回の克服作戦が上手くいかなかったの、割とショックなんです」
前回の克服作戦、とは作戦ナンバー6、『アルコールでベロベロ大作戦』のことである。
ウイスキーボンボンで酔ったアリシアさんは一度、一瞬とは言えスライムを克服したのだ。なのに、もう一度再現しようとしたら今度は失敗してしまった。一度上手くいってたというだけあって、今回は流石にヘコんでいる。
同じようにやればうまくいくはずなのに。僕のやり方が悪かったのかな。それともスライムを克服できたのは単なる偶然? どちらもありえるけど、どちらにしてもまた振出しに戻ってしまったことには変わりない。落ち込むのも仕方ないだろう。
「元気出してユート君。そんなに深刻に考えなくていいんだよ! もしかしたら次は成功するかも!」
「本当ですかあ? そんな気がしないんですけど……」
「もー、しょうがないなあ。よーし、わかった!」
アリシアさんは立ちあがり、人差し指を立てて僕の顔の前にスッと出した。夏の暑さにやられたような僕に、太陽のような笑顔でほほ笑むと。
「今回はユート君にボーナスを与えます!」
「ボーナス、ですか。そりゃまたどういう風の吹き回しですか?」
懐疑的な僕に、アリシアさんはフフン、と自信満々に。
「最近のユート君はお疲れだからね。カスミちゃんに取り憑かれたことに始まり、風邪をひき、酔っぱらいの相手。加えてスライム克服作戦を考える作業。大変だよねえ」
確かに、最近の僕はよく頑張っている気がする。アリシアさんにカスミをなすりつけられ、毒沼おかゆを食べ、ウイスキーボンボンで酔ったアリシアさんの介護。
あれ、よく考えたら原因は全部アリシアさんじゃないのか。さも他人が僕に迷惑をかけたみたいな言いぐさだけど、一番の加害者は彼女だ。
しかし、アリシアさんは気付いてるのかいないのか、僕に反論する機会も与えないように、何食わぬ顔で話を進める。
「そこで! 今日は克服作戦はなし! ユート君の好きなところに連れていってあげます!」
要するにいつもの『お願い』を一回追加で聞いてくれるってことか。と言っても、毎回僕の好きなところに行っている気がするし、行きたいところなんてあったかなあと少し考えていると。
「なんでもいいよ! バカンス気分で頼んじゃって!」
バカンス、かあ……。
「そうだ! 海に行きましょうよ!」
「海!? いいね!!」
僕たちが住む街、シエラニアから少し離れたところには、人気のビーチがある。毎年夏の時期になると、サーファーを中心とした観光客でにぎわっている。
「梅雨も明けてきましたし、そろそろいいタイミングじゃないでしょうか?」
「最近暑くなってきたしね!」
と言うのも、ここ最近のスライム克服作戦が屋内で行われていたのは、梅雨の影響だったのだ。雨が降ると面倒なので、最初から屋内で作戦をやってしまおうという魂胆だったのだが、ようやく梅雨が明けて、本格的な夏が近づいてきた。
「よし! じゃあ海に行こうか! 皆も誘って!」
こうして僕たちは海に行くことになったのだった!
*
「おいユート、そろそろかな? そろそろかな?」
「さっきからうるさいぞダース。文通友達からの手紙を心待ちにする子供じゃないんだから」
「そのツッコミ細かすぎて伝わらねえよ」
鼻腔を突き抜ける潮の香り。ザァザァと心地よい波の音。雲ひとつない晴天の下、たくさんの人々が楽しそうな声をあげている。
僕とダースは砂浜で並んで立っていた。
更衣室は男女別であるため、女子メンバーとは別行動だ。『女子の水着を見逃したらどうする』と着替えを急かしてくるダースのせいで、更衣室からずっと出て待つはめになってしまった。
日差しが熱い。僕とダースはただぼうっと日光に照らされたまま立ち続けていた。
「それにしてもユートよお、俺のことをハブって皆でビーチに行こうとしてたらしいじゃねえか。アリシアさんが声かけてくれなかったらこんなチャンスを見逃してたぞ」
「そういうところに問題があるから声をかけなかったんだよ。自覚してないのかよ」
ダースを女子メンバーに近づけたくなかったんだけど……しかたない。せいぜいこいつが悪いことをしないように見張っておくか。
「お待たせしましたー!」
「お! 噂をすれば女子が登場か!」
ダースが鼻息を荒くして声がする方向を見ると。
「ダースさん、お待たせしてすみません! 道を間違えてしまって……」
「ってなんだよ、ロゼか。ビックリさせるんじゃねえよ」
やってきたのがロゼさんだとわかると、ダースは風のように向きをくるっと変え、そっぽを向いてしまった。
「ひどいですよダースさん! ボクが来たら駄目みたいな!」
「駄目ってことはないけどよ……第一、お前いつもの白衣姿じゃねえか。こういうイベントの時は水着が基本だろ。期間限定のガチャになったときどうするつもりだ?」
ロゼさんはこんなに暑いのに、いつもの白衣を着用している。顔も真っ赤にして、熱いのかな。
ダースの発言とは趣旨が違うが、僕も水着を着ればよかったんじゃないかと思うのは同意だ。
「何言ってるか半分くらいわからないですけど、ボクもダースさんに褒められたかったです……ボクも水着を着たかったんですけど、ちょっと訳があって……」
そもそも、男の娘ってどっちの水着なんだろう。どっちを着ても問題がある気がする。もしかして彼が言う『訳』ってそういうことなんじゃないだろうか。
「ユート君! お待たせ~!」
その声は! 僕とダースは翻るようにして声の方を向いた。
「ごめんごめん、着替えが遅くなっちゃった!」
手を振って歩いてきたのはアリシアさん。白いビキニに身を包み、ビニールのビーチボールを抱えてやってきた。ミルクのように滑らかな肌がいつもより露出し、強調されている。
白い水着に、輝く様な笑顔。くしゃっとしたその笑みに、心を奪われてしまいそうだ。彼女自身が光を放っているような気さえする。
「はー、はしゃいじゃって。バカみたいね。私は天才だから騒いだりしないけどね」
次に現れたのはリサ。学院の紺色のスクール水着を着て、いつも被っている帽子をなぜかここでも被っている。とんがり帽子にスクール水着という奇妙な取り合わせが、リサという人物の特徴をよく表していると思う。
「久しぶりの日光ね。今日はよく焼けそう」
最後はマツリさん。麦わら帽子を被り、黒いビキニの上から白衣を羽織っている。サングラスをかけるその姿はまるでセレブのようだ。
「おいロリっ子。なんだよその格好は? 競泳でもするのかよ? あ、そっかあ! お前アリシアさんと違って持ってないものが多すぎるもんなあ! ブワッハッハッハ……ぶべらっ!」
リサはダースの腹部に飛び蹴りを決める。
「気絶させた後ドラム缶に入れて海に沈めてやろうかしら?」
「わ、悪かったって! おい! すねを集中的に蹴るな! 地味に痛いから!」
二人は早速じゃれあっている。なんだか先が思いやられるけど、僕たちのビーチでのバカンスは幕を開けた。




