2話後半 アリシアさんはぬいぐるみが好き!
スライムを倒し、僕とアリシアさんは無言で街へと向かっていた。
「ユート君、ごめんね……」
気まずい空気に何を言えばいいかわからずにいると、アリシアさんが口火を切った。
「アリシアさんは悪くないですよ! 僕がもっと早く助けにいけば……」
リリーは助かったかもしれない。アリシアさんの腕に抱えられたぬいぐるみは、スライムの粘液をたっぷり吸い込んだためベトベトに。例えるなら雑巾みたいになってしまった。
「ユート君は悪くないよ。忠告された時に街に戻って袋詰めのドーナツを買って戻ってくればよかったんだ」
アリシアさんはドーナツが好きなのか……いや、そこじゃない。
僕が反論しようとすると、アリシアさんはピタリと足を止めた。
「私、どうしても早くスライムを克服したくて……。もしユート君の予想通りなら、一番大好きなリリーなら効果があるんじゃないかと思って……」
涙目になって話す。彼女はできるだけ早くスライムを克服するために、一番好きなものを持って来ればそれだけ効率がいいと考えたのか。あれだけ意地になって街に戻ろうとしなかったことにも納得がいく。
「でも、作戦は失敗だったね。ごめん、次は頑張るからさ……」
「……アリシアさん!」
笑顔を作って僕に笑いかけるが、どう見ても悲しさを隠せていない。リリーを抱きかかえる力が強くなっているからだ。
よし、こうなったら……。
「アリシアさん、今日の『お願い』決めましたよ!」
「あ、そうだった。お願い聞かなきゃね。 今日は何?」
「行きたいところがあるんです」
*
「うわ~! 何ここ!?」
街に入り、昨日と同じ通りの一軒のお店の前に立つ。
「今日アリシアさんと一緒に行きたかったところは……ここです!」
入り口が仕切られていない、開放的な建物。店内からは騒音が鳴り響き、流行歌に合わせて太鼓の音が聞こえてくる。透明なガラスの中には、可愛らしいぬいぐるみが閉じ込められたままこちらをじっと見ている。
「そう、ゲームセンターです!!」
ゲームセンター。この街の機械好きによって作られた『ゲーム』が集められた店だ。流行っている歌に合わせて画面をタッチする『音楽ゲーム』や、100ギル入れるとカードが出てくる『アーケードゲーム』など、多種多様なゲームが揃えられている。
「凄い音だけど……ここは何をするところなの?」
「えっ、アリシアさん、ゲーセン行ったことないんですか!?」
「うん。実はどういうお店なのかもよくわかってなくて……」
てへっとアリシアさんは照れ笑いをする。前回のファミレスにも入ったことがないと言っていたし、なんだか僕と感覚が違う。やっぱり勇者だし、アウトドア派なのかもしれない。
「とりあえず行きましょう!」
「え、この騒音の中を!?」
「大丈夫です! 僕たちの目的はお店の中でも手前側なんです」
店内に入ると、ゲームやメダルの音が大きくなる。アリシアさんは騒音におどおどとしながら辺りを見回している。
「今日挑戦するのは、これです!」
僕が指さしたのは、一台のクレーンゲーム機。ガラス張りになったショーケースの中に、ポツリとタヌキのぬいぐるみが寝そべっていた。
「うわーーーっ! 可愛いタヌキさんだよ、ユート君!」
子供のようにガラスに手をつき、顔を近づけるアリシアさん。
「これを今から、僕が取ります!」
「ど、どうやって!?」
「こうです!」
僕はゲーム機に100ギル硬貨を入れる。すると機体から楽しげな音が鳴り始めた。
「いったい何が起こってるの!?」
「今からあのアームを動かして、タヌキをキャッチするんです!」
レバーを動かすと、ショーケースの上に吊り下げられていた三本ヅメ式のアームが動き出し、タヌキの真上に近づいていく。
「ここで……アーム降下!」
「おおおおお!!」
機体に設置されたボタンを押すと、アームが降りていき、タヌキのぬいぐるみを三本ヅメでガシっと掴む。
……しかし、ぬいぐるみが持ち上がることはなかった。
「あー、ダメだったか!」
「なるほど! これを繰り返して、ぬいぐるみを掴めたらゲットってことだね!?」
「その通り! アリシアさんもやってみますか?」
「うん! ぜひ!!」
アリシアさんは懐から財布を取り出し、ワクワクした表情でタヌキを見据える。
「アームを動かして……ボタンを押すと!」
アリシアさんの操作でタヌキの真上に移動したアームは、ボタンが押されると同時にぬいぐるみを捉えようと降下する。
しかし、またしてもアームがタヌキを捕まえて戻ってくることはなかった。
「あー! 駄目だったーっ!」
「初めてなのに上手ですよアリシアさん!」
「そ、そうかなあ!? 全然そんなことあると思うけど!?」
こうして僕とアリシアさんは交互にクレーンゲームに挑戦していったのだった。
10分後。
「この100ギル硬貨を使ったらお札を崩さなきゃなの! お願いします!」
アリシアさん六回目の挑戦。最後の銀色の硬貨は機械の中へと吸い込まれる。アリシアさんは真剣な面持ちのままレバーを動かして、セットポジションにアームを移動させる。
「これでどうだ!」
ボタンが押され、アームが下がっていくと。
「!!」
ガシッ、と三本ヅメがタヌキを掴み、持ち上げた。
「「やったーーーーーーーー!!」」
僕たちは歓喜の声を上げた。ぬいぐるみは景品取り出し口に落下した。
「ユート君、見て見て! この子モフモフだよ!」
タヌキのぬいぐるみを抱きかかえ、アリシアさんはご機嫌だ。
「アリシアさん。作戦は失敗だったし、リリーもこんなになっちゃいましたけど……これからもそのタヌキと一緒に、リリーを可愛がってあげて欲しいんです」
リリーが雑巾のようになってしまったのは、僕のせいでもある。こんなことで取り返しがつく問題じゃないけど……それでもアリシアさんに元気を出してほしかった。
「……いいんだ。勇者に選ばれてから忙しくて、リリーには寂しい思いをさせてたから。でも、今日からは大丈夫! リリーにはアランがいますから!」
早速タヌキに名前を付けている。タヌキのぬいぐるみ改めアランは、アリシアさんの反対側の腕に抱きかかえられた、ボロボロのリリーを見つめている。
「ありがとう、ユート君。私明日も克服、頑張ってみるよ!」
二匹のぬいぐるみたちを抱えたアリシアさんは、いつものように快活に笑った。元気になってくれてとても嬉しい。
「よし、じゃあ明日の作戦、考えておきますね!」
ゲーム機が放つ光なんか目じゃないくらいに、彼女の笑顔は輝いていた。
よーし、明日の作戦は絶対成功させるぞ!
おまけ
アリシア「あ、帰る前にもう一回クレーンゲームを……私多分才能ありますよ!」
ユート「……実はその三本ヅメの機体、確率機って呼ばれてて、何回もやってればアームの力が強くなるんですよ」
アリシア「え゛っ゛」