23話後半 リサは師匠が嫌い!
「俺とリサの間に、過去に何があったか、か……」
ギルバートさんは僕の言葉を反芻すると、ため息をついて座り方を変えた。
「あいつとの関係が変わったのは……忘れもしない、あいつとの最後の戦い――200回目の組手の後のことだな」
ギルバートさんは、真剣な表情で語り始めた。
*
200回目の戦い。あの日は雲一つない、いい天気だった。いつものように草原で勝負をしたらリサが俺に負けて、俺とリサはそのあとでベンチに座って話してたんだ。
「カッカッカ、これで0勝200敗0引き分けだな? 感想はどうだ?」
「……うっさい。次は勝つ」
買って来たドリンクを俺の手から奪い取り、フタを開けて喉に流し込む。俺はそんなリサを見て、ふと聞きたくなったんだ。
「なあ、お前はなんで俺に弟子入りしたがってるんだ? 『俺に勝ったら弟子にしてやる』って横暴だと思うぞ。俺が言うのはおかしいと思うが」
200回も戦ったのに、俺はリサが強くなろうとしている理由を知らなかった。俺の問いを聞き、リサはジュースを飲むのをやめて。
「最強になるためよ」
「最強ってお前なあ。ざっくりしすぎだろ。最強になってどうするんだよ? 背負うものが増えるだけだぜ?」
「うっさいわね。私は最強になりたいだけよ。どんな敵も倒し、誰もを助ける最強の天才魔法使いになるのよ」
リサはそう言い放った。彼女の真っすぐな瞳を見て、俺は口を挟みたくなったんだ。
「……全員を助けることはできないぞ」
「なんでよ?」
「いいか、正義の反対は悪じゃない。正義だ。お互いが正義を主張しあって戦ってるのに、両方を助けることはできないだろ?」
俺がそう言うと、リサは黙ったまま下を向いた。多分そこまで考えてなかったんだろう。だから俺は続けた。
「全部を救うことができる人間はいないんだ。例え最強でもな。だから物事に優先順位を付けるんだ。世の中ってそういうものなんだよ」
「……だったら、全部を救う努力をしなくていいって言うの!?」
俺が世間について説いたその時、リサは犬が威嚇するように、俺に吠えた。いきなりのことだったからビクッとした。
「ど、どうしたんだよいきなり」
「それは全員を救わなくていい理由を付けているだけよ! 見損なったわ! アンタの弟子なんかもうやめる!」
「いやお前を弟子にした覚えはないけど……」
リサはそのまま怒ってベンチから立ちあがり、走って行ってしまった。俺はベンチに取り残され、黙ってジュースを飲んだ。
それまでの200日間、リサは一日も欠かすことなく俺のところに通い詰めていたんだが、その日を境に一度も俺の前に顔を見せることはなくなった。
*
「……ということがあったんだ」
なんだそれは。要するにリサが癇癪を起しただけってこと? 一見するとリサが大人の汚さに反抗したエピソードに思えるけど、ギルバートさん悪くなくない?
「リサはきっと困っている人を全員救える人間になりたくて俺のところに来たんだろうな。ただ、あいつは結果的に俺のもとを離れた」
「多分ですけどそんなに深く考えてないですよ。最強になりたいっていうだけじゃないですかね」
「そうなのか? あいつはよくわからんところあるからなあ……」
ギルバートさんは腕を組み、うーんと唸って考える。僕はと言うと、二人の間に因縁的な過去があると思っていただけに肩透かしを食らった気分だ。蓋を開けてみたらリサが迷惑なだけのエピソードだった。
「ねえギルバートさん、昔のリサちゃんってどんなだったんですか?」
酔いが覚めてきたのか、アリシアさんはいつもの調子で聞いた。
「そうだな、今とあんまり変わってないぞ。最初に出会ったのは冒険者ギルドでだな。俺がいつものようにギルドに入ったら、入り口の前に待ち伏せていたやつがいてな。それがリサだった」
今と変わらないな。リサは今でもたまに、アリシアさんに戦いを挑むためにギルドの前で待ち伏せていたりする。
「最初はただリサの弟子入りを断っていたんだ。でもそのあと三時間も俺の後をついて粘ってきてな。仕方ないから『俺に勝ったら弟子にする』って条件を付けたんだ」
本当に今と変わらないな。初期のころに顕著だった、『イエスと言うまでストーカーする』やつだ。アリシアさんと勝負をするためにもやっていたと考えると、あのまとわりつき体質は昔からなのか。
「ギルバートさん、なかなか苦労しますね」
「カッカッカ、なあに。大したことはねえよ。あいつは面白いやつだからな」
たまらず僕が労いの言葉をかけると、ギルバートさんはまた特徴的な笑い方をした。この人はきっと大雑把で、器が大きい人なんだろう。これまで話してきて、そのことがよくわかる。
「しかし、披露のラーメンを食べに来たらまさかリサがいるとはな。あいつに友達ができてるなんて、俺としては嬉しいな」
「リサに友達がいるのって珍しいことなんですか?」
「あいつ、あんな性格だろ? なかなか友達が出来なくてな。俺としてはちょっと心配だったんだ」
確かにあのポンコツと友達になりたがるやつなんてなかなかいないだろう。子供っぽいのに変にプライド高いし、天才アピール多いのに馬鹿だし。
「……でも、馬鹿なぶん真っすぐなやつなんだ。あいつは多分、困ってる人のことは誰のことも諦めたくなかったんだろうな。曲がることを覚えちまった俺たち大人からしたら、羨ましいくらいだ」
ギルバートさんはそう言って少しほほ笑むと、席から立ちあがって。
「悪い。俺の話に付き合わせちまったな。披露のラーメンも美味かったし、しばらくこの街には滞在しようと思ってたんだ。何かあったら呼んでくれ」
ギルバートさんはそのままギルドの外へ歩いて行ってしまった。彼の背中はとても広く、イケオジを感じてしまった。僕は一抹の憧れのような感情を懐いた。
「アリシアさん、僕たちも帰りましょうか。さっきまでベロベロだったんだから今日はゆっくり休んでくださいね」
「…………」
僕がそう言うと、アリシアさんはプクっと頬を膨らせて、僕のことをジトっとした目で見つめてきた。
「な、なんですか」
「ユート君、ギルバートさんのことちょっとカッコいいと思ったでしょ。イケオジだなあ、とか思ったでしょ」
なんでこのタイミングで心を見透かしてくるんだろう。軽く流そうかとも思ったが、アリシアさんが真っすぐに僕を見つめてくるので、少し挙動不審になってしまった。
「ほらー! やっぱりー! ギルバートさんのことカッコいいと思ったんだー! 私の方が強いのに! カッコいいのにー!」
何を言い出すのかと思ったら、死ぬほどくだらないことだった。さてはこの人まだ酔っぱらってるんだな。
「違いますよ、ギルバートさんの強さとカッコよさはまた別なものなんですよ。イケオジってそういうものじゃないですか」
「ズルだー! 私のことも尊敬のまなざしで見てよー! カッコいいって言ってよー!」
「そういうこと言っちゃうのが駄目なんですよ! あ、こら! 暴れないでください! 帰りますよ!」
僕の肩を掴んでグラングランと揺らすアリシアさん。この後、彼女は酔った勢いで寝てしまい、僕は彼女を背負って家まで送り届けるのだった。
おまけ
アリシア「この前酔った時、私ってどんな感じだった?」
ユート「当然のように忘れてやがる……悪質すぎる」




