21話前半 ダースは男の娘が苦手?
俺はシエラニアの風来坊、ダース・アミティエ。
ここ1ヶ月、借金取りに追われ続けていた俺だが、ようやく多重債務の整理が終わってきたって感じだ。
それは数日前。借金取りとの鬼ごっこに追われている中、なんと俺の借金の返済を肩代わりしてくれるという人が現れ、毎月2万ギル返すだけでいいと言ってきたのだ。たったそれだけなら楽勝だし、俺は二つ返事で契約した次第だ。
一気に借金が片付いて気持ちも晴れ晴れとしている。鼻歌を歌いながら街を歩いていると。
「「うわっ!」」
ぼうっとしていたため、誰かとぶつかってしまった。ぶつかってきた人は声を上げ、地面に尻餅をついた。
「おいお前どこ見て歩いてん……」
「痛たたたた……ごめんなさい、ボクがぼうっと歩いてたばっかりに……」
尻餅をついて痛がっている人物。黄緑色の長い髪を揺らし、白い白衣に身を包んでいる。それはどう見ても美少女だった。
「ぶつかってしまってすみません、お怪我はなかったですか?」
「わわわわわわわ、悪かったな。俺もちょっと、あのー、よそ見してたから。うん。怪我はないぞ?」
やべ、キョドっちまった。落ち着け落ち着け。ただぶつかっただけだっての……。しかしこの子……めっちゃ可愛いな!?
「お怪我がないようでしたらよかったです! それではボクはここらで失礼……あれっ!?」
緑色の髪の少女は、ペコリと頭を下げようとした時、声を上げる。足元には彼女のものと思われるガラスの破片が散っている。
「どうしよう、さっきぶつかった衝撃で、小瓶が手提げ袋から出て……」
割ってしまったってわけか。ボクっ子少女は無残な姿の小瓶を見て目をうるうるとさせる。
「ボクってば本当にいっつもこうで……どうして失敗ばかりなんだろう……」
「わわ、泣くなって! 俺にできることはするから!」
ぶつかってしまったのは半分俺の責任だ。この子だけが悪いわけだけじゃない。
それに、正直この子はめっちゃ可愛いと思う。目にまでかかりそうな髪とドジっ子な感じがマッチしている。助けよう。うん。
「できることをするって……本当ですか?」
「ああ本当だ。だから泣くな、な?」
少女は白衣の袖で涙を拭き、俺の手をぎゅっと包むと。
「ありがとうございます! ボクはロゼって言います、よろしくお願いします!」
「おおおおおおおおお、お、おう。俺はダースだ、よ、よろしくな」
やべー! 初めて母親以外の女の子に触った気がする! この天然っぽいところが凄く庇護欲を刺激される。ロゼと名乗る少女はうるんだ瞳で真っすぐに俺を見つめてくる。可愛い。
「お、女の子がいきなり手を握るのはやめたほうがいいぞ。嫌じゃないけどよ」
内心焦りまくりだが、俺はなるべくクールに振る舞い、気づかいの言葉をかけると。
「ボク、男ですよ?」
……あれ。冗談だろ?
ロゼはキョトンとした顔でさも当然のようにおかしなことを言い放つ。こんなに可愛い見た目してるのに男……? はっきり言ってあのロリっ子より可愛いぞ。しかしこの子の目を見てると本当そうだし……。
もうどっちでもいいや!
「と、とにかくだ。俺はどうすればいいんだ?」
ゴホンと咳払いをし、本題を切り出すと、ロゼは申し訳なさそうに話し始める。
「さっき割った小瓶はお使いを頼まれていたもので……中には薬品が入っているんです。ただ、アレが最後の一個だったので、さっき行ったお店に戻っても買えないです……」
あちゃー、そりゃ厄介なものを割っちまったな。薬品を買うっていうことはロゼはリケジョ……女子ではないのか。リケダンなのかもしれないな。
「すまねえな、俺じゃ力になれないか?」
「いえ、こんなこともあろうかと思って材料メモを貰っておいたんです! リストにある商品を買ってくれば目当ての薬も作れます!」
ロゼはえっへん、と胸を張る。いちいち動作が可愛いな。おつかいに失敗するのを見越たということは、こいつ普段からミスが多いんだろうな。
「で、そのメモにはなんて書いてあるんだ?」
「はい、メモはたしか手提げ袋に……」
持っている手提げ袋に手を突っ込んでガサゴソと漁るロゼ。すると次第に顔色が青くなっていく。
「あれれ、おかしいな、たしかにここに入れたはずなんだけどな」
「その様子じゃ失くしてるだろ。買い物中にどこかで」
「…………はい。失くしてます、確実に」
女の子じゃないといえども、どうにもほっとけないやつだな。このまま野放しにしたら死ぬんじゃないのか? 俺が言えたことではないんだろうけど。
「よし、じゃあ俺も一緒に探すから元来た道を戻るぞ。さすがにどこに行ったかくらいは覚えてるよな?」
「すみません、ご迷惑ばかりおかけしてしまって。なんとお礼を言えばいいのか……」
「あー、女の子以外からお礼とかされてもだから。サクッと行こうぜ」
「ボ、ボクじゃ駄目ってことでしょうか!?」
駄目ってことはねえけど……可愛いし。ただ俺に男の娘属性はないからな。
「ダースさん、行きましょう! 道はボクが案内しますね!」
なんか既に嫌な予感しかしないが、ロゼはやる気みたいだし、水を差すのもよくないだろう。俺は黙ってついていくことにした。
「それにしても、なんでロゼはおつかいなんか頼まれてるんだ? 会ったばっかりだけどミスが多いのは俺でもわかるぞ。人選ミスってるだろ」
「ミスが多いのは事実ですけど、それはちょっと傷つきますね……マツリさ……ボクの上司は1日に16時間も寝るそうで、こういう雑用はボクが任されているんです」
「ちょっと待てその人知ってる」
その特徴でその名前の人はこの街に一人だけだろ。世間って狭いんだな。言っちゃ悪いが、あの人も変なやつを雇うもんだ。
「ダースさんはお仕事は何かされているんですか?」
「騎士をやってるぜ。えりりに忠誠を誓い、絶対に守りきる。それが俺の仕事さ」
「か、カッコいいです……!」
ロゼは顔を赤らめ、興奮気味に口元を抑える。なんだろう、嬉しいようなそうでもないような。これで女の子だったら最高なんだけどなと心底思う。
「本当に凄いなあ。ボクもダースさんみたいなカッコいい人になりたいです!」
「おいやめろ。ちょっと心が痛くなるから真に受けるな。尊敬の目で見られると罪悪感湧くだろ」
「ダースさんはカッコいいだけじゃなくて謙虚なんですね! はああ、ボクもいつかそんなふうに……」
やめろ、目を輝かせるな! 本当はただの冒険者だから! しかも大して実力もねえから! しかも半分ニートみたいなもんだから!
心で叫ぶが、本当のことを言い出せない辺り、俺ってカッコ悪いな。ロゼの純粋さが羨ましくなるぞ。
「で、道はここであってるんだな?」
「…………間違ってます」
俺たちは真っ暗な路地裏の真ん中に立っていた。




