19話前半 アリシアさんは看病が苦手!
「ねえユート君、ハヤシライスの『ハヤシ』って何? 林?」
「ハヤシライスはハッシュドビーフを使ってますから、ハッシュが鈍ったものと言われてますね」
「へー、君は林じゃなくてもおいしいよ!」
訳のわからないことを言って、アリシアさんはいつものようにハヤシライスをスプーンで一口。うっとりとした表情になる。
ギルドのいつもの席。僕たちは今日も今日とてスライム克服に明け暮れていた。
「うーん、このコクのあるルーと噛みごたえのある牛肉が最高だよねえ!」
食レポをするアリシアさんをよそに、僕は今日の作戦のためにノートを開いた。
さて、今日の作戦は。
ノートに書いた文字を読もうとして、ある事実に気がついた。なんだか字がかすれて読めない。
おかしいな、昨日しっかり書いたはずなのに。もしかして疲れてたから文字がふにゃふにゃになってしまったのかな?
見間違いを疑って目を擦るが、まったく文字が読めるようにはならない。それどころか、机まで歪んできたような気がする。
あれ、これなんかヤバイかも。
「ユート君? どうかしたの?」
アリシアさんの声が聞こえるが、なんだか頭がぼうっとしてきて声が頭の中に響くだけだ。返事をしようにもなんだか体が重くてーー
僕はその場で机に倒れた。
「ユート君!!!」
アリシアさんの声を最後に僕の意識は途切れた。
*
どれくらい時間が経っただろう。頭がぼうっとした中、僕は自分がどこかで寝ているのだと気づく。
目を開けるとそこは見たことのない天井だった。自宅のものでも、ギルドの救護室でもない。では僕はいったいどこで寝ているというんだろう。
むくりと体を起こすと、自分の額に何かが乗っていることに気がつく。持ち上げてみると、それはぬるくなった濡れタオルだった。
辺りを見渡す。自分がいるのは誰かの家。部屋の中にはベッドとデスク、タンスが設置されている。どれも新品のように綺麗で、清潔感がある。
ベッドの横には別に小さなテーブルが置かれ、その上に1.5リットルの『アポカリプスクワット』のペットボトル。風邪の時に飲むといいドリンクだ。これは誰かが置いてくれたらしい。
これはいったい誰の家なんだろう。僕はベッドから立ち上がろうとする。と言っても誰の部屋なのかはあらかた予想はついているが。
「あ! ユート君! まだ寝てなきゃダメだよー!」
部屋の扉を開けて入ってきたのは、アリシアさん。予想通り、ここは彼女の家の一室だったのだ。
「すみません、僕はいったいどうして……」
「ギルドで突然倒れちゃったから、かついでここまで運んだんだ。ここはうちのお屋敷の空き部屋だよ」
そういえばアリシアさんはお嬢様の家柄なんだった。たしか『完璧姫様』なんて呼ばれてるくらいだ。お屋敷があるくらいだし、空き部屋だって用意できるんだろう。
「びっくりしたよ、突然倒れちゃったから。すごい熱があったから夏風邪だね」
「迷惑をかけてしまってすみません。まさか自分で風邪だなんて気づかなくて……」
「とにかく、しばらくここで休んでいきなよ。そうだ、アポカリも飲んでね。脱水になっちゃったら大変だから」
僕はありがたくアポカリをいただく。体はまだ熱く、少しだるさを感じる。
「そうだ! リンゴを切ってきたから、食欲があったらお食べ」
そう言ってアリシアさんは嬉しそうにリンゴの芯を載せた皿を僕に差し出した。
リンゴっていうのは芯じゃなくてその外側の部分を食べるものだと承知しているんだけど、もしかしてアリシアさんはリンゴの食べ方を知らないのだろうか。僕がそれをまじまじと見ていると。
「皮を剥くのがあんまり上手じゃないから、食べられる部分が少なくなっちゃって……ごめんね、すぐ作り直すから」
申し訳なさそうに言うアリシアさん。気づいたら僕は口の中にリンゴの芯を突っ込んでバリバリと音を立てて食べていた。
「あの、ユート君?」
マズい。リンゴの芯を食べたのが人生で初めてだったのだが、美味しいわけがない。こんなもんアリシアさんが皮を剥いてくれたわけでもなかったら即座にゴミ箱に捨てていると思う。
「……っていうか、もしかしてユート君のおでこに乗せたやつ、タオルじゃなくて雑巾だった?」
アリシアさんは恐る恐る言った。僕も薄々勘付いてはいたのだが、僕のおでこを冷ましていたのは濡れタオルではなく濡れた雑巾だった。しかも多分何度か使ったやつ。
しかし、僕はその雑巾を取り外すと、バケツで濡らし、よく絞った後また額に乗せた。
確信した。アリシアさんは家事ができないタイプだ。
そもそも温室育ちだから家事なんかする必要がないわけで、そんな彼女が看病なんかしたらそりゃそうなるだろって感じだ。
「なんかゴメンね、気を遣わせちゃって……私、あんまりこういうの得意じゃなくって……」
子犬のようにしゅんとするアリシアさん。
リンゴの皮を剥くと芯しか残らないし、タオルと雑巾を間違えちゃうし。はっきり言ってめちゃくちゃだ。
でも、そんな彼女が一生懸命に看病しようとしてくれたのはわかるし、それは凄く嬉しいことだった。
だから、素直に伝えよう。
「真剣に看病してもらって、すごく嬉しいですよ。だから僕もそれに応えたいんです」
「……もう、そういうことを言う」
パッと笑顔になるアリシアさん。
「そうだ! 部屋で退屈だと思うから、何か持ってくるね!」
アリシアさんは張り切って部屋の外へ走り出す。
さて、本当の戦いはここからだ……!!




