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2話前半 アリシアさんはぬいぐるみが好き!

「アリシアさん! 今日は作戦を立ててきましたよ!」


 ここは冒険者ギルド。冒険者の仕事を管理している施設で、大きな建物の中はいつも人でごった返している。


 そして、僕とアリシアさんはたくさん並んでいる長机(ながづくえ)の中の一つ、端の席に座っていた。


「作戦って……もしかしてスライム克服の?」


「はい、やっぱり普通にやっても克服するのは難しいと思うんです」


 アリシアさんはスライムを見ると、すぐに腰が抜けてしまう。それは昨日と一昨日でよくわかった。


 彼女のスライム嫌いはかなりのものだ。おそらく普通にやっていても一生、苦手を克服することはできないだろう。


「少しずつでもスライムに対する恐怖心(きょうふしん)を減らしていれば、克服にも一歩ずつ近づいていくことができます。そのためにも作戦を立てるんです!」


「確かに! ユート君頭いい!」


 ストレートに褒められるとなんだかむずがゆい。恥ずかしさをごまかすためにゴホンと咳払いをした。


「で、その作戦っていうのは?」


「はい! 作戦ナンバー1、『好きなものと一緒作戦』です!」


「好きなものと一緒?」


 こんな経験をしたことはないだろうか。


 ピーマンは嫌いだけど、ピーマンの肉詰めは食べられる。


 勉強の後にゲームをやってもいいと言われると、やる気がでる。


 甘いものを食べた後に辛い物を食べると、ちょうどいい。


 この作用を利用して、アリシアさんが好きなものと苦手なスライムを一緒に並べれば、もしかしたらスライム嫌いの気持ちがやわらぐかもしれない。


「ユート君、それすっごくいいよ!」


「ですよね! さっそくやってみましょう!」



 いつもの森の前に到着する。


「さて、作戦を実行していくわけですけども……」


 僕が振り返ると、アリシアさんはいつもの(よろい)姿のまま、茶色のクマのぬいぐるみを両手で抱きかかえている。


 ぬいぐるみの大きさは猫くらいで、アリシアさんの体にジャストフィット。黒いつぶらな瞳でこちらを見つめている。


「もしかして……それがアリシアさんの好きなものですか?」


「……うん」


 ぎゅっと抱きしめられた茶色のクマ。ところどころにほつれが見え、何度か洗ったのか、既にボロボロだ。


「あの、それ大事なやつだったりします?」


「五歳の誕生日の時に母からもらったプレゼント」


「めっちゃ大事なやつじゃないですか!!」


 アリシアさんには、「自分が好きなものを持ってきてください」とだけ言って現地集合(げんちしゅうごう)にしたわけだが……彼女が家から持ってきたのは、母親からもらった思い出の品物。ボロボロに使い古されているところを見ると、かなり大切にされているようだ。


「駄目ですよこんな大事なものを持ってきちゃ。もしスライム嫌いを克服できなかったらスライムの粘液でベトベトにされちゃいますよ」


「でも! 好きなものっていったらこれだと思って……」


「今から街に戻ってアリシアさんの好きなお菓子を買ってきましょう。袋詰めされたやつならベトベトになっても封を開けて食べられますから」


「だ、大丈夫だから! このクマさんに思い入れなんてこれっっっっぽっちもないから!」


「いや全然そうは見えないです……」


 アリシアさんはもう一度街に戻って僕の時間を取るのに引け目を感じているのか、クマさんをスライム嫌い克服の生贄(いけにえ)にしようとしている。


「ちょっと街に戻るくらい何とも思いませんから。ほら行きましょう!」


「本当にこのままで大丈夫だよ!」


「……クマの名前は?」


「リリー」


 ほらー! 絶対思い入れあるじゃないですか!


 クマのぬいぐるみ改め、リリーを危険な目にあわせるわけにはいかない。アリシアさんは全く引き下がらないし、どう説得するべきだろうか。


「とにかくリリーはやめましょう。他のものでも代用はできますよ」


「い、今リリー卒業したから! はい、リリー卒業証書授与(じゅよ)!」


「……本当は?」


「お別れしたくない~~!!」


 一体どうしたというのだアリシアさん。どうしてそこまでしてリリーを実験台にしようとしているんだ。目にうっすら涙がたまっているじゃないですか。


 その時だった。


「キュ?」


 ハムスターのような鳴き声。茂みから現れたのは一匹のスライムだ。


「ぎいいいいいいやああああああああああ!!!」


 スライムを確認した瞬間、アリシアさんは断末魔(だんまつま)にも近い悲鳴を上げる。


「しまった! このままじゃリリーが!」


 アリシアさんの思い出がつまった品をスライムの粘液まみれにするわけにはいかない! 僕は彼女の前に立ち、腰に差した短剣を引き抜いた。


「アリシアさん下がってください!」


「ユート君、駄目だよ!」


「何がですか!?」


「私、克服するよ……」


 アリシアさんは僕の肩をポンと叩き、生まれたての小鹿のような足でスライムがいる前方へ歩いていく。


「な、なにやってるんですか!? そんなことしたらリリーが!」


「うおおおおおおおお!!」


 リリーを抱えたまま、両手剣を柄から引き抜く。スライムはウサギのようにピョンピョンとジャンプで移動し、じりじりとアリシアさんへの距離をつめる。


 もしかして……今のアリシアさんならいけるんじゃないか?


 僕を止めたということは、彼女に相当の覚悟があるということだ。そして、不本意(ふほんい)な形ではあるが、好きなものと嫌いなものが一緒の状況は完成している。作戦は実行されているのだ!!


「いける……いけるぞアリシアさん! スライムを乗り越えるんだ!」


「任せて! 絶対ここで乗り越えて! またリリーと一緒に! ベッドで! 眠――」


 そこまで言った瞬間だった。アリシアさんは膝から崩れ落ちる。


「ああああああああ!! やっぱり駄目だあああああ!! ユート君助けてえええ!!」


「ああ! なんかいけそうだったのに!」


 アリシアさんは腰が抜けてしまい、地べたにペタンと座り込んでしまう。


 アリシアさんの手から両手剣が落ちた瞬間。リリーが彼女の腕から零れ落ちて。


「「あ!!」」


 そのままゴロゴロと転がり、スライムの体にぶつかって。


 べシャ。という音が鳴り、リリーはスライムの体に飲み込まれ、緑色のドロドロの中に浸かってしまった。


「リリィィィィィィ!!!」


 アリシアさんの叫びが、虚しく響いた。

※ギャグ小説です

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